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47.契約(ちぎり)

 翌日。


 太陽は強く照っており、昨日よりは暖かく感じる日和だ。これから昼にかけて、さらに気温は上がるだろうか。天候も安定しづらい山の上では、そんな些細な希望すら簡単に裏切られる。


 俺たちは、昨晩のそんなこんなもあり、この村を早朝に立ち去った。


 持ってきた品種改良種は、その後の成り行きもあり、ほぼ全て村に恵んでやることにした。

 村長その他は、まるでその種を宝石であるかのように、目を輝かせて眺めていた。実際、この村では宝石以上の価値を持つ。

 しかしながら、俺が思うに、奴らの長があんな性格である以上は、種を巻いても、すぐに土地を痩せさせてしまうだろう。


 本当なら、種蒔きから収穫、さらにその後まで考えて、特殊な品種の育て方をレクチャーするつもりであったが、そこまでの気持ちに至らなくなった。

 アフターサービスなど、知ったことか。勝手に植えて、勝手に育てて、勝手に土地を痩せさせてしまえ。


「……」

「……」

「……」


 先ほどから馬車の中は沈黙が支配している。わずかに響く車輪の音が、車内には響いていた。


 俺の目の前に鎮座するのは、昨晩からずっと不満顔というか、怒り顔のトモエさん。

 にらみつけるような視線は、俺と、その横の彼女──昨晩、俺が『雇い入れた』、エルフェイの女性──に交互に注がれていた。


 馬車が揺れるたびに一緒に跳ねる金髪は、キラキラと光を反射するほど眩しかった。顔立ちは整いながらも、幼さが残る。美人とも、可憐とも形容できる美貌の持ち主だ。

 そして何より特徴的な、エルフェイ特有の長い耳が、彼女のほうを向くたびに否応なしに目に飛び込んでくる。


「あ……あの」


 さすがの長引く沈黙に耐えられなかったのか。彼女が口を開いた。


「なんで、あたしを助けたの?」


 少しでも奴隷売買の嫌疑を払拭するため、金品の授受は極力避けた。すると向こうは、俺たちが違法行為を行おうとしていることとわかるや否や、いろいろと吹っ掛けてきた。

 踊り子の服は有償だ、とか、なかなかにふざけたことをぬかしやがる。


「なんでって……うーん。理由は、特にないかな。ただ……」


 湯浴みはサービスとかいいながらも、別段きれいに着飾っているわけでもなく。なんなら、石鹸すら使わせてくれなかったのか、落ちていない汚れが目立つ。

 服も、麻の布を縫い合わせただけの粗末なものだ。奴隷のそれと変わりない。マントを被せて、目立たなくさせていた。


「ただ俺が、単に心底ムカついたから。なのが一番の理由かな」


 そう俺が答えると、彼女は目を丸くして俺を見据えた。


「えっ、そんな理由なの……?」

「まあね」

 俺は、未だ萎縮している彼女に、できるだけストレスを与えないように微笑みで返事した。

 しかし彼女は、更に驚いた。


「だってあなた、隣の領主なんでしょ!? 奴隷が許されていないとか言ってたじゃない!」

「まあね」

「そんな危険を犯してまで、奴隷のあたしを助けるなんて……」

「まあね、でもさ」


 けどな。俺は、放っておけなかったんだ。


「目の前でひとり、女の子が泣いていたんだよ」


 彼女はあのとき、泣いていた。

 痛い、痛いと口に出し、涙が頬を伝っていった。


「俺は、そんな涙は見たくなかった。それに、助けられる人を助けないほど、冷たくはなれなかった。……自分の器量で、目の前で泣いている女のコを救えるんだったら、やらない理由なんてない。それが、勇者ってもんじゃないかな」

「勇……者……?」

 エルフェイの彼女が、勇者という言葉に反応を示した。


「あ、いや、ヴァリヤーズは勇者生誕の家系って意味ね」

 俺が勇者の血筋であることには間違いないが、勘違いがないように、ちゃんと否定した。


 しかしまあ、幾分キザったい言い回しになってしまったな……などと耽っていたら、その会話にトモエさんが割って入ってきた。


「領土間の交易を考えると、ランジェ様の行動はまだまだです。直感的すぎます。後先考えず幼稚です。領主としてもっと責任を持って下さい」

「あ、はい。それは反省してます。スンマセン」

「ですがまあ……及第点ですわ」

 すると、先程まで厳しい顔をしていたトモエさんが、にこやかに微笑んだ。

「勇者の家系、ヴァリヤーズとしては、合格です」


「泣いている女のコに手を差し伸べただけ、それだけさ」

「十分ですよ。私トモエは、ランジェ様を誇らしく思います」

 彼女は俺の乳母で教育係も担ってもらっており、領主としての教育となると途端に厳しくなる。その彼女から及第点をもらえたのは、誇っていいと思う。


 そんなやりとりをしていたら、どうも俺の横からすすり泣く声が聞こえた。横をみると彼女の芽から洪水のように涙が溢れていた。


「……っておい、泣いているのか!」


 先ほどまで、なんとも表情が読めない彼女であったが、今は顔をぐしゃぐしゃにして、目からは大粒の涙が溢れ、鼻水は垂れ流し状態だ。

 しかし裏腹に、口角は上がり笑顔だった。彼女は笑いながら、大泣きしていた。


「ひ……うう……うぇえええん!!!!!」

「どどどどどど、どうしようトモエさん……」

「あーあ。ランジェ様。女のコを泣かせたから減点ですよ? アフターケアが不十分ですわね」


 そういうとトモエさんは、絹のハンカチを彼女に手渡した。

 差し出された布の意味を理解した彼女は、溢れ出た涙をぬぐい、笑いすぎために出たヨダレを拭き、そして最後に、豪快に鼻をかんだ。


「おちついた?」

「……うん」


 暫くは涙が止まらなかったが、トモエさんが彼女の背中を擦ってあげて、次第に落ち着きを取り戻していった。


「ありがとう、え、と……」

「私はトモエ。あなたの上司になる人間よ、よろしく。そしてこちらが──」

「俺はランジェ=ヴァリヤーズ。君の雇い主になるのかな。そういえば、君の名前は……」

「……決めたわ!」


 すると彼女は、急に馬車の中で立ち上がった。屋根はそこまで高くないので中腰に近い格好だが、突然のことで馬車は左右に大きく揺れた。

「ちょっ、急に……」

「わたしの全てを、貴方に捧げる!」


 ヴァリヤーズの馬車といえど、スペースはそこまで広くないが、しかし、彼女は中腰のまま俺を見据えて、その後、膝をつき頭を下げた。この世界での最大限の敬意を込めた礼節だ。


「大地の神『アスフェル』の名のもとに契約します、今この時、この場をもって、我は貴殿の最大限の恩義に対し、身命を賭します。我が身我が心は、御身ランジェ=ヴァリヤーズ様にすべてを捧げん」


 突然のことに呆然としててしまった俺のことを横目に、彼女は言葉を紡いだ。まるで、なにかの祝詞を述べているように、淡々と喋りだした。


「我が名は『ウェルテ』。何卒……」


 そして、最後に彼女は、やっと名前を言ってくれた。ここまでがまあ長かったこと。


「ウェルテ、か、こちらもよろし……!」


 あまりに畏まっている彼女が、すこし滑稽に思えてしまったので、こちらはできるだけフランクに対応したつもりだった。膝をつき頭を下げている彼女に向かって、手を指し伸ばして立たせようと近づいたその時。


「……何卒、我と(ちぎり)を交わさん……」


 突然顔を上げ、立ち上がった彼女の手は、俺の両頬に添えられた。


「え……!! んぐっっ!」


 そしてその後のことについては、あまりの不意な出来事に対応できなかった。



 俺のファーストキスは、謎のエルフェイ(ウェルテ)によって奪われたのだった。


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