58.領主としての初戦闘
「掃除組! 今だっ!」
俺の号令が、イヤホンに飛ぶ、
と同時に、屋敷の採光窓から、一斉に弓が掃射された。
一直線にそれは門前に飛来し、招かざる客に襲いかかる。
「よし! 料理組! 目眩まし!」
『フラッシュ!』
俺の号令を待たずして詠唱を終えていた料理組が、フラッシュの呪文で門前を照らす。強い閃光は球体となって、門の上から、お客さんたちを強く照らしていた。
俺は事前に全員に、気配を消す『ステルスセンス』のバフをかけていた。それもあって、奇襲は成功したようだ。
「接待組! 何人だ! 何人仕留めた!」
『弓2! 剣2!』
「上出来だ!」
強い明かりは、先程まで暗闇にいた人物にとっては眩しいことこの上ない。
しかし、屋敷の玄関前に立つ俺たちからは、奴らの状況が丸見えとなっている。
ただ、ちょっと距離が遠いので、より門に近い場所に潜んでいる接待組に確認をしてもらっていた。
(どうやら、咄嗟に魔法でシールドを張っていたみたいだがな)
遠目からでも、一瞬、緑色に光る壁が見えたのだ。誰か勘が良い人間が対応したらしい。
しかしながら、こちらの使用人は全員、『クイックアーツ』で腕力強化+脚力強化のバフをかけてある。
豪腕から放たれる弓は、弩弓と化す。柔い壁など意味を成さず、貫くだろう。実際に相手側は、シールドを貼ったにも関わらず、被害が生じている。
(……まあ、こっちもこっちで、一発で弓矢がぶっ壊れてしまうけどね)
生半可な弓矢だと、一発で壊れてしまい連射不可能という問題があった。ただ、相手が立て直すまで他の組で対応すれば良いだけの話。
しっかり連携が取れていれば、全く問題ない。
「庭木組! 正面から切り崩せ! 接待組! 偵察の手が空いたものは、庭木組と一緒に攻撃! 料理組は後方から援護!」
俺の声が、全員のイヤホンに響く。そして俺の命令にしたがって忠実に作戦を遂行する。こうやって使用人たちを操作するのは、まるでマスコンバットゲームをしている感覚に陥る。
しかし実際は、これはゲームではない。
生と死が目の前に存在する、本当の、戦闘だ。
──だからどうしても、俺は、こういう命令を下してしまうのだ。
「各位! できるだけ、『生きて捕らえろ!』」
未だ、戦闘での『死』には戸惑いがある。自分の命令の結果、誰かの命が失われるとなおさらだ。
しかし、そんな『甘ちゃん』な部分も、今の使用人たちは認めてくれている。
『……掃除組、了解』
『追加手当て、いただきますよ! 接待組 了解!』
「ふっ……大将らしいというか……庭木組了解』
「はいはい。料理組了解。……全く、甘々だわさね」
イヤホンから聞こえてくるのは、各組のリーダーの声。彼らは呆れた声色ながらも、俺の命令を受け入れてくれた。
「ありがとうみんな……全員に、追加でバフを重ねる!」
「ランジェ様、あまりご無理は!」
そんなやり取りを、メイド長のトモエさんは俺の後ろで聞いていた。
俺とトモエさんは、屋敷の玄関を背にして、庭の俯瞰図を敷いたテーブルの前に立っていた。まっすぐ目の前には正門がある。今しがた、近接戦闘が始まったようだ。
そして中庭の左右に、料理組を分けて配置。両翼から呪文の援護を飛ばせるようにした。
さらに、接待組が各拠点を飛び回り、敵影視察に情報収集、さらに奇襲要因を担っている。
屋敷の中からは、掃除組が弓矢を光らす。新たな弓が用意されるまで、そう時間は必要ないだろう。
元傭兵のトッシュ率いる庭木組には、小細工は不要。正面から対応してもらう。
適材適所に配置された、ヴァリヤーズ使用人。
当家で雇われるには、単に仕事ができるだけでは難しく、一部の実力テストに合格する必要があるのと、また、無事に就職後も、毎日の鍛錬が義務付けられている。
だから彼らは、下手な傭兵や用心棒より遥かに強く、統率も取れている。
『勇者家計の使用人』の名は伊達ではない。
「大丈夫だよトモエさん。みんな、命を張っているんだ。俺もそれに答える。それが、当主だ」
だから俺は、できることを全力でやるまでだ。
「勇気と誇りが生み出すは堅牢なる不動の鎧……」
先ほどと同じ。一言一言に意味をしっかり纏わせて、呪文を紡ぐ。
「マイティアーマー!」
防御アップ全振りのバフ呪文だ。これも水晶を通じて全員にいきわたる。
「……っと」
その瞬間、立ちくらみが来てしまった。
連続して、強力なバフをばら撒いたからだろう。いわゆる魔力枯渇というやつだ。
「大丈夫ですか?!」
とっさに、トモエさんが後ろから体を支えてくれた。
「ああ、ありがとう。結構、足に来ちゃったな」
「ですから! ご無理はなさらぬようと!」
「ごめんごめん……それより、戦況はどうなっている!?」
トモエさんに支えられながら、作戦のテーブルに手をつく。まずは前線での戦況確認だ。
「庭木組ワン、状況は!?」
ちなみに庭木組ワンは、庭木組のリーダーであるトッシュのこと。
『こちら庭木組ワン、あまり芳しくない』
「……どういうことだ」
イヤホンから、剣と剣がぶつかりあう音が忙しなく聞こえている。うちの使用人を持ってしても、退けない相手ということなのか。
『こいつら、全く萎縮しない。あれだけの弓の斉射を受けても、一向に引く気配がない』
「なん、だと?」
『まるで操り人形か、ゾンビを相手にしているようだ』
人形か、ゾンビ……?
しまった、『そっちの可能性』を考えてなかった。
もしそうなら、俺のワガママ『生きて捕らえろ』という命令は、単なる足かせにしかならないじゃないか。
(まてよ、もしそうなら、どこかに彼らを『操っている』やつがいるはずだ)
それを踏まえると、自然とその部隊の後方に陣取る、二人の人物に焦点が合う。
「……接待組ツー! 聞こえるか!」
俺は、接待組の偵察員に連絡をとった。元盗賊だったという彼女には、木の上から闇夜に紛れ、敵のリーダー格の偵察をお願いしていた。
『……接待組ツー、聞こえるわ』
もともと彼女は、スキル『鷹の目』の才能があったので、俺の力で才能を開花させておいていた。さらに事前に、夜目が効くようになる『ナイトビジョン』のバフをかけている。
相手に認識されない場所から、相手の動きが手に取るようにわかるはずだ。
「奴らの動きはどうだ!」
『それが……さっきから本命が、全く動かない。正面で部下がやられているってのに、何もしようとしていないのよ』
本命。つまりは、俺たちと同じように後ろに構える二人組のことだ。今回の奴らのトップだろう。
たしか、大剣と杖のコンビだったか。
「何もしていない?」
『ええ。なにか指示を飛ばしているような雰囲気もないわ』
どういうことだ。
部下が操り人形のようなものであれば、何かしらの動きがあっても良さそうだが……。
「しばらく、様子を見ててくれ。その距離なら見つからないだろ」
『りょーかい。深夜手当は期待してるわ』
「まったく、ちゃっかりしている……動きがあり次第、連絡してくれ」
『りょーか……あれ?』
「ん? どうした」
「なんか、大剣の女が、こっちを見てたような……あ、消え」
刹那、イヤホンから激しい激突音が発せられた。
「! どうした!」
油断していた鼓膜に直に響いた音は、枝葉が折れるような音。
バギバギバギ……ガサガサガサ……と、樹木の枝が巻き込まれるような音。
そしてワンテンポ遅れて『ドスン!』と何か、大きなものが地面に落ちる音。
「……っ! 大丈夫か! おい!」
『……』
「おい! おい!」
『……』
接待組ツーからの返事は、なかった。




