60.起死回生の一手
エルフェイは、容姿端麗。
整った顔立ち。流れるブロンドヘアー。煌めく大きな瞳。
その美しさは、種族を超える。とりわけ背格好が似た種族である人間には、より美しく見えるだろう。
そう。
見惚れて、動けなくなるほどに。
「……まずい!」
巨大なゴーレムに押しつぶされる直前であっても、その容姿に心奪われ、一瞬動けなくなっていた。
我に返った俺は、できるだけその場から離れようとした。脱力して動かない体に、必死に鞭を打つ。
だが、その時ゴーレムの標的が変化していた。
「しまっ……掃除組! 逃げろ!」
ゴーレムが大股の一歩を踏み出す。その向け先は屋敷の左側。掃除組が弓を構えていた場所だった。
そして破壊を免れた右手を、弓が発射された場所めがけ、激しく屋敷に振り下ろした。
イヤホンから、使用人の悲鳴がこだました。
「くそぉっ!!」
瞬く間に、屋敷の三分の一が破壊された。
建屋が崩れる音と、瓦礫による砂埃が周囲を包む。
「あ……っく!」
体が、動かない。
魔力枯渇の影響だった。
体は動かないが、頭は案外巡ってくれていた。しかしそれは単に、俺の命令によって多くの使用人が巻き込まれた事実を明確にさせ、胸が締め付けられる思いになっただけだった。
(ちくしょう!!)
俺は、ゴーレムを睨み付けた。ゴーレムの方に乗っていた術者にも目が合う。その術者はまるで、アリを見つけた程度の感覚で、俺のほうに向かわせ踏みつけさせようとした。
「くっ……そおっ!」
もうだめだ。そう思ったとき。
俺の体は、光の半球で覆われた。
「光よ盾となれ、プロテクションっ!!!」
自分を中心に防護の光の壁を作る、基本術『プロテクション』。その硬さは、術者の熟練度や放出される魔力に比例する。
今、俺の周りに張られたプロテクションは、過去にナツがゴブリン戦で見せたものとは比べ物にならない硬さだった。
「ウェルテ!! なんで出てきた!!」
「ぐぐぐ……ランジェ様! 死んじゃうとこだったんですよ!」
光の壁の発生源は、ウェルテだった。
プロテクションは、あのゴーレムの踏みつけを耐えていた。ゴーレムの重さで周囲の地面が凹んでいても、プロテクションが砕けるような様相すらなかった。
「ぐぐぐ……っ! だあっ!!」
ウェルテがプロテクションに力を込めた。すると、激しい反発力が発生したのか、ゴーレムが軽く弾かれた。
よたよた、と、ゴーレムが後ろずさった。
それを確認したウェルテは、すぐさまプロテクションを解除し、次なる呪文の詠唱に入った。
「発炎は! 火精の! 嘲り! ファイアっ!」
ちゃんとサーラの授業は有用だったようだ。はっきりとした発音に乗って、呪文が紡がれていた。
しかし、基本的な術である『ファイア』だが、基礎術とは程遠いほどの超高温の炎が、目下で圧縮され、そして、ゴーレムに向かって飛んでいった。
激しい閃光と、激しい爆音、そして激しい爆風が同時に炸裂した。それとともに、巨体のゴーレムの土手っ腹に、ポッカリと穴が空いた。
「やったか!」
料理組の呪文ですら、傷一つつけられなかったゴーレムに、ウェルテは基礎術で致命傷を与えたのだ。
……まあ、つまりは、ウェルテはまだ、魔法の主力調整が十分でなく、ファイアの制御が出来ていないというわけだが……。
「や、やりました……おっとっと……」
やはりというか、一気に魔力を放出してしまい、魔力枯渇でふらふらのウェルテ。杖を使って、なんとか体を起こしている感じだ。
「ウェルテ……」
俺はなんとも言い難い顔をしてるだろう。
敵の狙いはウェルテだ。
彼女を後ろに下げ、全員で護る。という主の作戦を無視したことに、本来は怒るべきだ。しかし、彼女に助けられたことは事実である。
彼女の魔力暴発がなければ、あのゴーレムを倒すことすら難しかったかもしれない。
「……へへっ、やりましたよ、ランジェ様」
「……あのなぁ……」
なんと答えてあげればよかったのか。当主としての意見と、ランジェとしての考えがせめぎ合っていた。
(まあ、結果オーライとする……か)
そんなことを思いながら、目の前に佇む、土手っ腹に穴が空いたゴーレムを眺めた。
流石に、これほどの攻撃を受ければ、崩壊が始まり崩れ始め……。
「まじかよ……」
それは崩れなかった。
ゴーレムに乗っていたエルフェイの術者が、杖を振っていた。しばらくすると、ゴーレムが動き出したのだ。
体に穴が空き、物理的なバランスが危うかったはずだが、そいつは一瞬にして修繕を行ってしまっていた。
「! あれは……根っ子か!」
ゴーレムは、足から無数の植物の根を伸ばし、地面に突き立てていた。その根に沿って、周囲の植物を一瞬にして自身に取り込み、回復をしていたのだ。同時に、掃除組が破壊した腕も再生していた。大きさは、更に一回り大きくなっていた。
「動けるか! ウェルテ!」
俺もウェルテも、魔力を使い果たして満足に動ける状態ではなかった。
「もう一回プロテクションを張りますっ!」
ウェルテは再度、呪文を紡ぎ光のドームを作り出した。
しかし、先程のものより壁厚は薄く、彼女の魔力が目減りしていることが伺える。
対してゴーレムは、更に大きく再生していた。肥大化した足による踏みつけの威力は、明らかに上がっている。
(耐えられない!)
直感した。
このままでは2人とも圧死は免れない。
どうする……?!
何が良い手は……?
他の使用人の助けを待つ?
いや、ほぼ壊滅状態で助けが来るとは思えない!
リネン室から回復術?
大ケガ前提にする作戦など意味がない!
その後も踏み潰されておしまいだ!
……どうする!! 考えろ!
ひねり出せ! 起死回生の一手……!!
あれ??
……こんなシーン、以前にも……?
『咲かせなよ』
「……そうか!」
あのときと、やることは一緒だ。
俺は、残った力を振り絞り、地面に手を叩きつけた。
相手のゴーレムは、外装こそ岩でできてるが、中身は植物が張り巡らされているようだった。
だとしたら、俺のやれる選択肢は一つだけ。
あのエルフェイの術者によって操られる植物を呼び止める。そして、ソイツらに命ずるんだ。
エルフェイの底なし魔力に太刀打ちできるかは分からないが、やるしか無い。
俺の真価の能力──。
「花よ咲け、咲き誇れ」
そして──。
「……開花宣言! 咲き散らせっ!」




