49.男女が狭い部屋で二人きりになったら、やることは一つだろうよ。
トッシュとトモエさんは、ウェルテの身分証を作るべく、その裏工房があるという場所に向かっていった。
俺とウェルテは、今回はお留守番だ。
「まあ、領主とエルフェイだからなぁ」
領主がお忍びで来ているわけだから、表に出て身分が割れるわけには行かないわけで。
そして、エルフェイであるウェルテも同様だ。今はフードで耳を隠しているが、これがバレたら注目の的になるだろう。
人の噂に戸は立てられない。
……しかしまあ、暇である。
俺はただただ、ベッドに仰向けになり木製の屋根の節を見つめていた。
宿の中には必要最低限の設備しかなく、娯楽設備なども存在しない。出来ることといえば、持参した携帯水晶を使ったリモートワークくらいなのだが、それもほとんど終えてしまった。
「帰ったら、ソリティアくらいは仕込んでみるか」
遠隔でトランプを操作とか出来そうだし。暇なメイドたちに、相手もしてもらえるかもしれない。
「ランジェ様、あたしは何をすればよろしいでしょうか」
そして暇なのは、彼女も同様だった。ウェルテは俺から少し離れた丸椅子の上に、ちょこんと座っていた。
トモエさんたちが出かける前に、ウェルテを風呂に入れてくれていた。体についていた汚れは綺麗さっぱり落ち、髪の毛もツヤが出ていた。
しかし、彼女はきれいになったものの、問題は服だ。麻のズタ袋を服に改良したような、文字通り奴隷が着るような服しかなかった。
(トモエさんのを着せようとしたけど……特に、大胸筋の大きさがね)
ウェルテのお胸は慎ましかったのだ。トモエさんの服では背丈の違いもさることながら、特に胸部分が余ってしまい、どう身に付けても不格好になってしまった。
「……」
なんとかトモエさんの服を着れないか四苦八苦していた話を思い出し、ふと顔が緩む。そしてその流れで……あのときのキスを思い出した。
「えと、ランジェ様……じっと見つめられると……その」
いつの間にか俺は、体を起こし、ベッドに腰かけた格好で、ウェルテの体を舐め回すような視線で見てしまっていた。
清潔になった身体、奴隷の服装、慎まやかな胸、そして、俺のファーストキスを奪った瑞々しい唇。
どれもこれも、女性に対して非常に失礼な視線の流れである。
「おっと、ゴメン」
とっさに、謝罪の言葉を返した。が、彼女は俺のそんな振る舞いを、失礼だ、嫌だ、と感じているわけではなかった。
「ですがランジェ様……ランジェ様が望むのであれば……よろしいのですよ?」
するとウェルテは立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かって歩んできた。
近づいてくる彼女は、頬をピンク色に紅潮させていた。
そしてベッドに腰掛けた俺の目前に立つと、彼女は麻の服の襟に手をかけ、上に伸ばした。
服はゆっくりと頭から脱げ、足の膝からふともものラインがあらわになる。そしてそのまま更に持ち上げることで、秘部を隠す下着と、何も身に付けてない上半身があらわに……って!
「まて、まて、まってぇ!!」
俺は必死で、彼女の所作を静止した。特に胸は見ないように、必死に顔を覆う。
おい奴隷商人! 『こっち』はまだ教えていないとか言ってなかったっけ!?
「あれ? 違うんですか? あたしはてっきり」
「違う! 俺は決して、そういう目で見ていたのではない!」
「いえ、ご無理はしないでランジェ様。あたしは貴方様にすべてを捧げると決めた身……」
「無理とか道理とか、そういうことじゃなくて!」
宿の外にある街灯から差し込む灯の光が、これまたいい塩梅に透き通る柔肌を引き立ててくる。見た目美人がほぼ裸で迫ってきたら、下心がある成人男性はイチコロだろう。
ゴクリ、と、生唾を飲み込む音が脳に響く。鼻息もいつの間にか荒くなっていた。
しかし俺は、事前にトモエさんに釘を刺されていた。
『領主、そして勇者たるものの自覚を持って、行動して下さい』
と。
「いいんですよ──欲望のまま、あたしを見ていただいても。なにせ今は、こんなことでしか恩返しができませんし……」
「くっ! マジ、ちょっとタンマ! ──これは、『主の命令』だぞ!」
「う……むぅ」
ウェルテの行動原理が、契約した主を悦ばせるためなのだと思い出した俺は、とっさに『主の命令』との単語をひねり出すことに成功した。それは見事に功を奏し、彼女は、しぶしぶ脱いだ服を拾い、改めて身に付けて、俺から離れていった。しかし離れたあとも、しばらくはこちらを見つつ、不満顔を崩すことはなかった。
え?
なんでそんな表情なの?
命令したことへの不満?
反省って感じでもないし。
「まあいいや……なあ、ウェルテ、一つ聞いてもいいかい?」
「はい、なんでございましょう」
俺は冷静さを取り戻そうと、乱れたベッドシーツと自分の衣服を正した。ウェルテは頬を膨らましたまま、ご立腹といった声色で返事をした。
「そもそもウェルテ。君って、何者?」
実に今更ながらな質問であった。
馬車の中では、先の契約問題でトモエさんとずっと言い争っていたし、宿に着いてからは、ウェルテをどうやって領内に迎え入れるかを議論していた。そのため彼女のことについては、類まれな種族であるエルフェイであるという事以外、何も知らずにここまで来てしまった。
どうして奴隷になっていたのか。
どうしてあの村にいたのか。
なにより、滅んだと言われた種族がなぜ、今になって現れたのか。
どこかで隠れ住んでいたのだろうか。
聞こうと思えばいくらでも出てくる。
しかしまあ、あまり根掘り葉掘りするのも彼女にとっては負担だろうし、デリカシーの欠片もない。なので、最初はざっくりと負荷にならない程度な質問にしてみた。
「何者、とは?」
「うーん、なんというか、そのままの意味だよ。なんで奴隷になったのか。とか、どこに住んでいたとか」
「じつは……覚えていなくて。てへへ」
「もちろん、ウェルテが言いたくなければ無理する必要はないよ……って、え?」
まさかの返答である。
「気がついたら、あの村の外にいました。それ以外、なんにも覚えてないんですよねぇ」
「それって、記憶喪失ってやつなのか?」
「そうみたいです。あたしがエルフェイであることや……あと、言葉とかは理解できているのですが。気づいたら、あの村の前でぼーっと佇んでました。んで、あれよあれよと、彼らに捕まってしまいまして」
なんと。
「じゃあ、自分が今までどこに住んでたとか、どこに潜んでいたとか、仲間や家族とかも」
「ええ、お恥ずかしながら全然覚えてなくて」
……ほんとかな?
俺は彼女を改めて、じっくりと、そして舐めるように見つめた。
(ん、特に変なものは見えないな)
俺は彼女の奥底に眠る、「才能の芽」を見ていた。
もし魔物のような邪なものであれば、それは心の花の色として現れる。
今回、そういったものがあるかどうかを確認したところ、特に怪しいもの感じられなかった。
クウのような、才能にあふれる巨大な蕾も、悪魔のような漆黒の花も、彼女には見えなかった。
しかし……。
「立派だな」
ウェルテの中には、巨大な、というより、非常に丈夫な、気丈な花弁をもつ花が咲き誇っていた。
これは、魔力が高いものがもつもので『魔力生成』の才能の花だ。しかも人間が持つものとはレベルが違う。大きさも気品さも、全く異次元なものだった。
魔法に長けた種族であるエルフェイ族の名は、伊達ではなかった。
その魔力の才能──大輪の花は、気高く、しかし、強い威圧感を与えていた。
「やっぱりランジェ様……こちらにご興味がお有りなんですね。そう言っていただければウェルテはいつでも……」
まじまじと彼女を見つめていた俺に対して、ウェルテは再度、衣服を開けようと裾に手をかけていた。先程と同様、頬をピンク色に染め、恍惚とした表情をしていた。
「だーっ! まって! 違うごめん! そうじゃないんだ!」
恩義を一刻も返したいという気持ちからか、すぐに『そっち』方向に持っていってしまう彼女を、俺は改めて落ち着かせるのだった。




