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57.宣戦布告

 その悲鳴は、中庭のほうから聞こえてきた。

 今の時間は確か、庭木組(ガーデン)が庭整備をし、洗濯組(ランドリー)が洗濯物を干しているはず。


「今のは、洗濯組(ランドリー)のメイドの声か!」


 俺は辛抱たまらず、中庭に駆け出した。


「! ランジェ様っ!」

 ウェルテも、それに続いて走ってきた。

 しかし俺は、それを制した。


「ウェルテは、トモエさんたちを呼んできてくれ!」

「わ、わかりました!」


 そういうとウェルテは、その場でUターンして屋敷に戻っていった。


 俺は、声の方向に向かって走る。

 整備された畑を抜け、生け垣を飛び越え、噴水広場(いまは農地用の灌水としている)の前に向かった。


 そして、叫び声が上がった現場に到着した。

 そこには、数人の給仕たちが呆然と立ちすくんでいた。

 そして皆、一様に、庭の外──屋敷の正門を見ていた。


「何があった!」

「隊長!」


 声をかけてきたのは、大柄な男──庭木(ガーデン)隊のトッシュだ。彼も悲鳴を聞いて、駆けつけてくれていた。


「トッシュ、隊長呼びは軍隊だけにしてくれ……何が、あった──!?」


 急いで走ってきたため、俺の息は上がってしまった。うん、運動不足が響いたな。


 しかしそんな心配事など、露と消えた。目の前にいる、異質な『それ』に、すべての意識を持っていかれた。


 それはおそらく、人だった。

 手は2本。

 足も2本。

 頭は一つ。

 体も一つ。


 しかし普通の人間とは異なり、体には無数の穴が空いていた。まるで、蓮の花托を全身に張り付けているよう。いわゆる蓮コラ。

 集合体恐怖症が見たら、卒倒しそうな状態だ。


「こいつは……」


 そしてその生き物は、驚くことに、その状態で歩いていた。

 ゆっくり、ゆっくりと。

 その足で、うちの屋敷の正面門を通り抜けようとしていた。

 門は鉄格子で閉ざされていたため、中庭には入ってきていない。しかし『それ』は、ガシャン、ガシャン、と、格子に体を打ち付け、中に入ろうとしていた。

 その行動はまるで、何かを探しているかのようだった。


「た、たすけて……」

「!」


 皆がこの生き物の存在に気を取られていた中、『それ』は、声を発した。


「……あ! お前、もしかして!」


 俺は、『それ』がわずかに残す、人間の体の特徴に見覚えがあった。微かに残る記憶を、先ほどからたどり、そして、発せられた声に感化され、思い出した。


「ククゥイ村の、村長!」


 刹那、『それ』は爆ぜた。


 体中のありとあらゆるところに空いた穴から、何かが生えた。

 勢いよく伸びたそれは、元村長の体をはじけ飛ばしたのだ。

 出てきたものは、植物だった。植物が勢いよく発芽し、村長の体内で成長していた。


「……うぅっ!」


 突然始まった、あまりにスプラッタな風景に、一部のメイドは吐き気を催した。。


 そして、植物は地面についたとたん、根を張った。

 同時に、圧倒的スピードで、さらなる成長をした。

 周りに飛んだ、人間のかけらを取り込みながら。


 それは縦に、長く。そして、絡まり合いながら。

 太く大きく成長し、まるで一本の「木」のように、伸びたのだった。


「……」

「……」


 叫び声を上げなかった者は、目の前の惨劇に威圧され、声が出なかっただけだった。

 俺も、その一人だった。


「なん……だよ……これ……」

「ランジェ様っ……!」


 俺の後ろから聞こえた声にハッとする。

 騒ぎをウェルテから聞き、トモエさんが駆けつけてきてくれた。しかし、彼女も例に漏れず、目の前の遺体の凄惨さにたじろいだ。


「ウェルテ」

「あ……あ……」

 一緒に来たウェルテに至っては、顔を真っ青にして腰を抜かしていた。


「……見ないほうが良い」

 こういうのに耐性のなさそうな、ウェルテや他のメイドたちを下がらせた。

 俺もだいぶきっついものを見てしまったせいで、吐き気が収まらない。


 しかしそんなことを行っている場合ではない。


「トモエさん」

「ランジェ様、これは……」

「全員に、通達だ──『これは訓練ではない』」

「──!!」


 トモエさんは、俺の言葉を聞いた途端に、はっと驚き、そして、真剣な眼差しになった。

 今のは、メイド長(トモエさん)以下、うちの給仕たちに伝わる緊急時の暗号だ。

 この一言は、本屋敷(うち)では非常に重い意味がある。


「トッシュ。庭木組(ガーデン)を集めて、門を開けてくれ」

「了解した、隊長。この木はそのままで?」

「ああ、どうやら、この木を目指してくる(・・・・・・・・・・)らしい」


 俺には、見えていた。

 この木は、俺が村長に恵んでやった、品種改良品の植物の集まりだ。かなり様相は変わっていまっていたが、所々に、元の植物の名残がある。

 そしてコイツの種子はホウセンカのように破裂し、目に見えない大きさの種を遠くに飛ばしていた。まるで何かを伝えんとしているような、そんな飛び方だった。


「トモエさん、料理組(キッチン)接待組(サーブ)掃除組(スイープ)を集めて、作戦会議の準備だ」

「はい、(かしこ)まりました」


 トモエさんは駆け足で、屋敷に戻っていった。


「それ、と……」


 彼女をどうするか。

 やはり、後ろに下げさせるのが安牌(アンパイ)だろう。


洗濯組(ランドリー)、ウェルテを、頼む(・・)

「はいっ!」

 先程まで真っ青な顔色をしていた、洗濯組(ランドリー)のメイドだったが、俺の号令を聞くや一転、覚悟したような凛々しい顔つきとなった。

 と同時に、彼女──ウェルテの方を向き、半ば強引に屋敷の中に連れ込んでいった。


「え? え? ランジェ様っ?!」

「ウェルテ! 君はしばらく、洗濯組(ランドリー)と一緒にリネン室にいてくれ!」


 あそこなら屋敷の最奥、一番安全な場所だ。

 引きずられる彼女を見送り、俺は、懐から携帯水晶(スマホ)を取り出す。そして一定の手順で画面を触り、赤く光る『緊急時』の表示をタップした。


「当主、ランジェ=ヴァリアーズが命ずる」


 この操作で、屋敷内の全ての水晶から俺の声が響くようになる。

 つまりこれで、従者全員に命令を出す事ができるのだ。

 もちろんこれは緊急時用だが、まさに今、それに該当する。


 俺は、できるだけはっきり、皆に聞こえるように命令を下した。


「各位、第一種警戒態勢に入れ──今回の騒ぎを、宣戦布告と受け取る」




 **********




 闇夜に紛れて、鬱蒼とした森を進む団体が見えた。

 それらが進むと、彼らを避けるように、草木が揺れ動き道を開けた。まるで草木が意思を持ったかのようであった。


『……以上。敵の情報です』

「了解。接客(サーブ)ワン、現状はどうだ?」

『そのまま、屋敷の正面に向かってます。数は──いま確認できました。20です』

「武器などの情報はあるか?」

『ショートソードが10、弓が8、あとリーダー格と思われる人物は、大剣1、それと、小さな杖状の魔道士が、1です』

「上出来だ。──そろそろバフが解ける。一時下がれ、オーバー」

『了解、オーバー』


 さてと。

 改めて俺は、テーブルに広げた庭の俯瞰図を眺めた。

 今夜は月は出ているが、今は雲に覆われている。夜風は冷たかったが、今から行われることを思うと、むしろ目が冴えて心地良いくらいだ。


「敵はまず、正門前に生えた木に近づく。そして開いている門を抜け、こちらに来るだろう……と思っているけど、こちらの思惑通りになるかな、トモエさん。招待客と勘違いしてくれると良いんだけど」

「相手がそれなりに自信があれば、おそらく。──いかがします?」

「まずは、掃除組(スイープ)で奇襲だ。弓を落とそう。その後、料理組(キッチン)で目眩ましののち、庭木組(ガーデン)で正面からお迎えしよう」


 そして俺は、耳に取り付けた水晶を3回タップした。

「聞こえていたかい。それぞれ戦闘配備。全員、俺に耳を傾けろ」

掃除組(スイープ)、了解』

料理組(キッチン)、りょーかいだわさ』

『……庭木組(ガーデン)、了解だ、大将』


 一呼吸おいて。そして、大きく深呼吸をした。冷たい夜風が肺に溜まる。

 そして俺は、次に紡ぐ言葉に全神経を巡らせる。


(呪文は、音に乗る)


 先のリモートワークで試し、手応えを得ていた。


 音を飛ばす水晶体で呪文を響かせると、その音に魔法の効果が乗る。リモートで羽ペンを動かせたのはその理論によるものだ。


神秘の(Elagy)疾風よ(retsym)其の身を(Dnuorrus)包め(Sruoy)戦の(Skraps)火花よ(Rawfo)其の(Thgil)魂に灯れ(Ruoyluos)


 しっかり一語一句、言葉に意味を──気持ちを込める。

 この世界とも、ましてや、元の世界(にほんご)とも異なる言語で紡がれる呪文が、水晶に振動を与える。そして固有振動を合わせた水晶につたえる。それは互いに共鳴し、魔力を持ったまま、全員の耳元に響く。

 そう、今、使用人は全員、イヤホン式の携帯水晶体を耳に付けている。


『クイックアーツっ!!』


 これが、勇者になれなかった俺がたどり着いた戦い方だ。

 領主として、従える人物を鼓舞し、あとは任せる! 言ってしまえば現場丸投げではあるけど、正直、俺より周りの人間のほうが強い! それでいて、俺に従ってくれるのであれば、それらを全力でサポートして目的を達するまでだ。


「さあ、戦いの始まりだ──屋敷(うち)の敷居は跨がせてやる。けど……勇者家系(ヴァリヤーズ)の使用人は半端なく強いぞ?」



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