50.視線
「暇だ」
新たにタブレットへ届いた仕事は、ほんの僅か。
ただ待つだけの無駄な時間は、無情にも過ぎていく。
「……」
こういうときは決まって、俺はナツから届いた手紙を見つめる。
突然告げられた運命を受け入れ、彼女たちは修行の旅に出た。
魔王を討伐する、勇者となるべく。
彼女も今、必死になって頑張っている。
「俺も頑張ろ」
何度も読み返しボロボロになり始めた便箋は、俺の心の支えにもなる。
見えない彼女から力をもらった俺は、手紙を懐にしまい込んだ。
「ウェルテ……、ウェルテ?」
ふと、同伴の彼女のことが気になった。
俺と同じく留守番を余儀なくされ、暇を持て余しているであろう彼女。
そんなウェルテは、わずかに開けたカーテンの隙間から外を眺めていた。
(外を見ているのか?)
既に日が落ちた町。しかし明るく照らす街灯。
領堺の街は、新天地に向かおうとする冒険者や荒くれ、商人たちによって夜もにぎやかであった。
そんな人間の世界は、彼女は初めて見るものばかりなのだろう。
初々しい顔で目をキラキラ輝かせ、まばゆい外の夜市を見ていた。
そりゃそうか。記憶喪失なのもあるし、おそらく身を潜めて隠れ住んでいたエルフェイ族なのだから、こんな世界を眺めることすら初めてだろうに。
目に飛び込むものすべてが、ウェルテにとってすべてが刺激になっている。
一瞬、彼女を外に連れて夜の散歩とでも洒落こもうかと思ったが、その案は気持ちの奥底にひっこめた。いま俺たちが外に出るわけにはいかない。あくまで、俺たちはお忍びで来ているのだ。
加えて、既に夜の帳は下りている。いくら街灯で明るいとはいえ、さすがに今の時間から散歩は……。
「ウェルテ」
「? はい?」
「頭を下げて……『何かに見られてる』」
俺はそう言うと、半ば強引にウェルテの頭を下げさせた。
「きゃっ」
突然頭を押さえられ、彼女の小さな悲鳴が漏れた。
しかしそんなことお構いなしに、彼女のあたまを抱えながら窓から遠ざかった。
(なんだ! 今のは!)
スキル『危機察知』など無くとも感じることができた。
それは力強く、鋭く、心の奥底まで見据えられるような視線だった。
それが殺意なのか、単なる好奇心なのか、はたまたそれ以外なのか。
過去に感じた暗殺者のそれとも、よく酷似していた。
的確な判断はできなかったが、しかし、今俺の背中には冷や汗が流れている感覚がある。
「えと、ランジェ様?」
「ちょっと黙ってて」
結果的にウェルテを抱きかかえるような格好で、俺たちは部屋の隅に身を伏せた。
どうする。
このまま宿に居続けることで、身の危険が降り注ぐ可能性がある。しかし、宿の外が安全とは言い難い。
ここに留まり続けるべきか。それとも、危険を承知で外に出て、トモエさんたちに助けを求めにいくべきか……。
「ウェルテ」
「は、はいっ!」
俺の緊迫した表情から、なんとなく状況を理解してくれたらいい。ビシッ! と背筋を正して、俺の話を聞いてくれた。
「俺の提案なんだが、いいかな」
「はい! ランジェ様のご命令であれば!」
留まるか、外に出るか。
この見えないピンチに、俺は一つの選択を迫られることになった。
「そだな……ちょっと、付き合ってくれないか?」
***
夜の街に繰り出し、俺達は雑踏に紛れる。
この街は、眠ることはない。
領境の街では夜な夜な、冒険者が朝まで盃を交わし、商人は一攫千金の夢を語り、富豪は夜の遊びに溺れる──。
街中は、灯った街灯と、店から漏れる明かりとで煌々と眩しかった。
(……どこだ! どこから見ていた!)
そんな眩しさの中から、俺は全神経を尖らせ周囲を警戒していた。
宿にいたときに感じたあの視線は、一体何者なんだ。
過去に感じたときと同じような、暗殺者のものだろうか。
もし暗殺だとすれば、人がいない宿に留まるよりも、外にでて人混みに紛れたほうが良いとの判断であった。
(狙いは、ウェルテ? いや、やっぱ俺か?)
残念ながら、領主の存在を快く思わない輩も少なからずいる。
もし、ヴァリヤーズ領主がこんな辺鄙な街に、護衛もなしに居たともなれば。そういう奴らにとっては格好の的だ。
だとしたらまずい。
まず、どうやってバレた?
俺がこの街に来ていることはトップシークレットだぞ。
どこからか、情報が漏れたのか。それとも、町の移動中に感づかれたか……。
もしかして、ククゥイ村の奴らが情報を……?
「……ねえ、ランジェ様。どこにいくの?」
はっとした。
索敵するのに夢中で、彼女の手を引いていた事を忘れていた。
「あっ! ごめん」
咄嗟に謝罪の言葉が漏れた。と同時に、俺は強く握っていた手を離した。
彼女の手首は、少し赤くなってしまった。
「あの、ランジェ様、あたし、ちょーっと恥ずかしいんですけど」
そして今しがた、彼女の服装が非常に粗末であることに気が付かされた。
麻の布切れを雑に揃えた上着に、麻のほっかむりで特徴的な耳を隠しただけだった。
ちなみに俺も、顔が明かされると不味いので、頭にターバンを巻いて簡素なベールマスクを身に着けていた。
「ごめん、そうだったな」
とりあえずは無事に外に出て、人混みに身を潜めることには成功した。
俺は一旦、適当な建物の壁に背をつけ、あたりを注意しながら一息ついた。
「トモエさんたちと合流したいけど……クソッ。どの店だよ」
場所を具体的に聞いておくべきだった。
大まかな通りの場所と、店名しか聞いてなかったのが悔やまれる。『報連相』はどの世界でも大事であることを痛感した。
そもそも、裏工房と言われるくらいだ。
大通りに『デンッ』と店を構えている訳がない。
必然的に、人目につかない裏通りを探す必要が出てくる。
くそ。暗殺者に狙われているとすれば、逆に目立つほうが安心だ。
やはり、外に出たのは悪手だったか?
「なんとか、いい具合に目立つ方法があれば……」
「……?」
目立てば、トモエさんたちにも気づかれるかもしれない。
しかし領主の俺が、ここで顔を出すわけにはいかない。
じゃあ大声で助けを呼ぶか?
そんなことすれば、下手すりゃ街中パニック状態に陥り大混乱だ。
その混乱に紛れて、俺たちを仕留める事も出来てしまう。
どうする?
「ランジェ様、いい具合に目立てばいいんですよね?」
考えが堂々巡りに陥っていたとき、彼女が声をかけた。
そして彼女は、フードを脱いだ。
サラリとした、洗いたての金髪。
全く焼けてない、色白の肌。
そして特徴的な、長い耳があらわになる。
「! ウェルテっ!」
俺の制止の声は、届かなかった。
ウェルテは俺の手から離れて、あろうことか街の路の真ん中に躍り出たのだ。
フードを脱いだ状態だったため、エルフェイのトレードマークとも言える長い耳はよく目立っていた。
「え、あれって」
「まさかエルフェイ?」
「珍しい! 初めて見た」
「確か昔、滅んだんじゃなかったか?」
周囲からは、感嘆と驚きと、色々な感情の混じった声が漏れた。
「舞いまーす!」
ウェルテはそう言うと、両手を水平に伸ばし、膝を屈伸させた。そして、膝を伸ばすと同時に、くるくると綺麗に回ったのだ。
まるでそれは、バレリーナのごとく。
種族の珍しさに併せて、不思議な魅力のある彼女の踊りは多くの通行人の足を止めさせた。
街頭の光はまるで指し示したかのように、ウェルテに注がれていた。
まるで彼女を引き立てる、スポットライトのようだった。
……。
……。
視線が、彼女に一点に集まった。
しかし、エルフェイという滅んだ種族を忌避してか、その踊り子に近づくものはいなかった。
街の道中にポッカリと空いた空間の中心で、彼女は舞った。
旅の芸人か吟遊詩人か。楽器を持つものがこぞって弾き始め、それに併せてウェルテも踊る。
あのとき感じた不思議な魅力に、俺もいつの間にか引き込まれ、囚われていた。




