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62.アフターケア

「状況報告……の前に」

「なんでございましょう?」

「トモエさん。あなたも治療術を受けてくれ。見ていてこっちが痛々しい」


 トモエさんの目には眼帯がつけられ、腕には添え木と三角巾。首から腕を釣っている状態。そして至る所に、包帯が巻かれていた。

 おそらくメイド長として責任を感じたのか、部下たちへの回復を優先して回している。


「……ランジェ様の命令とあれば、報告ののち回復に向かいます」

「たのむよ、そうしてくれ」


 わかりました、と彼女は、深々と礼をした。


「それでは早速、ご報告です。まず、捕虜の状況になります」


 トモエさんが、昨夜の襲撃事件の報告を始めた。


 あの襲撃事件から一夜明け、時は既に夕刻だ。


 俺はその後、気を失うように倒れ、そして先程、自室の書斎で目覚めた。

 案外頭はスッキリしていたので、そのまま書斎で、トモエさんからの報告を聞くことになった。


「やっぱり全員、エルフェイ、だったか」


 手渡された一枚の羊皮紙に、目を通す。


「死者、4。捕虜が、9です」

「……しかし……これは……」

「はい、捕虜として捉えたものの多くが、狂ったように暴れだし、そのまま、息絶えました」


 示された報告書には、その時の状況が細やかに記載されていた。


(生きているのであれば、生かしておきたかった)


「それと……ランジェ様」

「ああ、わかっている……『こちらの被害は』どうだ」

 するとトモエさんが、同じような紙を手渡した。俺はそれに目を通しながら、同時にトモエさんが書面の要約を声に出した。


「調理組、庭木組には、重傷者はいるものの、死者はおりませんでした。ですが──」

「……」

接待組(サーブ)の『カシズ』、掃除組(スイープ)の『ホーヴァル』が、犠牲になりました」

「……そう、か」


 カシズは、あの大剣女にやられた。しかし彼女の偵察がなければ、ここまで被害を抑えられたといえる。現に、トモエさんのサポートが間に合ったから、料理組(キッチン)の被害は最小限だった。

 そしてホーヴァルは、建物の崩壊に巻き込まれたとのことだ。他の弓部隊や女中を、かばったらしい。


「──遺族には、手厚い保証をしてくれ」

「二人とも、孤児院出生なので……」

「そっ……か……」


 重々しい空気が、書斎を満たす。


「ランジェ様。それでは、孤児院に寄付を」

「……そう、だな」


 俺の作戦で、大切な仲間が死んだ。

 この作戦を決行した時点で、覚悟はしていた。


「ランジェ様、次の報告です」

「……」

「……お聞きになりますか?」

「ああ。続けてくれ」


 しかし、いざ部下の死──いや、仲間の死を目の当たりにすると、ここまで気落ちするものなのか。


「リネン室を医務室に代替して、重傷者から順に治療中です」

「……ああ」

「軽症者には、薬草を使用してます」

「……ああ」


 抑揚の無い、トモエさんの淡々とした声。


料理組(キッチン)で回復術が使えるものは、一時的に配置を変えてます」

「……ああ」

「サーラさんも、今は治療に専念いただいてます。ご承知おきを」

「……ああ」


 彼女の報告は、しかし、頭に入ってこない。


「なお、犠牲のふたりについてですが」

「……ああ」

蘇生術(レイズデッド)を使用しました。こちらもご承知おき下さい」

「……ああ」


 単に俺の耳を抜けていくだけだった。


「続いて、屋敷の被害報告ですが」

「……ああ」

「弓部隊の待機場所および、その下階。キスト様の私室と、調理場は全壊です」

「……ああ」


 ここまでメンタルがやられるか。


「屋根にも壁にも、相当にヒビが走ってますので、まずは雨漏り対策が、先決かと」

「……ああ」

「工賃ですが、予算外となりますので、こちらもご承知おき下さい」

「……ああ……ん??」


 なにか聞き逃したような。


「いかがしました?」

「あれ? トモエさん、ちょっと報告を戻ってくれないか?」

「はい。キスト様の私室と調理場が全壊です」

「いや、も少し前」


 キスト、すまん。どこかで改めて謝っておく。


蘇生術(レイズデッド)……の件でしょうか」

「そうそれ。なに? 蘇生……術?」


 聞いたことないぞ。

 異世界(こっち)に来てから多くの呪文書を目に通したけど、死者蘇生の術は全く覚えがない。


「はい。蘇生術(レイズデッド)は、中央教会(セントラル)によって一般使用どころか、存在すら抹消された禁呪ですので」

「禁呪……え? 禁呪?」

「当方の洗濯組(ランドリー)長ポルタが主導し、あと、サーラさんがサポートに回り、実行しました。あ、洗濯組(ランドリー)長のポルタは、セントラル教会の、元副司祭だそうですわ」


 どんな経歴やねん、うちの使用人。

 ……っと、そっちに驚く前に。


「え、と、ん? つまりは、蘇生術(レイズデッド)を試みたってことは……」

「はい。カシズ、ホーヴァルとも、息を吹き返しております。明日からリハビリを行う予定で……どうされました? 大丈夫ですか?」


 座っていた椅子からずり落ちてしまった。張りつめていた緊張の糸が一気に解れ、脱力してしまったのだ。


「生き返っ……よかったぁぁぁぁ」


 俺は椅子からずり落ちた格好のまま、半分涙目になってた。安堵と驚きの涙だ。


「トモエさん! そんな方法あるなら先言ってよぉぉ……」

「失礼しました。実は私も、その辺りには疎くて。料理組長(サーラさん)のご提案を、洗濯組長(ポルタさん)が渋々承諾した、とのことで」


 蘇生術あるのかよぉ。

 生き返りオッケーなのかよぉ。


「心労がヤバイ」

「心中お察しします……ですが」

「どうした?」

「こちらを」


 心のもやもやが一気に晴れた俺に、別の紙が手渡された。


「寄付金?」

蘇生術(レイズデッド)は禁呪で、教会に管理されてます。使用すると、教会側には、その……バレ(・・)るとのことです」

「なるほどね。つまりは裏金……口止め料ね」

「はい」


 教会も一枚岩ではないということね。

 まあ、生き返り術なんて、ポンポン行われちゃ倫理観も何もかも失われちゃうからね。


「ええと、一、十、百、千、万……ん?」


 見間違えたかな? 数え間違いかな? 

 教会への寄付金の額の桁を、もう一度確認した。


「え、と、トモエさん」

「ご承知おき下さい」


 トモエさんも渋い顔をしていた。


「ちょ、ちょっとまて! うちの屋敷が、新築で建てられる金額だぞ!」

「これで、おひとり分の寄付だそうです」


 そういうとトモエさん、もう一枚同じ紙を手渡してきた。


「……おうぅぇ」


 顔面真っ青になって吐き気を催した。

 庭の整備や屋敷の修繕の額が、可愛く感じるレベルだ。


「『お金で命が買える』と思った俺がバカだった……」

「ご承知おき下さい」


 新たに生まれた心労は、別方向から俺の首を絞め始めたのだった。


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