55.『呪文』
「発炎は火精の嘲り! ファイアっ!」
詠唱を終えたとともに、彼女の手にもつ杖の先端は強烈な閃光を発し、刹那、高熱を纏った火球が発射された。
その火球は遠く離れた地面に着弾。
と同時に、炸裂。
そして、丸太で作った的を瞬時に蒸発させた。
その威力は、地面にクレーターができるほどだった。
「……いやいやいやいや」
爆発の光に遅れて、巨大な爆発音と、熱を帯びた爆風、そして地響きが、こちらに届いた。
想定をはるかに超えた威力に、現実を直視出来ず、俺は首を振る。
「やはりエルフェイは、魔法を扱うセンスが抜きん出ておるのう……ワシの見込み通りじゃ!」
そしてその横には、満足そうに腕組みし、首を縦に振る……『少女』が一人。
長い金髪を後頭部でまとめ、シニヨンで止めている。服装こそ、ヴァリアーズ家のメイド服であるが、見た目は普通の女の子。若年層に見られる頬のソバカスが、更に幼さを助長する。
しかし、容姿に合わない、年季が入った語り口である。
彼女はサーラ。
この屋敷でトップの実力を持つ魔法使いで、そして、料理長でもある。
強大な魔力を目の当たりにしても、サーラは特に驚くこと無く、むしろ、さも当然のように振る舞っていた。
この体の小ささから湧き出る貫禄は、初めて見た人は必ず困惑する。
「センスって……センスとかいう次元の話じゃないだろ!」
強大な魔力に驚くことなく当然のように振る舞うサーラとは逆に、俺は冷静さを少し欠いていた。彼女の発する魔法の威力は、俺の想定をはるかに上回っていたから。
「す……凄いですねぇ」
そしてそして、自分がぶっぱなしたというのに、まるで他人事のような呟き。
下働き用のメイド服を身に着けた彼女が、ただただ茫然自失として佇んでいた。
そう、今の爆発は、ウェルテによるものだ。
彼女の魔力量を測るため、サーラが仕込んだテストのようなものである。
「さてさて、ウェルテさんや」
「は、はいっ!! ……あ、あれ?」
「ウェルテ!?」
ウェルテがサーラに返事をしたとたん、急にふらつき尻もちをついた。持っていた杖を使って立ち上がろうとするも、まるで生まれたての小鹿のように、足は震えてうまくたつことができないようだ。
「大丈夫か!? ウェルテ!」
「ち、力が入らないんですぅ……」
「ふうむ、こちらも予想通りじゃのう。あ、ランジェ殿。手出しは無用じゃぞ」
俺が手を貸そうとすると、サーラがそれを制した。
そして代わりに、サーラが彼女のもとに近づき、手を差し伸べた。
「魔力枯渇したんじゃよ。体内の魔力がなくなると、脱力し動けなくなる……ほれ、少し『分けて』やろう、これで立てるじゃろ」
手をつないだ瞬間、わずかに彼女たちの手が光る。青白いとも、薄緑色とも見えたその光はすぐに消えた。
「あ、ほんとだ」
すっく、とウェルテが立ち上がる。メイド服を叩き、土汚れを落とすほどの余裕すら見えた。
「よいかウェルテよ、いま使ったのが、人間の叡知の結晶──『呪文』じゃ。身を持って覚えたかい?」
「はいっ!」
元気良いウェルテの返事。聞いているこちらも気持ち良い。
「ワシら人間は元来、魔物やほかの種に比べて魔力量は少ない。だから人間は太古の昔から、それをいかに増幅させ、効率よく使うかを研究し続けたんじゃ。そして『意味のある言葉』に魔法を紡ぐと、威力が変化することを発見した。……それが、呪いの文言──呪文、じゃ」
まあ、よくできた設定だな。と、サーラの説明を改めて聞きながら俺は思った。
『呪文』を使う種族は、人間だけなのだそう。
言葉に意味を持たせ、魔力を乗せることで、それを増幅させたり、調整させたりできるようになる。
(増幅器みたいなもんかね)
そしてどうやら、エルフェイには『呪文』という概念がないのだそう。
個々のエルフェイに与えられる有り余る魔力のため、呪文という発想自体が不要だったのだろう。
エルフェイが木々と語らえば森が生まれ、風と語らえば竜巻が飲み込むという言い伝えがある。先ほどの火力を目の当たりにし、俺は、それらが伝承ではなく真実だと確証を得た。
「……けど、サーラ様。これは……」
「うむん。お主もわかっているようじゃのう。呪文を通したことで、おぬしの魔力が暴発したんじゃ。なまじ、力が十分に制御されておらん。花瓶に、バケツで水を注いだような状態じゃろう。ほれ、歩けるか?」
サーラは意地悪な笑みを浮かべながら、再度、ウェルテに手を差し伸べる。
「どうすれば……」
「ん?」
「どうすれば、もっとうまく呪文を使えますか! どうすれば、ランジェ様のお役に立てますか!」
ウェルテは、サーラと俺を交互に見ながら訴えた。
彼女の目は燃えていた。少しでも俺の役に立ちたいという思いが、彼女のやる気を芽吹かせた。
「鍛えがいがあるねぇ」
サーラもそれに答えるように、にこやかに答えた。
「このサーラ様におまかせ。この屋敷で二番目の魔法使いにしてやるわさ」
「はいっ!」
「そうと決まれば、まず座学じゃ。呪文という呪文を片っ端から頭に叩き込んで覚えてもらうよ」
「え……ええー。あまりお勉強は……ちょっと……」
ウェルテのやる気の芽が一気に萎れた。
「ずべこべ言わない! さっきの威勢はどうしたんだいっ! エルフェイは知らんが、人間様の寿命は有限なのじゃ! ほれ! メイドの仕事も覚えてもらうんだからねっ!!」
「ひぃ~」
サーラに首根っこをつかまれて、ウェルテは引かれていった。
「……張り切ってるなぁ、サーラ」
引きずられるウェルテを見ながら、ふと、サーラの昔話を思い出した。
彼女はかなり昔から……それこそ、親父が子どもの頃から料理場の給仕として雇われていたとかなんとか。
彼女の容姿は、本人曰く『呪い』なのだそう。俺がこの家を継いだ時、詳しい事情を彼女の口から語ってもらったことがある。
『ワシは昔、不老の秘術に失敗してねぇ……逆にどんどん、若返りが止められんのじゃ。もうこんな乳臭いガキになってしまったわ。これ以上小さくなってしまったら、ワシも引退じゃのう』
つまり、彼女は老衰(いや、幼衰とでも呼ぼうか)と戦っている。
先ほどの彼女のセリフ、『人間様の寿命は有限なのじゃ!』も、彼女の口から出ると重みが増す。
「強くなれよ」
そのためサーラは、後継者を育てたがっていた。
それこそ自分の能力を超えるような、そして屋敷の主を守れるような、そんな逸材を探していた。
そこにちょうど、とんでもない才能を持つウェルテがやってきたのだ。サーラが張り切るのも頷ける。
「ランジェ様~っ! 助けてください~!」
「……強くなれよ、ウェルテ」
サーラにずるずると引きずられるウェルテを見ながら、俺は、二人がこれからもうまくやっていけることを確証したのだった。
******
痩せた土地。
ぺんぺん草すら生えないような荒れた土地。
地面からは霜柱が生え、周囲は雪が積もっていた。
そこには、巨大な足跡が残されていた。
そこには、人間の遺体が転がっていた。
重さでつぶされたもの。首を的確に貫かれたもの。一刀両断にされたもの。
抵抗できずに命を落とした人もいただろう。
その場で生きている人間──いや、本当に人間だろうか──は、皆一様にターバンを巻き、口にベールマスクを身に着けていた。素顔はほとんど見えていない。
しかし、マスクから望める両目は、深く、美しい色をしていた。月明りに反射する眼はまるで、宝石のような輝きを放っていた。
そして、その村の屋敷は潰されていた。
巨大な生き物が寄りかかり、押しつぶされたような跡が見られた。
「ひ、ひ! た、た、助けてくれ!!」
周囲の仲間はすでに事切れ、遺体となり転がっていた。
ふくよかな体をもった村長は、尋常ではない冷や汗を流しながら命乞いをしていた。
「……」
目の前には、女が立っていた。ターバンにマスクを着用しているため素顔はうかがえない。
身長は男性の成人ほどあるが、体のラインが女性特有のそれだった。
そしてその女は、村人と思われる人間の生首と、真っ黒い刃の剣を持っていた。
黒光りする刃は、多くの人を切ってきたためか、血に濡れていた。しかし刃こぼれは一つもない。相当に切れ味がよく、また、女の剣の扱いも長けていることがうかがえる。
「……アル=パタルーは、どこだ」
女が語ると同時に、月の光が反射して、碧眼が凛と輝いた。
「な、た、た、助けて!!」
しかし村長は、脅え、同じ言葉を繰り返すだけだった。
女の声が届かないほどに、恐怖で我を忘れているようだ。
「……」
これ以上の詮索は無駄と考えたのか、女は生首をほうり捨てた。
そして剣をまっすぐ構え、切っ先を彼の喉に押しつけ、そのまま村長の喉を……貫かなかった。
「剣をおさめなさい、カルマンダ」
清らかな女の声だ。剣を持つ女の後ろから聞こえてきた。そして後ろからやってきた女は、剣を持つ女よりも頭ひとつ小さかった。
同じくマスクで顔を隠しており、素顔は確認できない。
その女は剣ではなく、木製の杖を携えていた。
「シトリス様」
「これに聞いてみましょう」
「……御意に」
カルマンダと呼ばれた女剣士は、シトリスと呼ばれた小柄な女性に向かって礼をした。
主君と家臣といった関係か。
そして、シトリスが手に持っていたのは、ランジェがこの村に持ってきたアタッシュケースだった。
彼女が杖でそれを叩くと、はじけるようにケースが開き、中にしまってあった品種改良種が飛び出してきた。
「な……あががが!!!」
親指の爪ほどの粒だったり、球根のようなものだったり。
様々な種子が、まるで意識を持つかのように飛び回り、そして、村長の体にめり込んでいった。
何個も、何個も、何個も。
表皮を貫き真皮を抜け、男の体内に、深く深く入り込む。
「ひ、ぎぎ、がああ!! 痛い!! やめて! た、助けて! ひいっ!!」
種が体内に入り込む感覚と、それに伴う激痛で、男は言葉にならない叫び声を上げ続けた。
そしてその場から逃げ出そうと──痛みから逃げ出そうと──、足をもつれさせながら、必死に立ち上がり、脱兎のごとく逃げ出したのだった。
体に無数の種を、植え付けられたまま、血みどろになりながら、彼は走り去っていった。
「……ここには既に有りませんでした」
「ええ。でもこれで、彼らがアル=パタルーのところに案内してくれるわ」
地面には血痕が残っている。それをたどれば、先ほどの村長に追いつくのは容易だろう。
しかし、彼女たちはそうしなかった。
まるで何かを探しているかのようだった。種を植え付けられた村長が、自力で、立って走り出したのも計算の内といったところか。
もしくはこの時点で、すでに村長の意思などなく、別の意思によって動かされていたのかもしれない。
「さ、いったん帰りましょう」
「御意に」
「ん……と、みなさーん! ちゃんとおうちに帰るのよー!」
シトリスが声をかけると、村を襲った人物が急に立ち止まり、そしてぞろぞろと村から出て行った。彼らはまるで人形のように、シトリスの声に反応し、まっすぐ森の中に消えていった、
その後、彼女たちも踵を返し、村から出た。
滅びた村を一瞥し、そして、逃げた村長が向かった先に顔を向け、シトリスは彼らに命じたのだった。
「さ、アル=パタルーのところに着いたら……ちゃんと綺麗に咲き誇るのよ」




