63.敵の狙い
地下は冷たい冷気が溜まりやすい。そのため冷蔵貯蔵を行うには最適である。
また、地下から上階に上る階段はひとつしかないことから、もう一つの用途があった。
地下牢である。
彼女は、自主的に申し出て、その地下牢で過ごしている。すでに2日目とのこと。
本人が責任を感じているようである。そして他の使用人も、特に文句は言わないらしい。
だれもが、彼女が原因であると考えていたからだ。
「やあ」
「……! ランジェさま! ご無事で!!」
「ウェルテも元気そうでよかった」
地下牢にやってきた俺は、極力、平静を装って彼女に声掛けした。
ウェルテは、あのときのメイド服のままであった。
「窮屈だったろう、今、鍵を開ける」
そして俺は、使用人から預かった鍵で、牢屋を開けた。
「えっ」
ウェルテは小さく驚き、しかし、そこから動こうとしなかった。
「どうした? 出ないのか?」
「だって……わたしのせいで」
「そうなのか?」
俺の疑問に、ウェルテはしばらく口を閉ざし──そして、答えた。
「襲ってきたのは、エルフェイでした。わたしを捕まえに来たに決まっています」
「でもさ、身に覚えがないんだろ?」
「そ、それは……」
それでも動かない彼女に、俺は我慢ならず手を差し伸べた。
「いいか、ウェルテ。悪いのは襲ってきたエルフェイだ。君じゃない」
「でも、でも!」
彼女は俺の手を取ろうとしなかった。だから俺は──
「きゃっ!」
無理やり引っ張った。
「もう一度言うぞ。悪いのは君じゃない。あのエルフェイどもだ」
「でもわたしもエルフェイです!」
「じゃあ君を奴隷にしたのは誰だ! 人間だ! そして俺は人間だ!」
「!」
ちょっと意固地な彼女に対して、俺もつい、声を荒げてしまった。
声の大きさに驚いたのか、目を丸くして俺を見つめる彼女。翡翠色の涙目が美しくも儚く感じた。
「確かに君に悪いことをしたのは人間だ。でも俺は、あの人間とは違う──そうだろ?」
「……はい」
そして、俺は彼女の手を離した。
俺も彼女も、だいぶ落ち着いてきた。
「ちょっと協力してくれ、たぶん、君にしかできないことだ」
「……はい」
そして俺は、彼女を牢屋から解放し、別の部屋へと向かった。
その道中、俺は世間話な感覚で、彼女と語り始めた。
「敵の狙いは、ウェルテ──『君ではない』」
「!」
驚きの表情の彼女。本人は、自身が標的と思っていただけに驚きも一段と大きいだろう。
「奴らの中で、俺を見て──正確には、俺の『開花宣言』を見て、笑ったやつがいた。そして、そいつはこう言っていた。『アル=パタルー』」
「アル……パタルー……?」
「聞き覚えはあるか?」
「……いえ、申し訳ありません」
謎の言葉、『アル=パタルー』。意味はわからない。
この辺りのことに詳しいサーラにも聞いてみたが、首を振った。
文献も漁ってみたが、全く見当がつかなかった。
しかし少なくとも、その意味不明なモノに、俺が該当するようだ。
「くそっ」
つい、小さく悪態が漏れてしまった。
ウェルテには聞こえなかったことは、幸いだった。
****
「ランジェ様、こんなところに何用でしょう」
「捕まえたエルフェイを見に来た。いいか?」
客間の一室を、『奴ら』の保護部屋としていた。
牢屋では、治療が十分行われるとは言い難く、また、気温によって体力が奪われることを懸念してのことだ。
その部屋の前で、見張りをしていた使用人に一言伝え、中に入れてもらうようにした。
彼は俺の命に従い、横に退いた。
中に入る前から、うめき声が室外に漏れ伝わっていた。
「……」
俺、そして、ウェルテは、意を決して扉を開けた。
「うっ、こ、この、ニオイ……」
そしてウェルテはすぐに鼻を押さえた。
(……腐敗臭、か)
植物の腐葉土を作るときに、よく嗅いだ覚えがある。物が腐ったときの悪臭だ。
「サーラ、なにか分かったか?」
「あら、ランジェ坊や……じゃなくて、ランジェ様。まあ、何もわからんさね……っと、彼女も来たね」
サーラが、ウェルテを見てニヤついた。
そしてウェルテも、部屋の中を見て、鼻を押さえるのをやめた。
そこには、痩せ細り、狂ったように唸り、叫ぶ、エルフェイの女性がいたのだ。捕虜として捉えられたうちの一人である。
瞳は深い緑色。ブロンドヘアーは眩しいくらいに輝き、鼻も高く耳も尖っている。恐らく容姿端麗な人なのだが、しかし、体はやせ細り、肌の色も所々に荒れて、そして異常に発狂していた。まるで、鎖に繋がれた獣だった。
「全くコミュニケーションとれないんだわさ。ウェルテなら、なにか分かるかと思って、ランジェ様に連れてきてもらったのだわ」
「……」
サーラの言葉に、ウェルテは固まっていた。そりゃそうか。やっと見つけた自分の同類が、こんな状況なのだから。
しかし……聞いていた以上に。
俺は、開花宣言の能力の一つで、そのエルフェイの花を望んだ。
しかし、いずれの花も枯れていた。全て萎れ、花弁は落ちていた。
そして、咲いていた花から種子も作られることなく、そのまま朽ちたようであった。
そんな情景が、俺の目の前に広がった。
「サーラ様、わたし、やってみます」
「無理はするんじゃないよ」
ウェルテが意を決して、そのボロボロのエルフェイに近づいた。
「……!」
すると、エルフェイが驚愕した。さっきまで狂気にまみれた獣のようだったのに、ウェルテの顔を確認した瞬間、それは止まった。
何かを、ウェルテから感じ取ってくれたのか。それとも単に、ここに同族がいることに驚いているだけか。
「お話できますか? わたしの名前は、ウェルテって言います」
「……あ……あ……」
ウェルテの呼びかけに、エルフェイは目を見開いた。
「……だれ……だ……」
あわよくばウェルテの知り合いかと思ったが、第一声は残念なものだった。
しかし、今の今までコミュニケーションすら不可能だったが、ウェルテには返答をしてくれた。一筋の光が見えてきた。
「ごめんなさい、わたしも、わからないの。もしかして、あなたが何か知っているかと思って」
「……」
「何か……知らない……?」
「あ……あ……!!」
その時、そのエルフェイはウェルテではなく、俺を見た。
充血した目を見開いた姿は、美しさよりも恐怖を強く覚えた。
「あー! ああ!」
そして突然、暴れだしたのだ。
「きゃっ!」
「ウェルテ、離れろ!」
捕虜が暴れないよう、事前に鎖につながれてはいた。しかし、その鎖を引きちぎらんとする程、その女は強く、激しく動き出した!
「ちょ……」
「アル=パタルー! アル=パタルー!」
「!!」
やっぱりその名前か!
「まてよ! 俺はランジェ=ヴァリヤーズ! ヴァリヤーズの当主だ!」
「アル! アル=パタルー!」
興奮した目つきは収まらなかった。
体を伸ばして、俺に詰め寄ろうとするが、繋がれた手枷がソレを阻む。そして結局、見張りの使用人と、サーラの束縛の術に抑え込まれて動けなくなっていた。
「だめじゃな、一旦退けたほうがよさそうじゃ」
「すまない。そうする。ウェルテもありがとう」
「……はい。……また、お役に立てなかったです」
ウェルテは明らかに落ち込んでいた。
そんな顔するなよ。
そんな一言すら、今の俺の精神状態では発することができなかった。
捕虜と会話ができれば、二つの謎が解決するのではと目論んでいただけに、ショックもひとしおだ。
(ウェルテ……君は何者なんだ。そして、アル=パタルーってなんなんだ……?)




