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02

 お飾り聖女、トリリアン・ロット公爵令嬢。

 それが私。

 そして『転生者』として私は『未来』の物語を知っている。


 1、12歳の時に実母は病で倒れて死ぬ。

 2、その後に実父は不倫相手を屋敷へ連れ込み、腹違いの妹と共に公爵家に住み着く。

 3、公爵家を乗っ取られ、私は家で虐げられる。私の味方の使用人たちも解雇。

 4、家では私の持ち物はすべて妹に奪われ、食事も満足に与えられず、使用人のように扱われる。

 5、婚約者は今の時点で存在し、第二王子が相手だが私は彼に見下されている。

 6、国王・王妃も聖女を『お飾り』と認識しており、王都守護結界に私が関わっていると思っていない。

 7、17歳までその境遇が続いた後、婚約者の第二王子と妹は親密な関係になる。

 8、そして私は婚約破棄され、国外追放される。国王・王妃・父、それを承認。

 9、『魔の森』と呼ばれる場所に放り出される。



 その後の彼らは破滅し、私に追いすがろうとするも、私に返り討ちにされる。

 王国は衰退の一途を辿っていく流れ。

 『ざまぁ』というヤツ。


 転生者と言ったけれど、私の前世のパーソナルデータは失われている。

 あるのは、この世界の未来を示す物語と各種の魔法知識だけ。

 また『お飾り聖女』と思われているが、きちんと実態が伴っている本物の聖女。

 王都を守る結界を大規模に展開、持続させている。

 つまり魔力量は多く、魔法の才能がズバ抜けている。


 前世の私が何者であったかは、まぁ置いておいていいかな。

 あんまり今の私が別人って気はしない。

 人格は変わっているかもしれないけど……それは親の愛を求めなくなったから。

 トリリアン・ロットが自立して成人した年齢まで一気に飛ばしてしまっただけのような感覚。



 死ぬはずだった母は現在、深い眠りに落として魔法で治療中。

 また母は愚かで傲慢な毒親だった。

 父とは無理矢理に結婚し、強引に関係を迫って私を生んだものの、愛されないまま。

 挙句、奪った相手……父の元・婚約者とは不倫され、あちらにも子供がいる始末。


 母を眠らせた私は委任状を捏造して、公爵家の全権を掌握。

 不埒な使用人共は、まだ解雇していないが重要な仕事からは遠ざけて下働きをさせているところ。


 ベンジャミン執事長、セムエナ侍女長は、古くから公爵家に仕えてくれているため、あんな母だが情を抱いている。

 その関係で私にも好意的。

 なので、この2人はとりあえず『味方』枠でいい。

 ロット公爵家にとってはね。


 魔法で探した結果、『ロット公爵の印章』は私の手中にあり、捏造したとはいえ、現公爵である母からの全権委任状もある。

 実質、今は私が女公爵代理だ。



 それから実父は、おそらく母が死ぬのを今か今かと待ち構えていたのだろう。

 使用人を通して私が全権を委任されたことを知り、のうのうと屋敷へ戻ってきた。

 そこを問答無用で捕獲。


 地下牢に放り込み、有無を言わさず痛めつけて、水だけを与えて数日経過。

 魔法で延命処置はしているし、水は与えているので死ぬことはない。

 ただ空腹は辛いだろう。

 『未来』の私も食事抜きはデフォルトのエピソードになる予定だったが……。


 現在、父に有利に交わされていた契約書類を地下牢に置き、それらにサインするごとに食事を与えると約束。

 心が折れればサインしてくれるだろう。


 また父の不倫相手と妹は、将来いろいろと私から奪い、この公爵家を乗っ取る予定だったわけだが……。

 私は父からの手紙を偽造し、彼女らに送りつけた。

 公爵家乗っ取り計画は頓挫し、父と母が離縁するだろうことを匂わせ。

 二度と贅沢はさせてやれないが愛している、信じる、などと書き連ねてやった。

 愛の手紙を受け取った不倫相手は、父を役立たずと認定。


 彼女らは実家の伯爵家へ戻り、公爵家からの咎めを躱すため、どこかの貴族との婚姻を画策中。

 あのまま父と過ごして居れば公爵夫人や公爵令嬢になれると考えていたからこそ愛人の立場に甘んじていたらしい。

 だが自分たちが貴族でなくなるとなれば話は別。


 ということで、おそらく伯爵家が手を出せる子爵家か男爵家の男の妻と養子になるのだろう。

 私は別にその行動を咎めない。

 ロット公爵家から離れてくれるなら万々歳だ。

 地下牢の父には監視・盗聴盗撮した愛人と娘の記録映像を魔道具で見せてやった。


 裏切られたと思うか。それでも愛していると思うか。

 だいたい何もかも母と私が悪いと考えるような男だ。

 今回もそれで乗り切るかもしれない。


 以上、トリリアン・ロット、12歳の現在だ。



◇◆◇



「お父様。お腹は空きませんの? 書類にサインしていただければ食事を与えますのに」

「……おま、え」


 地下牢に様子を見に行くと、父はかなり衰弱している様子だった。


「いい感じにやつれましたわね。ああ、反抗的な言葉は控えてくださる?

 また壁に何度か叩きつけられたいなら別ですが。

 私もまだまだ甘かったことを反省し、次は骨を折りますわ」

「……この、悪魔め!」

「ふっ」


 やだ。まだまだ反抗的。中々に根性あるじゃない。


「──神経強化。『歪曲』」


 父の神経、痛覚を過敏にした状態で指先を捻じ曲げて折ってやる。


 ボキィ!


「ぎっ……!!」

「──気絶回復、永続」


 意識を失うことを許さず、激痛をしっかりと感じて貰ったわ。


「ぎゃぁあああああっ……!」


 地下牢の近くには誰も入れないように結界を張ってあるし、防音済みだ。

 父の生殺与奪の権利は今、私が握っている。


「──治癒(ヒーリング)


 指先を折って激痛を味わわせた後ですぐに治療してあげた。ふふ。


「まぁ、別に殺してもいいんですけどね。貴方には、どちらかと言うと興味がありませんので。

 ただ一応は書類を整えておくつもりなの。

 公爵家の乗っ取りを企むような輩に、いつまでも執着する愚かな母。呆れて物も言えないわよね。

 貴方には同情もしているのよ、カルロス・ロット公爵夫君(ふくん)

 だって見目のいい貴方に母が一方的に惚れ込み、権力で強引に結婚したんですもの。

 そりゃあ母を好きになるはずがないわ。

 だから私としては別に不倫は……まぁ、書類上はね? 構わなかったの。

 あちらの女性と真実の愛を育もうが、あちらの子供を溺愛しようが、どうでも良かったのよ」


 父を痛めつけても、そのことには触れずに当たり前のように流し、私は話を続けた。


「母が悪いんでしょう。貴方は被害者。間違いないわね。

 でも、いくら私が気に入らないとしても私を虐げると言うのなら容赦できない。

 私よりも『下』の人間が勘違いすることも。

 また公爵家の正当な血筋もない人間が、ロット公爵家を乗っ取ることも許容できない。

 その辺をね? 私、話し合いする気だったのよ。

 ああ、別に『父親』としての貴方を恨んでいないから安心してちょうだい。

 心底どうでもいい存在だから。ただ真っ当に話し合いがしたいだけ。

 ……でも、貴方や周りの人たちって私のことを見下しているでしょう?

 年齢以上に私の存在そのものを。それだと話が通じないでしょうから時間の無駄。

 だから、まず身体で、どちらが『上』かを分からせてあげたの。

 ま、12歳の小娘を見下すという意味では分からなくもないんだけど。

 それでも少なくとも私を一人の人間として認められる相手じゃなくちゃね」


 私は浮遊させて持ち込んだ椅子を地下牢の前に置き、そこに座った。


 父は激痛から、びっしょりと汗をかき、呼吸を荒くしている。

 その目には、いい感じに私への怯えの色が浮かんでいた。

 見下されているよりは、まだマシな状態になったわね。


 人って相手を見下していると自分の都合のいいようにしか考えないから。

 ……まぁ、それは私も同じか。

 なので何事もまずは力を示さないといけない。

 相手を舐めてはいけない存在だと認めさせてから、ようやく対話が始まるのよ。



「そこにある書類は、あくまで貴方に不当に有利な契約だったものを是正するものよ。

 たしかに貴方は母と無理矢理に結婚させられたけどね。

 のうのうと元の婚約者と浮気し、子供も作って、この屋敷に帰らずにあちらで『家族』として過ごしている状況で、いつまでも被害者ぶるのは、よしてちょうだいな。

 すでに『やり過ぎ』の域に達しているわ。だって母は死に掛けたのですもの。

 もう貴方は十分に好きに生きたわ。

 それ以上を望むのは傲慢というもの。だから、この辺りで引きなさい。

 母から逃がして欲しいと言うのなら逃がしてあげなくもないわ?

 現状を伝えた途端にあの有様だった浮気相手に『真実の愛』を感じられるなら別にいいけど。

 少なくとも貴方がこの地下牢から出て行く時は、公爵家の乗っ取りなんて絶対に叶わないと決まってからよ。

 それで、あっちの女が貴方にまだついて来るかしらね?

 妹の方もどうやら傲慢に育ったみたいだし。躾がなってないわ。

 ……貴方、別に見目はいいんだから、他のまともな女を狙ったら?」


 私は一方的に話し続けた。

 『転移』でティーセットを用意し、紅茶とお菓子を持ち込んだわ。

 地下牢の前、空腹の父の目の前で美味しくティータイムを始める。


「食事がしたければ真っ当な契約に戻す書類にサインをしなさい。

 その後は……まぁ、『円満』に母と離縁するのはどう?

 貴方も貴方で、元々は伯爵家の次男。

 ようやく母から解放された、と言えば実家には受け入れて貰えるでしょう。

 その後で、あの愛人と娘を迎えに行くなり、新しい女を狙うなりするといいわ。

 どうかしら? 悪くない提案だと思うのだけれど。

 ロット公爵家を簒奪できるだなんて欲は捨てて、真面目に生きなさいな。

 『私』が居る時点で公爵家を奪うことは不可能だから。

 私は貴方に対して『父』を求めることはない。

 ああ、言い忘れていたわね。お母様の病だけれど治療の見込みがあるから。

 完全に元気に回復するまで面倒を見るわよ、私が。さっき貴方の怪我を治したみたいにね。

 母は死なないわ。これからも生きていく。

 ええ、これからも元気になった母の相手をしたければ、どうぞ? ふふふ」


 母が快復すると聞いて、ようやく父は青ざめた。

 なんだかんだで恐ろしいものを感じているようね?

 どうせ自分を愛しているからと見下していたんじゃなかったのかしら。


 そこに至って、ようやく私の話を耳に入れ、考え始めた様子。

 ま、ここがスタート地点よね。

 最初から真っ当な話し合いに臨めば、彼は見下しからまともに私の話を聞こうとはしなかったはず。


「公爵家を乗っ取る欲をかくのもいいけど。

 野望を抱くには、この国自体が危ういのは知っていて?

 傲慢な者同士では気付かないかもしれないわね。

 『王家』や『王族』なんて華やかな言葉で飾られているけど実態はクズの集まり。

 ……ああ、第一王子はよく知らないから保留だけどね。

 公爵になろうが、王家と縁を結ぼうが、国自体が滅びてしまったら終わりだと思わない?」

「何を……言って、いる?」


 ん。ようやくお返事。それも私の話し掛ける言葉に対する反応。

 いい調子だわ。悪魔だなんだと罵るとかもナシ。それでいいのよ。


「貴方に今、見せているように私は『お飾り聖女』じゃないの。

 実際に力がある存在。

 それを悪魔だバケモノだと罵るのは勝手だけど、重要なのってそこじゃないでしょう?

 私に『聖女』としての力がある以上、王都を守る『結界』を私は放棄することが出来る。

 それに現在、貴方が陥っているように国の上層部を始末することも出来るわね。

 それぐらいの力の差が私と他の人間にはある。

 つまり、この国は私が見放した時点で、いつでも滅ぼせるの。

 私と協力して国を乗っ取りましょうって言うなら話はまだ分かるわよ?

 でも、私を虐げて、潰して権力を手に入れましょう、なんて。

 それをしてまだ私に『殺されない』と思うのは……ふふ。浅はかじゃない?

 ああ、それとも一度殺してみれば理解できるかしら? 死んですぐぐらいなら魔法で蘇生できるから……やってみる?」


 『威圧』をかけつつ、そう言って、くすくすと笑って見せた。

 さしものお父様もようやく私に『恐怖』というものを感じてくれているらしい。


「わ、私はお前を……」

「ああ! 先に言っておくわね? たとえ、口先だけでも私や母への『愛』を語るなら。

 元気になった母に『逆らえなくなる』魔法を掛けて、貴方の自由を奪ってあげるから。

 今度は一生、あの母から貴方は逃げられなくなる。

 当然、私も母に忠告するわ。

 屋敷の外で自由になどさせるから他の女を作るのよって。

 だから父の自由を奪いなさい、ってね。

 『愛』を口にするなら覚悟しなさいね? 一生、後悔することになるわよ」

「…………」


 懐柔策に出るのは、己が愛されているという傲慢さからかしらね。


「ま。お話はこれくらいにしましょうか。空腹が少しは紛れた?

 でもルールは変わらないわ。

 貴方が書類にサインをするまで食事は与えない。

 死んでも私の言いなりになりたくないのなら、どうぞ飢えて死になさいね」


 立ち上がり、この場を去る準備を見せつける。

 そうすると父は動揺し、なんとか私を呼び止めようという動きを見せた。

 上等ね。

 今、父は『私に何を言えばいいか?』と考えている。


 それは交渉のスタート地点にようやく辿り着いたということ。

 少なくとも『頭ごなしに怒鳴りつけたり、暴力を振るったり、嫌悪さえすればいい』という状態からは脱した。


「じゃあ、またねー」

「あ、待っ……!」


 父の言葉を聞かずに『転移』。

 そう簡単に耳を貸してもダメでしょう。


 私は見捨てられた父の遠隔監視を続ける。

 その日の内に父は空腹に耐えかねたらしい。

 書類にサインをし始めた。


 1枚目にサインをした時点で流動食をゴーレムに運び込ませる。

 お皿は綺麗にしてあるわよ?

 スプーンも付けてあげているわ。


 じっくりと父の……調教? を進めている内に、屋敷に手紙が届いたの。

 手紙というか『呼び出し状』ね。

 王宮からの、私の婚約者の第二王子からの呼び出し命令。


 私のことは『お飾り聖女』だと考えている王家は、別に私に聖女の仕事をさせたいワケではない。

 ただ、第二王子の至らぬ部分を補佐させるために私に教育は受けさせる腹積りらしい。

 ここ最近、王宮に行っていなかったものね。

 今まで(だんま)りだったのは私に興味がないからなのか。


 ま、この命令も無視しておくけど。

 物語の第二王子的には、無視していると公爵家の屋敷に突撃してきそうだわ。

 それを待ち構えるとしましょうかね。


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