12
15歳、最年少の女公爵トリリアン・ロット。
それが今の私よ。
そしてロット家の領地と屋敷に結界が張り直された事で『聖女』である事も証明した。
カイエンを毒殺し、エドワールを王位に就かせ、また婚約者だった私を追い落とす計画を立てていたラゲルタ侯爵家だけど。
今は、かなり家門ごと苦しい状況へと追い詰められている。
使い魔による監視を含めて、情報はカイエン本人が精査し、相談しながらどのように『罰』を与えるか吟味しているわ。
当主の意向があれば不本意でも罪人にはなるのが王国の常。
たとえば私の場合、爵位を継ぐ前のお母様が暴走して王族を殺したとか。
そういうことになれば、私も含めて罰されていたでしょう。
それが王国の法だ。
でも今、私たちのしていることは超常的な力を用いた罰。
だから関係が薄いと思える者たちへの罰は控えている。
最終的に言うと、公に罪を問う形にするよりも私的な罰を与えて、黒幕であるラゲルタ侯爵を追い落とすような形。
何よりもカイエンの気持ちのためもあるわ。
性格を分析するにラゲルタ侯爵にとって、その立場を追われることの方が最も精神的ダメージが多いんじゃないかなって。
エドワールと結ばせる予定だった侯爵令嬢の方は、意外とまともな性格をしていたのも大きい。
没落で侯爵を追い落としつつ、あちらも爵位を譲るように圧力を掛けていっているわ。
彼女への支援も惜しまない。
道具と思っていた娘に立場を奪われる屈辱を受けるといい。
何度も言うけれど、別に腹黒なことはいいのよ。
王宮の毒殺だなんだっていうのも、いくら『身内だけ』で潔癖で居たって他国もそうとは限らない。
なら、ある程度の悪意や暴力には慣れて、対処方法を学んでいかなくちゃいけないわ。
だから聖女の結界で公爵家を守るのも程々にしている。
この3年間は、あくまで私自身が成長するために穏やかに過ごしたかったから。
カイエンや母の療養もあったからね。
いずれ私は寿命で死ぬのだから。
長く、この地を生かすにはどうしても人々の成長が不可欠。
どんなに強大な力を持とうとも、私は神にはなれないし、ならない。
私の考えをカイエンは支持してくれた。
ロット家も、私が居らずとも立派に公爵家としてやっていくため。
カイエンは尽力してくれたの。
屋敷で働く使用人たちの教育、領地の発展・運営。
騎士団を鍛え上げ、聖女の力に頼らない力を持つ。
カイエンは本当に優秀だった。
領地と屋敷の運営のすべてに関わり、よく私を補佐してくれた。
使用人や騎士たち、領民からの信頼も厚く、人柄も優れている。
これほどの有能な第一王子を、なぜ現王夫妻は冷遇していたのか。
彼に次代を任せていれば、王家は安泰だったでしょうにねぇ?
気に入らなかった祖父に似ているから。
或いは、『優秀だから』疎んでいたのか。
愚かなエドワールの方がお気に入りだったと言うのだから、そういうこと。
自分たちに似た愚か者の方が可愛かったのだろう。
王家が武力行使でロット家を制圧しに来ようとする機会は多く、その度に騎士団のよき演習相手になった。
『大怪我』はしても守らないけれど、命だけは守って。
彼らに戦闘経験を蓄積させていく。
お陰様で、かなりの練度の騎士団が出来上がったと思うわ。
加えてカイエンは『武』の方でも優秀で、騎士団を率いて戦うこともある。
万能の魔法で敵を蹴散らすよりも、彼のように人間くさく、それでいて有能な方が『ウケ』がいいのよね。
そのせいか、ロット家ではカイエンの方が私よりも人気者よ。
……いいけど。
ちょっと納得がいかないこともあったり。
「トリィ。また王家からの手紙が来ているよ」
「カイエン」
もう今では健康どころか逞しく育ったカイエンが手紙を携えてやってくる。
結界で屋敷や領地を守っている、といっても完全に遮断しているのとは違うわ。
私の場合、害意というのを見抜けるから……武力制圧に来た騎士団や、暗殺者などだけが弾かれるようになっている。
でも、そういうのに慣れていないのも怖いから偶にあえて結界を通したりするの。数人には報せてね。
「登城命令。王宮への呼び出し。それからエドワールの呼び出し。まだエドワールがここに居ると思い込んでいるのね。ふふ」
「自分たちに都合のいいことしか聞こえない耳をしているのさ」
カイエンは実の両親に対して当然ながら辛辣だ。当たり前よね。
「それでどうする? そろそろ表へ出るのかい? トリィ」
「いいえ。先にリーベル公爵家が動くみたい」
「ほう。リーベル家が?」
「ええ。エドワールはすっかり『牙』を抜かれているわ」
「キミが散々に注意を促していたからね……」
「そ。だからリーベル公爵令嬢と婚約した、調教されたエドワールのお披露目が先」
リーベル家には書状だけでなく、私の中の『イメージ』も見せてあるの。
まず現実でやらかしたエドワールの事実。
そして『物語』でどのように動くのかの具体的なイメージ。
けっして甘やかさぬように厳しく躾け、その性根を叩き直し続けるようにリーベル家を促した。
他責思考や逃避を許さず、歯を喰いしばらせ続けて。
ようやく『人並み』の真っ当な感性を手に入れ始めたエドワール。
この人並みの感性というのは実は妹メルディアンにも芽生え始めたの。
幼い頃の苦労はさせるべきよねぇ。
メルディアンは今、母親の元を離れて暮らしている。
時々、サバイバルを強制させたり。
悪意による嫌がらせとかじゃなくて、彼女自身のやらかしによる『罰』から逃げられないようにしたの。
性格そのものを捻じ曲げるというよりは、他人を理不尽に傷つけることが出来なくなるように『学習』させた。
物語の性格のままの彼らは、いわゆる『悪人』だ。
でも悪人は悪を為さない限りは『罪人』ではない。
そして罪を犯すにはそうなる環境があるからこそ。
『監視』がない場所で、これみよがしに『宝物』が置いてあったら。
彼らは『バレないから』『他人に罪を擦り付ければいいから』
『自分ならば許されるから』と考えて、悪びれず盗む。
それは泥棒だけでなく、暴力など様々な『悪徳』も同じ。
彼らを『善人』だと私は思わない。期待もしない。
彼らは『悪人』だと見做し、その上で罪を犯せない環境を用意し、また『罰』が必ずあると学習させる。
そうすれば、彼らは落ちぶれることもなく、その傲慢な欲は満たせないものの『最悪』にまで至らずに済む。
悪人が罪を犯せないなら、その被害者が生まれることもない。
……物語上の『私』は、どこか善人過ぎた。
彼らを許し、自分が我慢し、或いは『反省すればいい』と期待する。
でも、その甘く優しい考えこそが彼らを破滅へと追いやるの。
『ざまぁ』みろと報復するのなら、その態度は正解なのでしょう。物語なら。
『聖女は、お前たちが自ら反省し、行動を省み、心を改めることを期待して罪を許したんだ!
それなのに、それをお前たちは台無しにした!』
……なーんて。
彼らを許した上で『次の罪』を犯すまで放置し、関わりを断って。
ぬくぬくと幸せに暮らして。
そして案の定、再び罪を犯してしまう彼らを『救えない者たち』として断罪し、命を奪う。
或いは一生、外に出ることのできない牢獄に押し込める終わり方。
最初から彼らを『監視と管理が必要な悪人』だと見做さないから。
聖女が彼らの善性を信じるが故の、破滅。
それって『優しさ』ではないでしょう?
人間は罪深い生き物なのだから。
魔が差さないように監視と管理が必要で、法による縛りが必要で、罪には罰が与えられなければならない。
5年間も虐げてくる彼らに報復する快感は分かるけれど。
数年に渡る悪人共の被害を減らせるのなら絶対にその方がいい。
王家の凋落もそうだ。
広大な領地を持つロット家とリーベル家。そして、その派閥。
それらを豊かにし、王都や王領から民が逃げられる場所を作っておいて。
『物語』よりも多くの被害者が、きっと『マシな』生活を送れるようになった。
それを知っているのは私だけで、そして現実はそうならなかった以上、誰に感謝されることでもないけれど。
国を傾け、滅ぼすほどの報復は、きっととてつもない快感なのでしょう。
『聖女』である私だからこそ分かる。
だって今は公爵家の領地と屋敷を守っている結界だけど。
その範囲を私は国全土まで広げることが出来るもの。
『もうこんな国なんてどうでもいい。それよりも助けてくれた隣国のためになら』
そんな風に考え、そして虐待されず、優しくされて。
そうしていた運命では、隣国を覆う結界を張る『聖女』。
ああ、きっと『私を捨てた国』に対する報復は叶ったのだろう。
物語の中でなら。
……だけど、その快楽のために無辜の民が犠牲になるのは度し難い。
だって『物語』だものね。
読者が得る快楽のためには、きっと、そのぐらいの内容の方がいいんでしょう。
だけど語られない『モブ』たちは、両手では数え切れないほどに居て。
皆、この世界で生きている。この国で生きていて、私の領地に生きている。
直接の加害者たちがたとえこの国のトップや公爵家の人間であったとしても。
国を見捨て、国を売り、国を滅ぼす選択は出来ない。
使い魔による遠隔監視で、エドワールが3年振りに夜会へ出る光景を見る。
カイエンと一緒に。
もちろんロット家の屋敷、私の私室でよ。もう、ただの娯楽ね。
夜会ではリーベル公爵令嬢をエスコートし、彼女の『忠犬』と化しているエドワールの姿に皆が驚いていた。
王国貴族の間では情報が錯綜していて、未だにエドワールがロット家に居ると思い込んでいた者も多く居たの。
これで噂の払拭ね。
リーベル公爵令嬢カリキュア様は、既にエドワールと婚約していることを発表する。
長い間、ロット家が隠れ蓑になっていたお陰で彼らへの警戒が薄れていたのよ。
「リーベル家とエドワールが気に喰わない勢力は、失踪した僕を探すだろうね」
「そうね。カイエン」
国王夫妻も、3年間もあったのだから新たに子供を作ればいいのにね。
彼らは放蕩三昧でそっち方面には振り切らないらしい。
それに王宮で贅沢しようにも、そもそも上手くいかなくなってきている。
いつもストレスを溜めていらっしゃるの。ふふふ。
王宮ももちろん監視しているのよ?
有益な人間は……致命傷を負わないように守ってもいる。
完全な保護はしないわ。彼らには今の酷い王宮、政治を噛み締めて貰いたいの。
『敵』の完全な排除はせず、常に緊張感を持つように。
酷い有様なのが現王周りだけになるように、ね。
それでも優秀な人間だけを救うような真似はしない。
凡人、無能と呼ばれてしまうような人たちを見捨てないシステムが必要だから。
大丈夫よ。行き詰まったような国じゃないもの。
まだまだ発展していく余地がある。人手はいくらあっても足りないから。
そうして、カリキュア嬢とエドワールの夜会デビューを終えてから、また1年が経った。
私は16歳の女公爵。カイエンは19歳。
エドワールに対して積極的に懐柔策を取ろうとしている勢力。
カイエンを探して、どうしてもロット家に行き着いてしまい、結界に阻まれて手をこまねいている勢力。様々だ。
エドワールが未だに『駄犬』の部分を見せる時があるようだけど……。
サディスティックなカリキュア様に捕まっているのですもの。
その度に躾けられているわ。
まぁ、愛人を許容する方でもあるから、愛人が欲しければその内に手に入るんでしょうけど。
それってカリキュア嬢の『調教相手』が増えるだけだからね?
ロット家をどうにも出来ない王家は、ようやく居場所を明かしたエドワールに注意を向けた。
リーベル家の事を気に入らないのは王も王妃も同じ。
エドワールたちが夜会に顔を出す時、王家が不穏な動きを見せたら、すぐに私が報せている。
不穏な事態をさっさと回避されて、王家の思惑は悉く上手くいかない。
また、内戦も辞さぬと騎士団を動かし始めた時は……結界を張って王都からすら出してやらなかったわ。
私の結界が破れないと痛感している騎士団は、それだけで絶望した。
心を折った彼らには、誰に忠誠を誓うのかを問う。
ゆっくりと王宮の機能は麻痺していき、忠誠心はリーベル家へと移っていく日々。
圧制を強いようにも騎士たちが動かない。
現王夫妻はどんどん孤立していき、形だけの王家となっていった。
『王都』をリーベル領都へと移すことも考えているらしいわよ。
ゆくゆくはリーベル公国になるのかしら? それもいいかもしれない。
他国からの介入は事前に私が潰すのもあるし、リーベル家やその傘下に伝えて潰させているのもある。
諜報員は捕まえ、他国の情報源として有効利用。
正式に大々的な動きをしようものなら……『嵐』が国境を襲うことになる。
外部からは手を出せない国になり、その間にこの国はしっかりと力を蓄えていく。
天災さえもが国を守る。
それらが一体、誰の仕業なのか薄々と感じ取っているでしょうね。
「……もうすぐねぇ」
「何がだい、トリィ」
「私が破滅するはずだった日」
「え?」
もうすぐ私は17歳になる。『物語』が始まるはずだった日。
すべてを失い、国から追放されるはずだった『聖女』は……やがて。
運命の日を乗り越えた。
17歳にになった私。
隣に居るのはエドワールではなく、愛する者カイエン。
母は死なず、父を躾けて領地で暮らす日々。
妹のメルディアンは分相応であることを覚え、その美貌を活かして愛される縁を手に入れた。
誰を貶めることなく、ね。それは私が許していないから。
真っ当な方法で結ばれた縁。
浮気相手だったリディアは子爵と別れた。半ば捨てられるような形だけど。
そして見た目重視の伯爵様の後妻になったわ。
こちらも元から前妻がいなくなっていたタイプ。
まぁ『逃げた』んだけど。
爵位だけを見て嫁いだ彼女は……かつて望んだ公爵夫人なんかにはなれなかった。
それだけでは彼女が哀れだもの。
『夢』を見させてあげた。破滅する夢をね。彼女の中に『今の方がマシだ』という価値観を根付かせる。
性根が変わらなくても少し大人しくなったわよ。
ラゲルタ侯爵は落ちぶれ、娘に爵位を半ば奪われる形で隠居した。
何の証拠も残らない毒殺未遂で身体を壊して療養中。
死なせるわけじゃないけど、カイエンが苦しんだ分ぐらいは苦しんで貰う。
そしてカリキュア嬢に完全調教されたエドワールは、高位貴族たちを引き連れて現王夫妻に退位を要求。
現王夫妻が行使できる武力など、ほぼなくて無血開城で王宮は制圧された。
王冠はエドワールの手で奪われたが……その王冠をエドワールはカリキュア嬢に捧げたの。
元・国王夫妻が見守る中でね?
王国はリーベル公国へと生まれ変わることになる。
カリキュア・リーベルを女王にし、エドワールを王配にして。
リーベル公爵夫人は公爵と共にその様子を隠れて見守り、溜飲を下げたとか。
「トリィ。キミが居てくれて。本当に僕は嬉しい」
「ありがとう。カイエン」
運命を乗り越えた『聖女』トリリアン・ロットは今もこの国に生きている。
身分を奪われ、追放されることなく。
そして愛する者と手を取り合って。
民に、国に、幸福が訪れるように。
「これが『聖女』の望んだ『現実』よ」
それだけの力が私にはあった。だから。
──聖女は国外追放なんてお断り。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。