第007話
俺達は森の中で食料を探し始めた。
都合よく食べられるものがあるか不安だったが、幸いなことに沢山の果物が自生していた。
桃や葡萄、梨に林檎、栗や柿なんかもあった。少しばかり味は薄いが、見た目も香りも元の世界のそれと全く同じだ。
一番の功労者はスカイライナーだろう。猟犬みたく臭いを嗅ぎ分け、食料を見つけてくれた。
「食べる前にパッチテストした方がいい」
という草薙の提案で、腕や足に果汁を塗り込み毒やアレルギー反応を確かめた。
果肉をほんの少し切り分け舌先に乗せてみるが、体に異常は見られなかった。
元の世界で売られている果物より味は薄いが、果汁が豊富で充分に美味い。
そうして無事に食料を確保した俺たちは、目的の温泉へと到着した。
川のすぐ傍にある露天温泉は、脱衣所や囲いなど気の利いたものは一切ない野晒しの状態。
鬱蒼と木々が生い茂る森の中とは違って、ここは草も木も生えず砂利のような小石に囲まれている。
僅かに濁った水面から、白い湯気と独特の匂いが立ち昇って。
「なかなか良いロケーションね!」
ブロンドヘアのポニーテールを揺らして、北河は御満悦のようだ。
湯気立つ温泉に指先を入れてみる。少し低めだが良い湯加減だ。
「今日は此処でキャンプね」
日が暮れかけ森は夕闇の中に沈みかけている。俺も草薙も異論なかった。
収穫した果物を置き、森の中で枝を拾い集めた。焚き火をするためだ。
どうやって火を熾すか思案したが、幸いにも草薙がキャンプ用品を持っていた。
流石にテントまでは無いが、サバイバルナイフや十徳ツール、オイルライターなど役に立ちそうなものは一通り揃っていた。
「どうして通学鞄にこんなものを入れてるのよ」
北河が尋ねれば、草薙はやはり無表情のまま「お腹が空いた時に大丈夫なように」と答えて伸縮式釣竿まで見せてくれた。
確かに俺達の通う学校は海に面しているし、近くの埠頭は専らの釣りスポットだ。
だからといってサバイバルグッズを持ち歩く必要があるのか。そんな疑念が喉の奥に出掛かったが、今は何も言うまい。草薙のおかげで果物を剥けるし焚火も出来るのだから。
そうして俺達は腹拵えを終えた。数日分のつもりで取ってきた果物は、あっと言う間に無くなった。七割がた草薙の胃袋に収まったが。
果汁が豊富な果物のおかげで催した俺は、茂みの奥で用を足した。
川下で手を洗いスカイライナーと一緒に戻れば、北河と草薙がコソコソと何か話をしている。
「飛芽は別に、長瀬君と一緒でもいい」
「ダメに決まってるでしょ!」
目の前で内緒話もどうかと思うが、俺が居なくなった途端に、というのも気分が良くない。
とはいえ普段ほとんど女子と会話をしない俺が、そんなことを面と向かって言えるはずもない。黙々と拾ってきた枝を焚火に放り込んだ。
「長瀬!」
すると俺の前に北河が腕組みして仁王立った。何故か顔を赤くしながら目尻吊り上げて。
「私たちはこれからお風呂に入るわ! 分かってると思うけど……覗いたら殺すわよ!」
肩を震わせながら言うと、北河は「フン!」と鼻を鳴らして身を翻した。
なるほど、そういうことか。確かに塀も囲いも無い露天風呂では不安だろう。
「じゃあ二人が風呂に入ってる間、俺は散歩でもしてくるよ」
「そ、それはダメよ! 危ないわ!」
北河が慌てた様子で声を張った。確かにここは普通の森じゃない。何が起こるか分からない異世界……いや、普通の森でも充分危ないか。
「じゃあ散歩はやめとく」
「うん。だから長瀬君も一緒にお風呂入ろう」
「それはもっとダメ! 余計に危ないわ!」
余計とはどういう意味だ。俺が何かするとでも言いたいのか。
『ふむ、要は君達が入浴する姿を隠せれば良いのだろう。ならば私に任せてくれ』
相変わらず落ち着いた声音で答えた。かと思えば次の瞬間、
『ディ・フォーム!』
叫んだと同時、ひと昔前のテレビアニメを思わせる人型ロボットがパズルのように組み代わり、巨大なトレーラーへと変型した。
赤いボディのせいか、車両となった姿は消防車や梯子車にも見える。
車両型となったヴェルファイヤーは温泉と焚火の間に自身を移動させた。
「……最高かよお前」
心の声を呟いた俺に、草薙が握手を求めた。無表情に突き出された小さな手を俺は固く握り返す。
「え、なにが最高なの? そもそもどうして変身するのよ。そんなギミック耐久性が落ちるだけじゃない。わざわざ車両型になる必要があるの?」
呆気に取られる北河の反応に、俺と草薙は揃って溜息を吐いた。
「な、なによその反応!」
「優羽菜、全然分かってない」
「ああ。『浪漫』という言葉を知らんらしい」
『嘆かわしいことだ』
俺達は示し合わせたようにまた溜息を吐いて、キョトンと呆ける北河を見た。
「な……なんなのよ一体!」
※この作品は小説投稿サイト【カクヨム】にも掲載しています。
※現在小説投稿サイト【カクヨム】にて新規作品を連載中です。良ければ御拝読ください。
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