01
「聖女ねー」
はーい! 私、転生者。
自分の境遇と『未来』を知っています。
なぜなら、この世界は私の知る『物語』の中の世界だから。
実際は知らないわよ? でも確実でしょうね。
現実でもあるので、その知識は単なる未来予知だ。
私の名前は、トリリアン・ロット。
『お飾り』として扱われてる聖女。
それでいて公爵令嬢。
肩書きはいいけど、境遇は最悪な女。
最終的には公爵家と国を『追放』される予定。
その後に私を追放した連中には『ざまぁ』が待っている。
そういう物語。
実の母親は我儘な公爵令嬢で、夫とは権力を用いて強引に結婚した。
見た目が凄くいい夫、つまり私の実の父親だ。
父には相思相愛の婚約者が居たが、公爵だった祖父に圧力をかけられて、やむなく婚約解消。
強引に母と結婚させられた。
当然、そこに愛など芽生えるはずがない。
母は時間が経てば父と愛が芽生えると思っていたらしい。幻想だが。
また母は子供さえ出来ればと、やはり無理矢理に父と関係を迫った。
すると余計に嫌われた上、当たり前のように元の婚約者と不倫されている始末。
私と同じ年齢の、数ヶ月違いで生まれた腹違いの妹が居る。
父と不倫相手の子供だ。
年単位、数ヶ月単位で父は屋敷に帰って来ないし、帰ってきても冷酷な目で母と私を見るばかりよ。
そしてメンタルボロボロな、迷惑で哀れで愚かな母は今や病に伏せっている。
その内に死ぬ予定。
母親が死んだ後にようやく父が帰ってくる。
後妻として不倫相手を連れ込み、妹もこの家に住む。
そこから私の持ち物や立場はすべて腹違いの妹に与え、徹底的に私を虐げる父・後妻・妹。
なお、『聖女』の私は、第二王子と婚約中だ。
国王、王妃、第二王子、全員が私を見下している。
『聖女など誰にでも出来る仕事だろう』と。
少し話を変えて『聖女』について。
聖女は、国に結界を張るタイプの聖女だ。
別に結界が無くなったところで大量の魔獣が湧き始めるわけではないが……敵対者との間の『防壁』が崩れるようなものなので、大変に困ったことになる。
安心して気を抜いてるような騎士たちじゃ、運悪く魔獣が来ただけで皆やられてしまうだろうね。
家族関係、最悪。
婚約者、最悪。
婚約者の両親で王と王妃、最悪。
それが私。
聖女のトリリアン・ロット公爵令嬢。
母が死んだ後で『虐げられ期間』が5年ほど過ぎた17歳頃に、私は大々的に第二王子に『婚約破棄』を突きつけられる予定だ。
『お飾り』の聖女だと思われているので、妹と惚れ合った第二王子は妹を聖女に据え、彼女と婚約を結ぶ。
国王、王妃、父はそれを了承。
また、そのまま私は国外追放される。
聖女の名を騙ったことと妹を長年虐げていた罪で追放、らしい。
隣国との間にある『魔の森』に連れて行かれて追放という形で捨てられるので、実質、冤罪による死刑を実父と国王夫妻、婚約者に突きつけられる立場。
ただし、そこからは私のターンだ。
隣国に無事に落ち延びた私は新生活を始める。
反面、聖女を追放した国は……ってヤツ。
だんだん彼らが落ちぶれていく上に、私に返り討ちにされる『ざまぁ』展開なのだけど……ちょっと待て。
その国外追放が成立した時点で公爵家が乗っ取られているんだけど??
公爵家の正当な血筋どこいった。
聖女と称されるほどの魔力量は、公爵家の血筋だからこそである。
父は婿入りであり、縁戚でもない。
後妻も妹も公爵家の血を継いでいるわけがないので完全にアウト。
他家の貴族ごと馬鹿にしてるのかな?
「私を見下しても、そこを認めちゃダメでしょうに」
コキコキと首を鳴らして身体を動かした。
さて、と。
前世の記憶による各種知識、オーケー。
魔法のバリエーションも一気に豊富になった。
今世の私の魔力量と才能、オーケー。
前世よりも破格の性能をしているし、見た目も美少女で申し分ない。
今は少しやつれているけどね。
国を守る結界を張れるような女が、自分の身を守れないワケがない。
あとはメンタルケアの問題。
普通は親の愛情を求めるよねー。
まだ子供だもん。12歳だよ、今の私。
今までだって愛に飢えていた。
でも、その愛がもう要らなくなった。
よし。
まず手を付けるのは、と。
◇◆◇
「──解析」
虚ろな目をして、ぶつぶつ言いながら寝ている母の寝所に突撃。
見舞いぐらいは許されるわよ?
どうせ死にかけだし。
(ふーん? 別に毒じゃないんだ)
母は本当に病らしい。父が殺そうと企んでいると思ったが……。
じゃあ、ひとまずアレね。
「──睡眠。浄化」
「あ……」
母を深く眠らせる。夢すら見ない深い睡眠だ。
そして身体や服、ベッド、部屋の中を浄化。
……病気だから『殺菌』かしら?
そちら方面も対策し、母を綺麗にしてあげた。
(病気と言っても癌とかじゃないわね)
どちらかと言うとメンタルの衰弱から来る様々な不調が根本原因。
だんだんと免疫力が落ちていき、食事もしなかった為に栄養不足。
これは病というか、ただの『衰弱』だ。
私の魔法で持ち直したところで、ね。
また体力を回復していかなければならないだろう。自分の意思で。
まぁ、それはひとまず、いいか。
母はしばらく眠らせた状態で維持。
魔法でケアをしておく。
保護魔法も掛けておき、暗殺などの対策もしておいた。
これで前向きな寝たきり状態ね。
死なせないようにしてあげよう。
私は『原作』をなぞるつもりなどない。
母のことはそれで放置してから、私は執務室へ向かう。
家の現状を片っ端から調べておきましょう。
落ちていた私自身の体力は、魔法で強引に持ち直しておいたわ。
あとで、ゆっくり休憩も取りましょう。
公爵家のあらゆる権利の把握。
資産の確認。血縁関係などなど。
とりあえず……。
「誰が仕事をしているのかと思ってたけど家令に丸投げね」
そりゃあそうよね。
母は病気で寝込んでいるのに、父は不倫相手のところへ入り浸っている。
母を溺愛していた祖父母は隠居した後、既に亡くなった。
じゃあ、誰が仕事しているのか? って話になる。
母は父を繋ぎ止めるためか、はたまた公爵家の矜持か。
病に倒れる前は仕事はしていたらしい。
ちなみに正式に『公爵』なのは母の方だ。
女公爵というやつね。
「あったわ」
公爵家の印章の入った鍵付きの箱。一応、きちんと管理してるのね?
私の前では無意味だけど。
「ふんふーん」
鍵開け魔法で『印章』をゲット。
それから母の筆跡をコピーして書類捏造。
ひとまず母が病気療養している間、公爵家の全権を私に委任することを書面に記す。
そして家令を見つけて、侍女長にも一緒に執務室へ来て貰った。
この2人は昔から公爵家に仕えてきた人たちね。
母のことも子供の頃から知っている。
病に倒れた母を見て、悲しみながらも精一杯に支えてくれている人たちだ。
でも母の我儘は直せなかったのよねー。
やっぱり甘やかしてしまうのかしら?
「こちらを見てくれる?」
2人には私が捏造した母からの『委任状』を見せたわ。
筆跡は魔法でコピーしたもの。
かつロット公爵の印章が押してある。
母の字をよく知る2人を騙せるなら問題ないわね。
「これは……」
「ええ。そういうことよ」
「奥様は、もうご自分が……」
長くないと分かっていると。
この状況だ。父に任せるわけにはいかないことは、真っ当な領主ならば分かる。
「それなんだけど。私なら母の病を治せるわ」
「えっ」
「え!?」
驚きの声を上げる2人。そりゃあそうよね。
「聖女だもの。と言いたいけど。まだ絶対に治せるとは言えないの。
最近覚えた魔法だからね。
さっそく、その魔法で治療してみたけど……今は体力を回復させるために母には魔法で眠って貰っているわ」
「え、魔法、で?」
「ええ。聖女だもの。国を守れるだけの才能、人一人を生かすことに使うぐらい許されるでしょ? 実の母なんだから」
2人とも絶句。
彼らも私のことは『お飾り聖女』だって思っていたのよね。
ま、それはいいわ。
「お母様は私が状況を整えるまで眠っていて貰います。
治療も兼ねてね?
保護魔法も掛けてあるから暗殺は大丈夫。
でも信頼できる者に寝ているお母様の世話をさせてね? 居るかしら」
「は、はい……」
「今のロット公爵家は内情がボロボロよ。領地の運営は貴方たちが頑張ってくれていたけれど、これからは私も尽力するわ。
……で、だけど。
ベンジャミン執事長。セムエナ侍女長。
貴方たちは、私の味方につく? それとも不倫相手と子供まで作っている入婿の父につく?
私の味方になるか、敵になるか、選択しなさい。今、ここで」
笑顔で圧をかける私。2人が出した答えは……満足いくものだったわ。
執事長と侍女長の2人を味方につけて動きだした私。
母は眠らせたままで私が治療を施しつつ、現状維持。
運命の強制力は今のところなさそう。
『物語』の中での母の死期を乗り越えられればいいわね。
そして屋敷の中は、スッキリさせるために使用人全員を徹底的に調べ上げていった。
父寄りの人間や、王家をはじめとした他所に忠誠を誓っているスパイの洗い出しを行う。
魔法で解析しながらだから捗るわ。
逼迫していた屋敷の経営の見直し。
無駄な……私やお母様を蔑ろにしている者に払う金銭や、お母様が父の気を惹くために使っている『無駄』な出費を見直し。
余計なことは誰にもさせない。
また信託を通して、公爵家の資金を外部に預けておく。
一定基準の、最低ラインをこれで確保できたかしらね。
父に有利な書類、契約の見直し。
最悪、縁戚が居れば公爵家を譲るのも吝かではない。
だが正当な血筋を持つ者は残っていないらしい。
聖女の血筋が絶えそうですけどー?
せっかくの魔力量なのにね。
なぜ敬意を払わないのか。
まぁ、今の段階だと一応は王族と婚約を結んでいるので対策はしているか。
利敵行為をしている使用人たちは、私と母からは離れた場所へ追いやる。
辞めたいなら辞めてくれてけっこう。
「何故、そうなるかは貴方の胸に聞いてみてね? 分かるでしょう?
私、見下されて、舐められて黙っているほど穏やかじゃないの。
誰かに言い付ければどうにかなると思っているなら……ふふ。
より悲惨な目に遭わせてからの方がいいかしら? そう言えばこの家にも地下牢があったわねぇ……。
穏便に済ませる必要などないということなら……」
魔法を乗せた『威圧』をかけ、お飾り聖女の小娘と見下す輩には死の恐怖を抱かせた。
本物の騎士が剣を抜いて突き付けているような感覚を味わわせてあげたわ。
さて。
不倫相手のところに入り浸っていた父だが、彼寄りの使用人たちからのサポートがなくなり始めた事に気付いた様子だ。
久しぶりに屋敷に戻ってきたことを張り巡らせていた結界で察知する。
母が寝たきりになり、私が全権を委任された現状は耳に入ったらしい。
じゃあ容赦しなくていいわね?
「──地下牢へご案内」
パチン、と指を鳴らした瞬間。
ズンズンと屋敷の中を歩いて、執務室に居る私の元を目指していた父は地下牢へと『転移』した。
私も続いて地下牢の前へと転移。
「は? な、何? なんだ、ここは」
「ここはロット家にある地下牢ですわ。形だけの、腐ったお父様」
「!?」
一瞬にして地下牢の中に放り込まれた父は、鉄格子の向こうから声を掛けた私に振り向く。
私の存在を認めた途端、見る見る内に怒りと憎しみに表情を塗り替える父。
「──沈黙」
「…………! ……!?」
戯言を聞く時間は無駄なので、父から声を奪う。
「とりあえず、しばらく貴方はここに閉じ込めておきますわね。
水だけは運ばせますわ。ただ食事は2日ほど控えてくださる?
無駄に元気があっても、貴方は無駄に喚くだけでしょうから。
ああ、それと。まず私を見下すことを止めることから始めるように」
手をかざし、地下牢の中に居る父に向けて魔法を放った。
軽く吹っ飛ばす程度の魔法よ。
「……!?!」
ドンッ! と地下牢の壁に叩きつけられる父。
それから二度、三度と壁に何度か叩きつけておいた。
「今のところ殺す気はありませんが……。まぁ、別に貴方など死んでもいいかとも思っておりますの。
貴方の死因ですが、お母様の病に貴方も引っ張られたということで良いかしら?
まぁ、傲慢で愚かなお母様に見初められ、望まぬ結婚を強制されましたものね。
気持ちは分からなくはありません。
貴方の不倫相手、元々の婚約者様やその子と愛し合うことを『私は』構わなくてよ。
ただ血筋もないのに公爵家を乗っ取ろうとするのは別の話ね。
ここに私という正当な公爵家の血筋が居ますもの。
私は、お前の事情も、母の事情も知った事じゃないの。
だから別にお前たちの幸せなど踏み躙っても構わないわ」
声を奪われて、三度も壁に叩きつけられ、見下していた娘に好き勝手に言われる父。
さぞや屈辱なことだろう。
「用件はありますが、それはまた今度。死に掛けた頃にまたお話しましょうか。
それまでは、ここで過ごしておきなさい。
ああ、私が貴方の存在を忘れることもあると思うから。
その時はごめんなさいね? 飢え死には苦しいかもだけど、諦めてちょうだい。それじゃあね」
私は地下牢にさらに結界を掛けて、父を出られないようにする。
音漏れもナシだ。
国を守る結界など張れるのだから、人一人を閉じ込めるぐらいは造作もない。
それから壁に魔法を掛けて『ゴーレム』を形成。
定期的に水を与えるように命令を与えて父の世話をさせる。
忘れていなければ、まぁ、2、3日後にでも来ようか。
「んーっと。次は、と」
死ぬはずだった母は眠らせつつ、治療中。
不倫の父は地下牢に閉じ込めた。
どちらも私にとっては毒親だ。
父の筆跡をコピーして、不倫相手の女と子供宛てに手紙を書く。
その内容は。
『公爵家の逆鱗に触れた。
これから俺の立場が危うくなる。
妻と結婚しなければならなかったように抗えない。
お前たちを今、守ってやる事も無理になった。
だから娘と遠くへ逃げて欲しい……今すぐに。
でなければ、お前たちは殺されるかもしれない。もう俺は既に追い込まれているんだ。
公爵家の連中にお前たちが見つかったら、その場で殺されてもおかしくない。
しばらく実家にも寄りつかないように、頼ったとしても、すぐに姿を隠すんだ。
どうにか生き延びて。
必ず迎えに行く。だが……もう公爵家にお前たちを迎えることは絶対に出来ないだろう。
俺は妻や娘をみくびっていた。俺が勝てる相手ではなかったんだ。
俺にはもう公爵家に逆らうことは出来そうにない。
すまない。お前たちに高貴な身分は二度と与えてやれなくなった。
俺と妻は、おそらく離縁することになる。俺の有責でだ。
公爵でなくなった、それどころか、ただの平民の、金すらなくなった俺でもお前たちは俺のことを愛してくれていると信じる。
贅沢は、もう二度とさせてやれないかもしれないが、どこか山奥ででも畑仕事をしながら一緒に暮らそう。
連中に負けてしまった情けない俺でも、お前たちは俺を許してくれるだろう。
金がなくたって、身分がなくたって、お前たちさえ居れば俺は幸せだ。愛している』
……こんな感じの内容。
さて、不倫相手とは真実の愛か否か。
母親の方は情があるかもしれないが、娘は無理かもしれないわね。
知らないけど。
小さな偵察用の『使い魔』による監視と記録の準備を整えた上で、この父からの偽手紙を不倫相手に届けた。
手紙を受け取った不倫相手と腹違いの妹の反応を私は遠くから確認する。
「なん、ですって……」
「お母様?」
ワナワナと震える不倫相手。
手紙の内容を飲み込めるか否か。
筆跡は疑われなさそうだ。
「あ、あの役立たず!」
「え、お母様? どうしたのよ。その手紙は何? 私にも見せて」
妹が女から奪うように手紙を読み、やはり怒りに表情を曇らせる。
「こんな……! 私は公爵令嬢になるのでしょう!? そうよね、お母様!?」
「……それは」
「ねぇ! だって!」
不倫相手は悔しさを噛み締めつつ、冷静に現状を見ようとしている。
再び父からの偽手紙を読み直しながら。
「……ひとまず、この家からは離れるわ。荷物をまとめなさい。実家へ行くわよ!」
「うっ……は、はい。お母様」
その後も私は仮眠をとりつつ、屋敷の業務を改善しながら2人の監視を続けた。
不倫相手の実家は、2人のことにあまり好意的じゃなかったらしい。
それでも公爵夫人や公爵令嬢になれる見込みがあれば付き合っていくつもりだったようだが……。
父が何やら失敗し、公爵家に目を付けられていると分かったら、もはや2人は、ただの疫病神だった。
今までは母の執着心やプライド、歪んだ愛情と愚かさから成立していた状況だ。
その母が意を決して離縁まで考え、さらに不貞を糾弾しようものなら彼女らや、その実家など消し飛んでしまう。
「あの無能の役立たずめ……!」
父に対する不倫相手の実父からの言葉だ。
「どうするの? どうすればいいの? お父様」
「……今のところ、公爵家から何かを言われた事はない。
だが、それはあの男の家から手を付けているだけかもしれない」
そうね。順当に考えればそう。
「……お前はどうしたいんだ?」
「え? どうって」
「あの男は、曲がりなりにもお前を愛していると書いている。
逃げて、どこぞで畑を耕してでも、平民となったとしても、あの男と添い遂げたいか?」
「い、嫌よ! どうして私が!? 貴族を辞める気はないわ!」
「あの男に執着心はないと?」
「……! ええ! ないわ。役に立たない男なんて要らない! 今まで散々上手くいくと言っていたくせに、この体たらく! 何が愛しているよ!」
「そうか……。お前もか? 父親だろう。平民となってでも父と暮らしたいか?」
「い、いや! 私は平民じゃないわ!」
母と娘の答えは一緒らしい。
まぁ、でなければ『未来』でああはならないだろう。
「なら、今の内に結婚相手を見繕ってやる。あの男に未練などないんだろ?」
「え、ええ……それは」
「なら決まりだ。適当な男を見繕い、お前たちを結婚させ、その家の子として娘を認知させる。お前たちが貴族の立場を維持するには、それしかない。いいな?」
ちなみに不倫相手の実家は伯爵家だ。
無理矢理に結婚をねじ込める下位貴族の男性でも居るのかもしれない。
……見た目だけはいい2人だ。
その男性にとって、どういう存在になるか未知数ね。
母はともかく、別に私は2人に恨みはない。
行き先だけ把握して、あとはしばらく放置でいいわね。
2日経った後で父の様子を見に地下牢へ行った。
きちんと衰弱している様子ね。
「はーい。お父様。ごきげんよう。まだ生きてて何よりですわ。
私、毎日ご飯が美味しくて。柔らかい布団でゆっくり眠れていますのよ」
そう言いつつ、挨拶代わりに父を壁へ叩きつける。
「がはっ!?」
「ごめんあそばせ。要らぬ問答をしたくないもので。
私より『下』の存在であることをご自覚されるまで続けますわね。
死んだら、それまでですわ」
ダンッ! ゴンッ! ガッ!
と、まずは身体に力の差を教え込む。
行き詰まって私に返り討ちにされて国ごと滅ぼされるエンディングよりマシな仕打ちでしょ?
どの道、死ぬ運命にあった男だ。
「では取引ですわね。食事がしたければ、この書類にサインをするように。
一つの書類にサインをする度にご褒美として食事させてあげますわ。
飢え死にしたいなら、別にしなくてよろしくてよ」
地下牢の中に石の机を生成し、破れないように保護魔法を掛けた書類を置く。
身勝手な契約内容の書類群を、公平な内容へと変更するための書類だ。
母が目を覚ますまでに契約内容を真っ当なものに変えておく。
「では生きてまた会えると良いですわね。お父様。
今度は3日後に来ますわ」
一応、壁に叩きつけた負傷で死なないようにだけ治療はしておく。回復魔法だ。
不倫の父は、まったく会話する気のない私と、この環境に徐々に追い込まれている様子で何より。
「ああ、それから。お父様。
貴方の愛しているお二人、どうやら貴方を見捨てて切り捨てたみたいよ?」
私は監視映像を記録した魔道具を牢の中に放り込んだ。
「ご愁傷様。真実の愛なんてありませんでしたわね?」
そこまで言い放っておいて、当然、反論など聞かずに転移。
ストレスは感じないに限るわ。