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54.ウェルテの処遇

「いい写真がとれた!」

 禿げ上がった自らの頭をペチペチと叩きながら、ご満悦なタオレン工匠である。

 被写体が写し出されたネガフィルムを覗き込みながら、どれを現像して引き伸ばすかを既に考えているようだ。


 あのあと更に衣装が追加され、実に様々なコスプレを体験することになった。

 白タイツ王子様と姫だったり、どこぞの学生服とセーラー服に酷似した服だったり、トモエさん着てた魔法使い風ヒラヒラ服だったり。


 いや何このレパートリー。

 どこからこのデザインを持ってきた? 


「なんということでしょう。ランジェ様がこんな辱めを受けるとは……」

 ハンカチを目尻にあてがいながら、同じくネガフィルムを覗くトモエさん。あまりに被写体的NGなものについてのみ、ネガごと処分するという約束事をしていたらしい。


 そのへんは抜かりない。さすが俺の右腕である。


「タオレン様、こちらとこちらの写真、焼き増しをお願いしますわ」

「まかせんしゃい」


 おい。

 おい。

 何しているの。ねえ右腕? 


「楽しかったです!」

 すると後から興奮冷めやらぬといった感じでウェルテが現れた。

 華やかなコスプレ衣装とはかけ離れた、粗末な麻の奴隷服で、である。


「楽しかった、か。それは良かった」

「はい!」

 言葉に偽りはない、率直な意見。彼女は先程の余興を心底楽しんだようだ。


 しかし、眩いほどの笑顔とは不釣り合いな粗末な服。

 なんとかしたいものだ。


「タオレン殿、ウェルテのタグをそろそろ……」

「おう、そうじゃたの、ほれ」


 トッシュが本来の目的であるタグについてタオレンに問うと、タオレンは懐から雑にソレを取り出し、俺たちに放り投げた。


 おいおいだいぶ雑だな、と思うも、しかしタグには既にウェルテの文字が彫り込まれ、仕上げの研磨まで終わっていた。

 やるとこはしっかりしていた、腐っても職人か。


 しかしこれで、目的を果たすことができた。大手を振って堂々と、ヴャリヤーズ領にウェルテを連れ込める。

 ……違法のタグだけど。


「……っと。そうだタオレン、追加のお願いがある」

 タグを受け取った俺は、写真の出来に浮かれているタオレンに声をかけた。


「ほい、なんでございましょう」

 ホクホク顔のタオレン。一緒に写真を選別していたトモエさんも同時に顔を上げる。


「ついでにさ、ウェルテに服を見繕ってくれないか?」

 俺は彼女を指差した。

 ウェルテは、目を見開き驚き、そしてすぐに満面の笑みを浮かべた。

「ランジェ様……!」

「従者ともあろう者が、そんな格好じゃ怪しまれるだろ」

 別に他意はない……というのは語弊があるか。

 彼女には奴隷姿より似合う服がたくさんある。


「ええどうぞどうぞ。本来はこちらが本業ですし」

 タオレンはそういうと、近くにいた女性従業員を呼びつけ、そして、ブティックのある上階に案内させた。


 入店した時には品物を見るなどの余裕もなく、全く気づかなかったが、この服屋は冒険者用の服からおしゃれ着、そして地下で着た奇抜なコスプレなど多種多様な品揃えであった。


「うわぁ……」

 店員に連れられ、様々な服を眺めるウェルテ。その顔はとても輝いていた。


「じゃああとは、店員さんにお願いして──」

「ランジェ様! これなんてどうです!」

 ウェルテは手に持った服を体に当て俺に見せてきた。

 その時の彼女の顔は、とても眩しかった。


「──あ」


 俺の口から小さく声が漏れた。

 店内を明るく灯す照明は、彼女をさらに綺麗に見せていた。


「?」

「あ、ああ、似合うよ、すごく」


 月並みな褒め言葉しか、出てこなかった。

 事実、彼女が見つけた服はとてもお似合いだ。

 白いブラウスと、革の生地を縫い合わせたワンピースのようなものだった。全体的にシックな出で立ちだが、派手すぎず、しかしスカートなこともあり可憐な雰囲気を醸す。


「動きやすさも損なわれず、また野暮ったさもない。付き人として100点のチョイスね」

「トモエさん」

「そして、ランジェ様のご回答も……及第点ですわ」

「100点じゃないんだな」

「もう一押しですわ。なにか彼女に足りない──いえ、『不要』なものがございますわよ」


 トモエさんから満点評価はめったに頂けない。

 それでも、及第点まできているのだから、あと一押しというものを見つけてみようではないか。


 そしてそれは、すぐにわかった。

 彼女の首に回っている、黒色の首輪は、今の召し物には不釣り合いだ。

 そう、奴隷の証とも言えるその首輪は、もう必要ない。


「ウェルテ」

「は、はい!」


 俺の呼びかけに応じて振り向いた瞬間、彼女の首に巻かれるチョーカーに手を伸ばした、留め具を外した。


「あ──」


 正真正銘、奴隷契約の解除だ。


「こっちで、首のアザを隠しな」


 奴隷のチョーカーは、ウェルテの首に醜いアザを残していた。それを見据えておれは、首回りが隠れ誤魔化るせような、幅広なチョーカーを差し出した。


「つけてみな」

「──はいっ!」


 彼女は、俺チョイスのチョーカーを身につけた。いい塩梅に首のアザを隠し、今の召し物にもよく合っていた。


「よしウェルテ、じゃあ、あとこれね」

 そして俺はそう言いながら、彼女のチョーカーに金属のプレートを取り付けた。

 でき立てホヤホヤな、ウェルテの名前が刻まれた冒険者のタグだ。

 これで、彼女の身分が証明された(偽装だけどね)。


「これ……で、あたしは……」

「身分ができた。んで、正式に、これでウェルテを雇い入れられ……! っておい!」

「ありがとうございます! ウェルテは改めて! ランジェ様にすべてを捧げることを誓いますぅ!!」


 喜びが彼女の態度に出てしまった。彼女は勢い余って俺に抱きついた。

 笑顔と泣き顔のミックス。しかし、その顔はとても魅力的だった。


 だが残念ながら、俺は彼女の体を支えられるほど体幹が良くなかった。


『ごんっ!!』


「ふぐうぅ!」

「ああっ! ランジェ様!」


 勢いよく俺は押し倒されて、またちょうど運悪く、床に置かれた木箱の角にしこたま強く頭を打ち付けた。


「ランジェ様! ごめんなさい!」

「おま……加減てのを……」

 どんどん泣き顔側にシフトしていくウェルテの顔。

 心配そうに覗く、トモエさんとトッシュの顔。


 そんな三者三様に見届けられながら、俺の意識は、ぼんやりと遠のいていった。




 ……





『   』





 ……






 ひと悶着あったけど。

 なんとか俺たちは帰路についた。


「長かった」


 約一週間という旅の行程もさることながら、それ以上に、巻き起こるイベント一つ一つに大きく疲弊させられた。


 そして今。

 書斎の前にはなぜが、山積みの書類が鎮座していた。

 リモートワークで大半を片付けたつもりだったが、帰宅途中で、一度に増加したようである。


「俺に安息はないのか」


 久方ぶりの柔らかい事務椅子に腰を埋めつつ、そんな愚痴をこぼさずにはいられなかった。

 そしてさらに追い打ちをかけるように、もう一つの問題が立ちふさがる。


「ウェルテの処遇、だよな」


 ウェルテにはこの屋敷での泊まり込み仕事に従事してもらうことにした。もとより、他に行く当てもない。

 そしてそのことを、ほかのメイドたちに説明していく必要がある。


 まあそのへんは、トモエさんが手を回してくれるだろう。

 俺が決めなくちゃいけないのは、彼女の『所属』だ。


「……やっぱり、調理組(キッチン)しかないな」


 俺は、書斎机に備えてあるプレート型の水晶をタップした。これも例に漏れず、魔力を使って、音声を他の水晶に飛ばすことができる。さながらファンタジー世界でのビデオ電話である。


 水晶(がめん)に表示された文字列をタップし、通話したい相手──『調理場』へ、音声をつないだ。


『……はいはーい、調理場でーすじゃっ』


 しばらくの呼び出し音のあとに、声がつながる。

 聞こえてきたのは女性の声。いや、女性と言うにはもっと幼い、子供の女の子の声だ。

 悪く言えば『ガキんちょ』。

 ちょっと語尾にクセがある。


「サーラか。ちょうどよかった」

 俺は、その声の主をよく知っている。


『あら、やっぱウチですわよね』

 声の主──サーラは、こちらの意図を全て読み取ってくれたようだ。

 ウェルテを預かれる場所は調理組(キッチン)しかないことは、サーラにも分かっていたようである。


「感づいてたか」

『ベテランの感、舐めないでいただきたいのう』


 別に舐めてはないけどな。

 幼声には似つかわしくない、貫禄ある受け答え。

 さすが当館のベテラン勢だ。


 その後の話と手続き諸々は早かった。

 その日のうちにウェルテには、制服と仕事(もっとも最初は調理場の掃除などだが)が割り振られた。

 そして明日から早々に、サーラ直下で魔法の勉強が始まるとのこと。


『力は自己管理してこそ、ですじゃ』


 ちょうど弟子を欲しがっていたサーラには、潜在的魔力をもつウェルテは適任だろう。


「あとはよろしくな」


 そう言って俺は通話を切った。


「……ふぅ、これで一段落かな。あとは、なにもなければよいが」


 そして俺は、小さく息を吐いた。

 自分ひとりしかいない書斎にはその後、沈黙が続いた。

 しかし内心、モヤモヤとした一抹の不安が渦巻いていた。それは些細なこととは言い切れない。

 未だ彼女の出生は分からない。『どこの馬の骨と分からない人物を招き入れた』判断は正しかったのか未だに答えは出てこない。


「……ま、なんとかなるか」


 蟠りは残っているが、俺は一旦、書斎に積まれた現実という名の書類に目を移し、現実問題に対応することを優先するのであった。




 ******




 そしてその日の夜。


 一つの村が滅んだ。




 ******


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