11
「お久しぶりですわね? マリアンお母様」
「……トリリ、アン」
「ええ。貴方の娘、トリリアンですわ」
母の目を覚まさせた。
もちろん目を覚ます前から『夢の中』で会話を繰り返していたわ。
そして私の『力』を散々に示している。
対等な存在として私を見れるようにね。
「夢の中でお教えしたことですべてですわ」
私は『捏造した全権委任状』『記入済みのエドワールとの婚約解消書類』を母に見せた。
死の淵から帰ってきた母に仕事のお話をするの。
ええ。娘との家族の交流なんて必要ないでしょう?
「…………」
「夢の中でお話しましたように。私が貴方の命令に従うことはありません。
とはいえ、貴方の存在そのものを脅かす気ではなくてよ。
お互い楽しくやっていきましょう。お母様」
「貴方は、本当に……私の娘?」
「ええ。そうですわ。トリリアン・ロット。傲慢なカルロスと愚かなマリアンの間に生まれた娘ですわ」
母に生じる負の感情など夢の中でさんざん吐き出させている。
ええ、随分な罵詈雑言もね。
でも、それらは現実には口に出していないから。
セーフよ? ふふ。
「貴方が公爵として仕事をしてきた事実は真摯に受け止めましてよ。
だからこそ、その点には敬意を払う。でもそれ以上はない。
男に狂って、己の我儘を抑え切れなかった貴方は……死ぬはずだった。
それを生かしてあげたのは私。生まれ変わったつもりで、これからを生き直しなさいね」
たかが12歳に過ぎない私は、20歳近くも歳の離れた実母に説教をしている。
それでも母もまた私が『調教』し終えているから。
自我が変わる程は痛めつけていないのよ。
というより肉体はきちんと健康に回復させてあげた。
「ロット公爵家の爵位。私に譲ってくださいますわね?」
爵位継承は若くても15歳になってからだ。
正式に継ぐには、あと3年も必要になる。
だけど私が公爵家の後継者であると事前に決めておくことは出来るの。
「……わかったわ」
「よろしくてよ。ああ、父は貴方の看病につけますけれど。捨てたいのなら別に捨てて構わないわ」
そして母には黒猫のゴーレムを寄り添わせた。
「使い魔のようなものと思ってくれたらいいわ。貴方を守るようにしているし、貴方の『過ち』を諫めるようにもしている。貴方に向けられる害意にも反応し、知らせてくれるから。療養のお供にするといい」
『ニャア!』
「…………」
静かに黒猫を撫でる母。
以前までの苛烈で傲慢な母が、今だけは鳴りを潜めている。
「生きていて良かったわ。マリアンお母様」
「……トリリアン」
「本当は死ぬはずだったのだもの、お母様は。私が『聖女』の力に目覚めて良かった。
療養が終われば帰ってきても良いのよ。それも選択肢のひとつ。
それでもまぁ、自由に生きてちょうだいね」
「……ありがとう。助けてくれて」
「貴方の娘ですから」
そうして母には改めて書類を書いて貰った。
捏造ではない、正式な全権委任状。そして3年後のロット公爵家の爵位継承の意思表示。
婚約解消についても承認する書状にロット家の印章を押して貰う。
公爵代理としての権限は、これで正式に私が有することになった。
また私の婚約相手も私が決められる。
すべての手続きを終えた後、母は父と共に静かにロット領の屋敷へと向かったわ。
「ロット公女」
「あら。カイエン殿下。立っていて大丈夫かしら?」
「ああ。貴方のお陰でね。公爵夫妻が領地へ向かったのか」
「ええ。2人には領地で療養して貰うわ。3年ぐらい」
妹メルディアンには時間を掛けて、自分の人生がままならないものだということと、他責思考が出来ないように『調教』する。
浮気相手リディアは裏から手を回しすつ、3年後は最高で伯爵夫人になるまでね。
それ以上の夢は見させない。
エドワールは性格の矯正と、私やメルディアンに執着できないようにトラウマを植え付けて。
次代の王位を狙っているリーベル公爵家へ送りつけた。
まだ書類上は私の婚約者だけど……。
その内、リーベル家と示し合わせて婚約解消を発表するつもり。
これは、あちらの準備が整ってからになるわね。
エドワールが『傀儡』として使い物になるかの見極めの時間でもある。
順当に行けばリーベル公女がエドワールの『妃』という名目で王国のすべてを牛耳ることになる。
今の王家より、ずいぶんとまともになる事だろう。
公爵夫人が、かつては現王に婚約破棄されたのだ。
国王夫妻の処分についてはリーベル家にお任せしましょう。
「カイエン殿下。貴方はまず『失踪』しましょうか?」
「……すべてキミの思う通りに」
「ふふ」
命の恩人であることが彼の中でそれほど重要なのでしょう。
あの母ですら事実を受け止める余裕を持たせたら私に感謝していた。
それからはカイエン殿下のお身体を回復させつつ、協力してロット家の再興よ。
私個人の力に頼るばかりではいけないから、私が居なくても回る家門を目指す。
そうしている途中、リーベル家と連絡も頻繁に取るようになり、カイエン殿下の身代わりとして置いてきた『ゴーレム』を消したの。
毒殺するつもりだった相手が『失踪』して混乱した犯人もしっかり追跡。
リーベル家と協力し、カイエン殿下の失踪を社交界の噂に流した。
程よく王宮が混乱し始めたところで私とエドワールの婚約解消を発表。
教会に正式に届け出て承認させたわ。
あ、ついでに腐敗していた教会の内部も粛清しておいたから。
汚職司祭は、とっくに教会から出て行って貰ってる。
なので正式な手続き書類である婚約解消も、きちんと教会で認めて貰えたの。
エドワールとの婚約解消について王家から抗議というか、命令文というか、呼び出しが来たけど。
手紙はまず無視をした。
次に使者が高慢な態度で屋敷へ来た時に……。
──バキン!
「えっ」
「王都の結界はもう張るのを止めますわね? 代わりに公爵家の屋敷と公爵領に結界を張らせていただきますわ」
「は……?」
「ごきげんよう。私、聖女ですので。この程度のことは私の意思で出来ますの」
さぁて。
ここから3年ほど。引き籠るとしましょうか?
かつてのリーベル公爵家みたいにね。
ああ。もちろん私に味方する者たちには不自由はさせないわよ。
そして王家や他の貴族たちの動向も監視し続ける。
今の私、トリリアン・ロットはエドワールとは婚約解消し、かつ正式な次代女公爵になる者と告知している。
釣書が届く前に宣言しているけど、既に新しい婚約者が居ることも大々的に。
ま、表舞台には相変わらず出てないんだけど。
カイエン殿下の治療、および私の婚約者としての教育を3年で進める。
私も身体の成長を待たなくちゃいけないものね。
それから3年間、カイエン殿下暗殺を試みたことが分かっているラゲルタ侯爵家を弄ぶの。
徐々に追い詰めて、落ちぶれさせるし、それから毒でも苦しめてあげなくちゃ。
カイエン殿下が苦しんだ分だけね。
なにせ私の夫なんだもの。これは報復をきちんとしなくちゃだわ。
実際に彼の毒殺未遂に関わっていた者、指示を出していた者、分かっていて止めなかった者。
それらはカイエン殿下と話し合いながら相応の罰を与えていく。
そんな風に過ごしながら……3年が経った。
私は15歳になり、正式にロット公爵位を継ぐ。
何者にも邪魔はさせなかった。
こちらに害を為そうとする者たちには報いを与えてきたわ。
疲弊していたロット公爵家は、かなり豊かになったの。
公爵家としての自力がようやく取り戻せた感じね。
……私が記憶を思いださなければ、滅びる予定だった国。
そんな国だけど、どうやらその未来には至らずに済みそうよ。
王家のやり方が合わない、苦しいと思う民はロット家やリーベル家が受け入れて住まわせ、人手として使っている。
さぞラグホルン王家は、2つの公爵家が気に入らないことでしょうねぇ。
加えて2人の王子は無事な報せを各貴族に送るものの、3年以上も王宮に帰っていない。
彼らが今どこに居るのか。
そして、それぞれの公爵令嬢が一体、誰と婚約しているのかを貴族たちに徐々に匂わせている。
王宮の財政は現王夫妻の放蕩で逼迫し、逆にロット家とリーベル家は、より豊かになっていく。
2人の王子はどうやら豊かになっていく公爵家に居るらしい。
なのに王宮に支援なんて寄越さない。救いの手は差し伸べない。
王子としての責務など果たさない。
王子たちが現王夫妻に対して『敵対』しているのだという噂は、どんどん広まっていった。
王家からの騎士団がロット家に向かってきた事があったけど。とても残念。
私の結界は破ることが出来ないの。
でも、いつまでも結界頼りはよくないものね?
公爵家の騎士団の演習も兼ねて戦闘経験を積ませたわ。
戦闘が発生しても、怪我人は私がすぐに治した。
死者は出さない。双方にね。
国内情勢が荒れ始めれば他国が目をつけてくる。
でも、それも残念。
3年も成長した私がそんなことを見逃すはずもない。
それにまだ『物語』の範疇だもの。
母の死は免れたけれど、いつかこの国に滅びを与える隣国のことは警戒している。
この国の調査に隠れて訪れた者たちは……ふふ。
もちろん捕まえて隣国の情報を吐かせるの。
捕虜として捕まえているわ。
さて。こちらが非道で残虐な行為に手を染める前に『危険な国』だと引いて貰えるかしら? 我慢比べよね。
いつか、私が追放されるはずだった破滅の運命の日まで、あと2年。
この国のすべてをひっくり返していかないとね。