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51.ブティック

 踊りを終えたウェルテは、周りに集まっていた観衆たちに一礼をした。

 人だかりは盛大な拍手を以て、彼女の演舞を称賛した。

 が、しかし、踊りをおえた彼女に近づくことはなかった。


 特徴的な長い耳は、滅んだ種族として気味悪がられたのだろう。

 きれいに円状に空いたスペースの中心に立つ、息を切らした彼女。


 すると彼女は、周囲を一瞥し俺と目が合うや否や、こちらに満面の笑顔で向かってきた。


「どうです! どうです! これで目立ちましたよ」

「あ、ああ。素敵な踊りだった……って、この、ばかっ!!」


 俺はウェルテの手を引き、素早くフードを被せた。


 いけない。

 彼女の舞に魅了されたのだろうか。完全に見惚れてしまっていた。


 冷たい視線の目的が、俺とウェルテのどちらかわからない中で、彼女だけ目立つのは相当にリスキーだったのに。

 そのことすら、今の今まで失念していた。


 改めて俺は、自分のベールマスクを直した。周りの視線は、フードを被ったウェルテに注がれている。

 併せて、彼女の手を引く俺にも痛い視線。


 しかしながら、これによって常に周囲から見られることには成功した──俺の正体を明かすことなく、だ。


 この騒ぎに、トモエさんたちが気がついてくれれば御の字。

 まずは、人目を気にしながら、人目につきにくい路地裏に隠れよう。

 裏工房は多分、路地裏に店を構えているはずだ……。


「ランジェ様っ!!」

 すると突然、トモエさんの声が聞こえた。しかも出所は、通りに面した煌びやかな宝石屋さん……というか、かなり女性向けのブティックだ。


「え、ここ?」


 裏工房という名前とは不釣り合いな店であったが、実際、店頭の入口からトモエさんが手招きをしていた。


 多少の疑問は残るが、俺は素直に、そのお店に逃げ込んだ。



 …………



「なにをなさっているんですかっ!!」

 そして開口一番、トモエさんから叱られた。

 まるで、本気で怒る母親のようだ。

 まあ、乳母なのだから大体あってる。


「トモエさん……『何者かに付けられたかもしれない』」


 俺は怒るトモエさんを特になだめるようなことはせず、簡潔に事情を述べた。


「……っ!」

 すぐに察したトモエさん。すると、お店の扉前に目線を泳がせ、そして、


「こちらへ」

 俺たちを店の奥に案内した。


 お店の店員も、なんだかそのへん慣れているようで、通りから覗ける窓のカーテンを手際よく閉めていた。


 なるほどね。

 このブティックはカモフラージュか。

 表向きは宝石や婦人用の輸入雑貨や服の取り扱い、裏では文字通り、裏工房を営んでいるのだろう。


 店の奥には、さらに地下へ続く階段が設けられていた。

 手にしたランプで足元を照らしながら、俺たちは地下の隠し工房へと案内されたのだった。


 カン、カン、と、ハンマーが金属を叩く音。

 パチ、パチ、と、炎が素材を焼く音。


 ここでは主に、金属の指輪やアクセサリーの加工などを行っているようだ。


「おひょ、これはこれは」

 そんな作業場から、一人の男性が顔を出した。

 小柄で小太り、頭は禿げ上がり、しかし口周りは立派な白鬚で覆われていた。


 一瞬、いわゆる『ドワーフ』を思い浮かべるも、彼は人間だった。


「ちょうどよかったです」

 そしてその彼の横には、トッシュが立っていた。

 トモエさんと、俺たちの登場を待ち望んでいたようだ。


「なにやら外が騒がしいと思えば。本当にエルフェイじゃ、ひょっひょひょ」


 なんというかこの、ドワーフと見間違えたジイサン。手付きがキモい。そして笑い方が独特だ。

 ザ・職人といった感じの服装。革製の分厚いエプロン。そしてキモい動きの手は、皮が厚くひび割れていた。


「……っ」

 何となく恐怖を感じたのだろう。ウェルテが大きく身を引いた。


「うひょひょ、こりゃ噂に違わず、べっぴんさんだのう」

「タオレン工匠。依頼の身分証(タグ)は出来ているのですか?」


 きつい目でトモエさんがタオレン工匠を見据えた。

 そしてトッシュも、いつの間にか剣の柄に手をそえていた。


「おお、コワイコワイ」


 そういうとタオレンは、作業テーブルからひとつのタグを手に取った。

 パッと見それは、冒険者用のタグに見えた。

 身分証として使える金属製プレートである。そこにはヴァリヤーズの家紋が繊細に掘られており、その上から特殊なコーティングが施されている。

 素人目では真贋はわからない。かなり精巧だ。


「ほれ、ここに名前を掘ればご依頼品の完成じゃ。……じゃが、まだ代金は十分ではないのう」

「既に私が払ったでしょう!」


 お金の話になった途端、トモエさんが声を荒げた。


「どういうことだ?」

 俺はつい反射的に、タオレンと呼ばれた工匠に尋ねていた。

 すると予想外の回答が返ってきた。


「このメイドさんにはのう、体で支払ってもらったんじゃ」

「……は?」

「くっ!」


 トモエさんのほうに視線を向けると、彼女は苦虫を噛み潰したような渋い顔をしていた。しかし頬は、赤く染まり高揚していた。

 そして改めて、トモエさんの服装を見てみると、幾分乱れているように思えた。あの身なりに厳しいメイド長にしては、服の皺とか、一部ボタンが外れているとか。


「──!」


 今更ながら、理解できた。この工房が、表向きが女性向けのブティックである理由が。

 女性を取り込みやすくしてるのだ。

 服飾店なら、女性一人でも入りやすい。また男連れでも、違和感なく出入りが可能となる。


 ふざけやがって。


 工房の奥に目をやると、薄暗い部屋の中に更に、暗幕で仕切られた区画があった。

 あまり嗅いだことのない、気分が良いとは言いがたい、()えた匂いも仄かに感じた。


「まあ、のう。無理に、とは、言いませぬがな……イヒヒ」


 そういうとタオレンは、タグを再度見せびらかしたのだ。

 完全に、自分に主導権があると思っている。

 しかし実際問題、その通りだ。あの身分証がなければウェルテを合法的に領地に招き入れられない。


「くっ……わかり……ました」

「! トモエさん! だめだ!」


 もうこれ以上、トモエさんに辱めを受けてもらいたくない。

 とっさに彼女を止めたが、しかし、それを先に制したのはタオレン工匠だった。


「あーいやいや、貴女はもう十分じゃよ。そうさね……その、エルフェイの嬢ちゃんと、あとヴァリヤーズ領主様にも手伝ってもらおうかねぇ」

「!」


 トモエさんはもう『十分』という言葉以上に、俺がヴァリヤーズの領主であることがバレていることに驚きを隠せなかった。


「気づいていたか」

「おっと変な動きはいけませんぞ、そこの大男。ワシは今、交渉のテーブルに立っているつもりじゃぞい」


 ひょひょひょと笑い、精巧な金属タグを眼の前でぶらぶらとさせていた。正に俺達に見せびらかしているように、である。


「交渉? 脅しの間違いでは?」

「受け取り方次第ではありませんかねえ、ひょっひょひょ。まあ、希望のモノは作りますわい。それに見合った、誠意は見せてもらわんとね」


 すると、タオレン工匠はゆっくりと指を指した。その先には、ウェルテと、俺だ。


「このエルフェイと、ランジェ=ヴァリヤーズ様。……お二人に払ってもらいましょう」

「……!」

「ら、ランジェ様は関係ありませんわ!」

「そうは問屋が卸さんぞい。名家当主様のお姿を、こんな形で拝見できるとは思わなかったからのう、ひょっひょひょ」


 ちょっと、コイツ何を言っているんだ? 

 おれが一体、何をすれば……って、まさか……。


 彼の言うことを理解した途端、体中から脂汗が吹き出した。


「ウチには多趣味なものが多くてのう。かくいうワシも、最近は女ばかりでマンネリ化しておったところじゃわい」


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