59.蹂躙
(何が、起こった?)
「接待組ツー! 接待組ツー!」
『……』
何度も呼びかけるも、通信機からは返答はなかった。
「……くっ! 接待組ワン! そこから何か見えたか!」
『見えた! カシズがやられた! あの大剣を持った女が、一気に跳んで距離を詰めた!』
もう一人の、別のところに待機させていた偵察員に連絡をしたら、すぐに返答が来た。
カシズとは、接待組ツーの本名だ。
「あの距離を一気に詰めたのか……! 接待組ワン、そこも危険だ! 一旦距離を!」
『カシズを助けに行きます!』
「く! まて! 隊列を崩すな!」
くそっ!
この感じだと、命令無視して接待組ツーを助けにいってしまう。
しかも、接待組ツーがいた場所の直線上には、料理組の部隊の半数が陣取っている。
不意打ちとはいえ、バフを盛りに盛った元盗賊の接待組がやられたのだ。大剣の女は相当の実力者。近接戦闘になってしまうと、魔法部隊の料理組では勝ち目はない。
「……トッシュ!」
俺は素早く、庭木組にオープンチャンネルで呼びかけた。庭木組の半分を、大剣の女の対応に充てようとしたのだ。
だが、それは目論見だけで終わることになる。
『大将、ヤベェやつが出たぞ!!』
庭木組のトッシュの声に、目の前で起こっていたことに気付かされた。接待組と大剣の女への対応に、気を取られ過ぎていた。
それは遠くからも視認できた。
もう一人の本命の敵。そいつが杖を地面に突き刺すと、周囲の地面が盛りあがり、蠢いた。
その範囲は非常に広く、門前の生け垣や飾り花、さらには一部の試験農場にまで影響し、そして、至る全ての植物を、敵の中心に集めたのだ。
「そうか、こいつが……!」
ククゥイ村からの報告を思い出す。
いくつかの遺体と、数多くの建物は、何かに『押し潰されていた』という。
そのイメージを体現した『もの』が、いま目下に現れた。
土と植物でできた、巨大なゴーレムが産まれていた。
その大きさは軽く見積もって、ヴァリヤーズの屋敷より頭ひとつ抜きん出ている。
「……あ! ダメだ! 庭木組は下がれ!」
突然生成されたゴーレムに意識が奪われてしまっていた俺は、命令が遅れた。
同じく、目の前のことに動揺してしまっていた庭木組たちも反応が遅れてしまった。
ゴーレムが、腕を薙ぎ払った。多量の土埃を上げ、そして、多くの使用人たちが巻き込まれ、吹っ飛んだ。
敵の部下もろとも、だ。
「……料理! 遠方から援護……!」
魔法生物のゴーレムには、属性魔法がよく効く。物理攻撃が得意な庭木組では分が悪い。
しかし今しがた、料理組のいる方向に大剣の女が強襲している。
しまった、そういうことか。
あの大剣女は、メインのゴーレムを落とされる前に、魔法部隊を潰す気だ。
(なんだよ! 戦略もクソも無ぇな! たった二人が戦況を変えるか!)
たった二人の人間によって、綿密に練られたプランは崩壊した。
さっきまでは、マスコンバットだったはずだが、あの二人が動き出したとたん、それは違うゲームとなった。
まるで、数で押す魔王軍に切り込む、勇者の御一向だ。
城に攻め込まれた魔王ってのは、こういう気持ちなのかも知れない。
『ランジェ様』
「! トモエさん!?」
『私が料理組の援護に向かいます! 残った料理組とで、 ゴーレムを!』
俺が項垂れ、悔やんでいる間に、トモエさんは見えなくなっていた。彼女の声はイヤホンから聞こえてきていた。
トモエさんにも魔法のバフが入っているし、彼女は当家使用人を束ねるメイド長だ。元は冒険者ということもあり、戦闘の実力は折り紙つきである。
「トモエさん、頼みます……! 残った料理組はゴーレムを!」
俺が命令する前に、既にゴーレムに対して料理組からの魔法攻撃が始まっていた。
しかし、バスケボール並みの大きさの火球は、ゴーレムの土塊部分によって阻まれていた。
ならばと、水柱による水攻めを試みるも、ゴーレムは植物の根の部分で体を覆い、逆に水が吸収されていた。
どれも致命傷どころか、全く通用していない。
「洗濯組! リネン室! 聞こえるか! 回復術を!」
『了解です!』
リネン室は屋敷の入口から一番奥まった場所にある。正面から攻め入られた際、一番安全な場所と言える。
その部屋は今、回復術に長けている人物を選任した洗濯組によって、医務室の役目を担っている。
洗濯組たちが一斉に呪文を唱えた。イヤホンの奥から彼らの詠唱が響き渡り、全体に回復術がばら撒かれる。
『ヒール!!』
そして俺も、あわせて呪文を紡ぐ。
「我が身に宿る命の灯火! ……リジェネレータ!」
自然治癒力を、極限まで高める呪文だ。ある程度のケガなら、回復術が届く前に癒されるはず。
あとは、魔法の部隊に魔法攻撃力のバフを……。
『ランジェ様、あたしは何をすれば!!』
「ウェルテか! きみは下がってて!」
リネン室から、ウェルテの声が聞こえてきた。彼女には一番安全なリネン室での待機を命じていた。
……俺の推測が正しければ、奴らの狙いは──彼女なのだから。
その時、目の前から轟音が響いた。ゴーレムが再度、腕を薙いだのだ。
メイド姿の魔法使いが、何人か吹き飛ばされているのが見えた。
『きゃぁっ!!』
耳のイヤホンから、彼らの叫び声が響いた。
「しまっ……」
一方の料理組は、剣を持つ女に襲撃されている。トモエさんが対処に向かってくれているが、ゴーレムへの援護攻撃は期待できない。
そして、もう一方の料理組は、先程の一撃で壊滅した。
障害のなくなったゴーレムは、こちらに向かってきていた。
それが歩く度に、重みで地面が抉れ、併せて、根本から露わになった植物を体内に取り込んでいた。その結果、先程よりふた回りほど大きくなっていた。
歩みはゆっくりに見えていたが、厄介なことに、一歩一歩が大きく、あっという間に俺の目の前にやってきてしまった。
(くそっ!)
今俺の体は、バフを撒きすぎた代償で、うまく力が入れられない。足がガタガタだ。生まれたての小鹿と評される状態だった。
しかし、そのままでいると圧殺されるだけだ。
必死に、這いずるように後ずさりをした。
(……どこだ……どこにいる!)
それでも俺は探し続けていた。
その魔法生物を組み上げた術者が、何処かにいるはずだ。
それを仕留めれば、あわよくばゴーレムを止められる。
「……掃除組! みつけた! 右肩の上だ!! 撃てえっ!」
ゴーレムの肩の上に、動く人影。
頭に布を巻き、口元にベールでマスクしている女。
杖を携え、それはゴーレムを操舵しているかのようだった。
『了解っ!』
俺の号令に合わせて、掃除組が弓を発射する。
弩弓と化した弓矢が、ゴーレム上の術者本人を目掛けて斉射される。
弓矢に反応したゴーレムは、咄嗟に左腕で防御をした。しかし、バフの乗った弓矢は、簡単には留まらない。ゴーレムの腕である岩をも貫通し、粉砕させたのだった。
「やったか!」
岩が砕ける轟音と、瓦礫が落ちる音が辺りに響く。
弩弓は、ゴーレムの腕を砕いた。しかし、そこまでだった。
矢は術者には届いていない! だが、砕かれた岩石が、その女を襲った。
(だめかっ……!!)
まったく致命傷にはならなかった。わずかばかりの岩の欠片が、術者に飛んで行っただけだった。
だが、それでも、その女の身に着けていたベールマスクと、頭に巻いた布切れを剥がし落とすだけの効果はあった。
その女は素顔をあらわにした。
両目は、深く、美しい翡翠色。まるで宝石のようだった。
長いブロンドは月明りでも眩く煌めいていた。肌の色も、闇夜でもわかるほど白かった。
そして、特徴的なのは、その耳の長さ。
(やっぱり……!)
思った通りだ。
その術者は──ウチを襲いに来たのは、ウェルテと同じ種族。
エルフェイだ。




