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48. 裏工房

 なんか契約してしまいましたとさ。

 柔らかな唇が、俺の初めてを奪っていきました。


「どうぞ、よろしくお願いします……ランジェ……」

「お……おう」

 あんまりに突然のことに状況が飲み込めず、しかし、ただ赤面して、ウェルチの言葉を受け入れて返答してしまった。


「な、な、ななな!!」

 そのいざこざを見ていたトモエさんのほうが、先に現状を理解して、こちらも顔を真っ赤にしておりました。ただこちらは、めちゃくちゃに怒っていたようでして。


「あくまで勤め人となる人が、領主の唇を奪うとは!! 何たる不埒な!!」


 そんな怒鳴り声やらを浴びせられながらも、既に出発した馬車という密室内ではどうにもこうにもいかず、我々一行は、賑やかな馬車の旅を続けるしか他になかったのだった。



 *******



 リンドーダ領とヴァリヤーズ領の境界にある、関所の町。俺達がそこにたどり着いたときには、既に日は落ちかけ、あたりは宵闇に包まれようとしていた。

 関所の役人には事前に根回しを行っており、出領も入領の手続きは問題なく、滞りなく済むはずであった。が。


「到着がかなり遅れてしまいましたわ。今は夕刻過ぎ。既に関係役所の扉は閉められ、仕事は終わっているようです」

「仕方ないな、今夜はここで宿を取って、明日、手配を行おう」


 領堺の関所である街『アンバー』は、山の麓にある街だ。巨大な石造りの壁が領土をまたぐように造られているのだが、この街はおもしろいことに、円状にその領境の壁で囲まれている。


「元は小さな関所だったが、あれよあれよと巨大化し、結果的に『街』にならざるを得なかった、か」


 アンバーの街は、各々の領土から簡単に入ることができる。しかし、反対側の領土に向かう場合は、ちゃんと関所としてのフィルター機能は生きている。

 そのような形式で領土管理を行った結果、領域を越えようとする旅人がこのアンバーで宿場を求めるようになり、それに乗った役人が、ここぞとばかり宿場を増やしてしまった。すると、人がさらに集まり、その他の店も開き、活気が生まれ、自然と大きな街になっていったそうな。


 今現在アンバーは、両方の領土のどちらとも属さない、中立国のような立場にある。かろうじてヴァリヤーズ領土に分類されているが、正直、実態を掌握しきれていない。


「……」


 そんな、2つの文化が入り乱れる町並みを横目に、俺達は宿に到着した。ヴァリヤーズ家御用達の宿である。

 もっとも、身分を隠しての旅であるため、ここはあえて高級宿ではなく、少し上質な中流の冒険者向けの宿ではあるが。


「さて、と。どうしましょう」

 俺達は宿泊の手配を終えた後、すぐに俺の部屋に集まり今後のことについて打ち合わせを行った。


「明日の朝一番で、入領申請を通してまっすぐ帰宅。としたいところだが……」

「問題が有りますね」

 トモエさんと、トッシュ。そして俺。3人の視線が、彼女のほうへ向く。


「?」

 ことの重大さを全くわかっていないように、首をかしげるウェルテ。

 いや、本当に何もわかっていないのかもしれない。


 奴隷が禁止されているヴァリヤーズで、彼女を商品(ドレイ)として迎え入れるわけには行かない。

 かといって、雇い人として迎え入れるにしても、彼女には『身分証』が無いのだ。しかも、普通の人間ではなく、超珍しい『エルフェイ族』ときている。


「なあ、トモエさん。領主(おれ)のすることだから、領主権限で、特例で許してくれ……ないかな」


「あのですね。そういう特例を私利私欲のために使うことは、領主としての尊厳に関わります。例えば領主が脱税して裏金を作りますよね? それを言及されて『いや私が領主だ、税を払うのも払わないのも自由だ』なんて、そんな言い分が受け入れられますか?」


 あ、すんません。ごもっともでございます。


「まあ、なんとか根回ししてみますわ。けど、せめて身分証明書があれば良いのですが」

 頭を抱えたままのトモエさん。彼女なしではヴァリヤーズの内情が回らないレベルで、まじで頼りになる。

「……メイド長、よろしいでしょうか」

「どうしたのトッシュ?」

「私に、少し『当て』があります」

 普段は寡黙で、ほとんど自分から喋らないトッシュが口を開いた。体に見合ったバリトンボイスから出た言葉の内容には、少し、引け目が感じられた。


「どういうこと?」

 トモエさんが顔を上げ、トッシュに返答を促した。

「ええ、私が雇われ傭兵時代の話ですが、各国を巡っていく中、いろいろと『裏の』話を耳にしてまして……実は、ここの関所にも……その……」

「有るのね。裏工房が」


 うーん、聞き捨てならない単語が出てしまった。


 裏工房。それは文字通り、一般流通していないものを作る工作場だ。

 偽の美術品から、粗悪な宝石、市場に出回らないアイテム……。そういう、表に出ては行けないものを手掛けている。もちろん、そこなら偽の身分証をでっち上げることも、可能だろう。


 ただし、そういう工場は親父の代でかなり淘汰されたはず。と聞いている。けど、リンドーダ領との境が曖昧な、関所の街までは十分に目が届かなかったらしい。


 しかし、関所の街の中で身分証が偽装できるとなれば、大問題である。ヴァリヤーズ領主として見過ごすわけにはいかないが……。


「……背に腹は変えられない、か」

「残念ながら、どんな国にも、黒い部分があるものなのですね」

「私が巡った国では少なくとも、完全潔白な場所はありませんでしたね」


 悲しきかな、コレが人間の国の限界か。



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