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61.撤退

 轟音とともに崩れるゴーレムが目の前にいた。

 ゴーレムを支える植物を、能力で全部芽吹かせ、咲かせて、そして、散らしたのだ。


「……!」


 周囲には、四季折々の植物の花びらが散っていた。その上に、瓦礫になったゴーレムが崩れてた。


 ゴーレムの方に乗っていたエルフェイの女は、驚きの表情だ。呆気にとられた顔で、ポツンと、砂礫と花びらに囲まれた場所に立っていた。


「……!」


 そのエルフェイはすぐに表情を険しく変え、杖を振るった。すると、周りに生えていたあらゆる植物が集まりはじめた。

 またゴーレムを錬成する気なのだろう。


「させねぇよ!」


 だが、それ以上に俺が能力をフル運用している。

 植物が、彼女の元に集まる前に、全て、咲かせて散らしている。


 そのたびに、周りは地面が波打ち、花畑が生まれ、そして枯れる。

 数多の命が生まれ、そして、枯れた。


「……!!」

「咲き散らせ! 咲き散らせ!」


 何回も、何回も、同じことを繰り返した。


 何回も。何回も。


 そして、何回目だろうか。


 ゴーレムは土塊となり、崩れ、戻ることはなかった。

 俺達の地面には、雑草一つ生えていない。

 もともと緑に囲まれ、多くの野菜が生えていた場所は、すべて食物の根が完全に腐り落ち、朽ち果て、砂となった。

 肥沃だった土地は、完全に痩せきった。


「はぁっ……! はあっ……!」

「……」


 そしてその原因とも言える、屋敷前の中庭に、俺と、エルフェイの女と。ウェルテがいた。


(これだけの術を使って……ケロっとしてやがる!)


 俺は能力──『開花宣言』をフルパワーでぶっ放していた。過去に、竹を開花させ、竹藪の山に地すべりを起こさせたモノと同じだ。簡単な技ではない。かなり体力と精神力を消耗する。


 しかし目の前の術者エルフェイは、あまり疲労した素振りは見せていない。

 だが──その女は、目を見開いていた。

 翡翠色にきらめく彼女の瞳は大きく美しかったが、さらに大きく、更に輝いていた。

 まるで玩具店で、欲しかった『おもちゃ』を見つけた子どものよう──。


「……見つけたわ……『アル=パタルー』」

「……!!」


 その女は、『俺に向かって』笑った。たった一瞬だったが、非常に醜い笑顔だった。

 その顔には、欲求、欲心、欲念、執着、煩悩、意欲、野心、野望……。

 あらゆる『欲しい』が詰め込まれ濃縮されていた。


 体じゅうに鳥肌が生じる。

 疲労による汗とは異なる、恐怖による冷や汗がドッと流れた。


 あの女から、ゴーレム以上の、底しれぬ恐怖を感じた。


「……くっ!!」

 腰が引けた。情けないことに、疲労と恐怖で動けなかったのだ。


「……っ! だめです!」


 そんな動けない俺に、ウェルテが壁となってくれた。女と俺との間に立ち、両手を広げて立ちはだかった。


「あら、あなた……ここにいたのね」

「……!!」


 すると、術者エルフェイは、まるで『ウェルテのことを知っている』ような素振りを見せたのだ。


「わたしのこと、知っているんですか!?」

「ふぅん……なるほどね」


 記憶喪失のウェルテにとって、なにかの手がかりになり得る、エルフェイの反応。

 しかし、その女は、俺と、ウェルテを交互に見比べるだけだ。


 なにか、悟ったような雰囲気だった。


「お、おい! お前! さっき……」

「遅くなりました」


 俺が、女に疑問を投げかけようとしたところを遮られた。

 それは、大剣を携えた大女だった。


 何かと激しく戦ったあとのようである。ターバンは外れ、髪は乱れ、マスクは脱げていた。

 大方の予想通り、彼女も術者と同じ、エルフェイだった。

 短髪で体は筋肉質だったが、特徴的な耳の長さはエルフェイのものだ。


(……マズイ! ! トモエさん……まさか!)


 相手側に強力な助っ人が現れたことと、同時に、あの大剣女がいるということは、援護に向かったトモエさんに『何かあった』ということ。

 2つの問題が、俺の頭を巡る。

 それでいて、俺は十分に体が動かない。ウェルテも同じだろう。


(万事休すってレベルじゃねえな。これは……)


 戦える手札もなければ、逃げる方法も思い浮かばなかった。


「……カルマンダ、引きましょう」


 しかし俺の心配を他所に、その術者は大女に命令を下した。


「御意に」


 身構えていた俺達には目をくれず、大女が術者女を抱き抱えた。お姫様抱っこ状態だった。

 そして一瞬のうちに、エルフェイの女たちは高く跳んだ。


 いつの間にか雲は晴れ、月が出ていた。ふたつの影が、月を横切り空高く跳ねていった。


 その動きに合わせて、他の相手の部下(生き残ったものだけだが)も、体を引きずりながらあわてて下がっていった。


「……」

「……」


 終わった……のか? 

 あっけにとられる、俺とウェルテ。

 どうやらこの戦いは、相手の逃走で幕を閉じることになったらしい。


 非常に腑に落ちない部分が多い。いろいろと考察したいこともたくさんある。


 しかし、今はそんなことをしている場合ではない。


 屋敷の庭には、大量の瓦礫と、ゴーレムの残骸、完全に腐った植物が山となっていた。

 特に植物については、あまりに早い周期で開花宣言を繰り返し使ったためか、枯れたあとに生まれた種すら、芽吹くことなく腐り落ちていた。


「……状況の、確認を!」

「ランジェ様! う、動かないで!」

「そうも言ってられない」


 体にむち打ち、俺は立ち上がる。そのほうが全体に声が届きやすくなるから。

 そして耳にかけた水晶をタップし、オープンチャンネルで全員に声を荒げる。


「現状報告! 敵は撤退した! 後追いは不要! ……洗濯組(ランドリー)! 無事かっ!」

『はいっ! リネン室は被害ありません!』


 これは本当に運が良かった。リネン室は、ゴーレムが破壊した場所から離れたところにあったため、洗濯組(ランドリー)は全員が無事とのこと。


「よかった」

 後は、洗濯組(ランドリー)のヒーラーたちに回復を任せる命令を下し……て……。


 ……そのまま、俺は膝から崩れ落ちた。


「あ! ランジェ様! ランジェ様っ!」


 このときの、ウェルテの懸命な呼びかけは覚えている。

 彼女の必死な声に併せて、彼女の目から、とめどなく涙が溢れ、俺の顔を濡らしていた。


(また、ウェルテを泣かせてしまったな……)


 そんな後悔の念に駆られながら、俺の意識は遠のいていったのだった。




 …………





『   』






 …………


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