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75.めまい

「デリカシーの欠片もないのね」

「そういうお前は……力加減ってのを知らねーのか……」


 軽い脳震盪になりながらも、なんとか意識を持ちこたえた俺。

 しかしホンキのビンタを受けたため、頬は腫れ、口内は切れ、口と鼻から出血していた。

 いやぁしかし、まさかエルフェイの長様が、自分の身体つきにコンプレックスを持っているとはねぇ。

 彼女の額には青筋が見えていた。結構キレてる。

 なんなら、今までで一番の精神的ダメージを与えたのかもしれぬ。


「興が、削がれましたわ」


 シトリスが俺から離れ、そして部屋の外に手を掲げた。すると、遠くに落ちていた衣服が滑るように近づいてきて、まるで生き物のように彼女にまとわりついた。

 そして服は勝手に彼女の腕に袖を通し、腰紐を締める。俺が瞬きをする一瞬の間に、彼女は着替えを終えていた。


「すげー便利だな、それ」

「……」

「おーい、無視かい」


 俺の言葉に、彼女は無反応だった。ただ、不機嫌な顔は変わらなかった。


「……仕方ありませんわね。ここまで趣味嗜好がズレているのであれば、私の手にも余るということ」

 大きなため息の後、彼女はかぶりを振った。

 多くの異性を手籠めにしていたであろうエルフェイの長。そのプライドは今、俺の手によって砕かれたのだ。ざまみろ。


「あ、そうね、良いことをを思いつきました」


 瞬間、彼女の顔がパっと晴れ渡った。何か良いアイデアが浮かんだらしい。願わくば俺にとって悪いアイデアではありませんように──。


「カルマンダと、結ばせましょう。彼女なら、あなた好みではありませんこと?」

「はっ! そうは問屋が卸さないぜ。子供(ロリ)がダメだから、今度はオトナの魅力で誘おうってか。考え方が短絡的だな」


 吐き捨てるように俺は返した。

 あの大剣を振り回していた女と結ばせるだと?! バカも休み休み言え!

 確かに、あのカルマンダという女は他のエルフェイと比べて、しっかりした筋肉がついた健康的な身体つきに、豊満な胸。もちろん容貌も、エルフェイの例に漏れず整っており、そして戦士という職業柄か、精悍な顔立ちでもあった。背丈も、なんならナツと同じくらいだ。


 好みか好みじゃないとなれば……そりゃぁ……。


 ……。


 まあ、好みなほうでは……ある……かも……。


「……」

「……」


 なるほど、悔しいながら、カルマンダのナイスボディには反応してしまう……か?

 いやいや、たぶん彼女に似ているから、魅力的に感じているんだ。顔や性格は全く違うけど、身長も体つきも、カルマンダは彼女にソックリだ。

 あの時、あの夜。

 偶然に入ってしまった怪しい宿屋の、軋むベッドで抱き合った、彼女(ナツ)──。


「……」

「……顔に出てるわよアル=パタルー」

「くそっ、お前が盛った媚薬のせいだろ」


 ナツとのまぐわいを思い出したタイミングで、顔が蕩けていたらしい。


「ふふっ。所詮、アル=パタルーも人間のオスなのね」


 そんな事情など露知らず。シトリスはクスクスと笑いながら部屋を出ていった。カルマンダを呼びに向かったのだろう。


「おーいっ! 俺の格好はそのままなのかよ!」


 手首足首は木の根に縛られて、足は開脚させられ、上着は乱暴に脱がされて、下半身に至っては丸出しだった。この姿での放置は羞恥プレイに等しい。

 必死の呼びかけも、シトリスの耳に届いていないのか。それとも完全無視なのか。彼女が戻ってくる様子はなかった。


「おいおい、流石に恥ずいぞ」


 誰もいない地下牢としてもだ。俺に露出癖は無い。

 あと、体の節々が痛い。ずっと同じ格好を強制させられ、しかも慣れない体勢は、普段使わない筋肉に悲鳴を上げさせた。体を伸ばしたくとも伸ばせないもどかしさは、精神的にも心体的にも俺を疲弊させていた。


「おーい……せめて外してくれないかー……」


 俺は僅かな希望を頼りに、シトリスへ懇願の言葉を投げた。が、只々虚しく、洞窟内をこだまするだけだった。


「……」


 そこからしばらく沈黙が続いた。地下の洞窟では時間の感覚が掴めず、いったいどれだけの時間が過ぎたのか分からなかった。体内時計が完全に麻痺している。

 さらに、ずっと同じ格好では体が凝り固まってしっていた。時々体をねじり、伸ばせる所だけで伸びをするも、そのたびに、手や足首に強く締められた根が擦れ、ヒリついた痛みが伴った。


「……ウェルテも……もしかして同じ目に……」


 彼女は、カルマンダに拿捕されたまま別のところに連れて行かれていた。エルフェイたちの様子から、ウェルテは世界樹が祀られていた祭壇に招かれたようだ。

 もちろんそれは、彼女──世界樹の種を、発芽させるため。


「そんなバカなことあるか」


 彼女は一人の……個を持つ人間(エルフェイ)だ。作られた人格(モノ)だなんて、今でも信じられるものか。彼女は彼女だ。それ以外の何者でもない。


「無事だといいんだが。何されてるかまったくわからん」


 もしかして……。

 もしかして、俺と同じような屈辱的なことをされているのか……?


 手は蔦で縛られ、足も自由を奪われて、虚ろな目のエルフェイどもに、衣服を裂かれ、抵抗虚しく、彼女の秘部が露わに……。


 ……。


「……って! いやいや! 何を考えているんだ俺は!」


 ブンブンと頭を振り、一瞬だけ浮かんだ邪(よこしま)な考えを払った。こんな絶体絶命な状態のクセに、なんて妄想してやがるんだ俺!

 恐らく、盛られた媚薬かテンプテーションによる影響だと思うが、こんな状況でそんな妄想などしてる自分をぶん殴りたくなった。

 あまりに情けなさすぎて、また、少しでも妄想を振り払おうとして、さらに頭を左右に振り続け、目眩すら覚え始めた。


「頭振りすぎた……。クラクラする……やべ気持ち悪。地面が揺れるぅ……ぅ……ん?」


 それは、目眩ではなかった。地面が本当に揺れたのだ。


 そして、その刹那。

 耳を劈(つんざ)く轟音とともに、地下の牢屋は巨大な揺れに襲われることとなった。



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