第006話
赤いボディが眩しく格好いい。スーパーロボット風のBRAID・ヴェルファイヤーが怪獣を機療してくれたおかげで俺達は危機一髪と難を逃れた。
『ヴェル、降ろして。外に出る』
スピーカーを通したように歪んだ声が周囲に響く。
コクピットと思しき赤い装甲の胸部から現れたのは小学生のような風貌の女の子。だが俺達と同じく白衣のような制服を身に纏っている。
それもそのはず、草薙飛芽は俺達と同じ学校に通うれっきとした高校生なのだから。
浅焼けた小麦色の肌と色素の薄いショートヘア。髪と同じ薄紫色をした両の瞳。
表情は氷のように冷めていて、幼い顔立ちと小柄な体躯が相俟って人形を思わせる。
けれどそんな愛らしい見た目とは裏腹に、草薙は学年でもトップクラスの優秀な機核療法士だ。
あの巨大BRAID、ヴェルファイヤーに搭乗できているのが何よりの証拠。
「ありがとう飛芽。おかげで助かったわ」
「うん。優羽菜はお姫様ごっこ?」
草薙が文字通りに小首を傾げた。そう言えば北河を抱えたままだった。
北河は自分の姿を再確認すると、顔を赤らめ飛び出すように俺の腕から降りた。
横目で俺を一瞥し「ゴホン」と咳払いしてから、澄ました態度で草薙の頭を撫でる。
傍から見ると姉と妹のような光景だ。草薙は頭を撫でられながら真顔で俺に視線を向けた。
「長瀬くんも大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」
「そう」
笑顔で応えるも草薙はやはり無表情。怒っているわけではないだろうが、学校でもそんな雰囲気だったから彼女とはあまり話をしたことがなかった。
というより、女子とまともに会話すること自体がほとんど無かったんだけど。
「ねえ、長瀬くん」
「なに?」
「食べるもの、持ってない?」
言いながら草薙は自分の腹を押さえて俯いた。
「飛芽、お腹空いた」
小さな腹部を摩る姿は、本当に幼い子供を見ているかのようだ。同い年とはとても思えない。
「そういえば私もお腹が空いたわ」
「俺も昼飯用の弁当が……って、今日は持ってきてなかったな。北河は?」
「私はいつも食堂だから。飛芽はお弁当よね?」
「うん。でももう食べちゃった」
やはり感情を出さないまま草薙は答えた。
今にも腹の虫が鳴き出しそうな姿に、見兼ねた俺はポケットをまさぐった。とはいえ何が入っているわけでもない。
するとスカイライナーが『グル』と短く鳴いて俺を呼んだ。振り返って見ると、俺の鞄を咥えて首を突き出している。
「あ、そうか」
俺はスカイライナーから鞄を受け取り、個包装されているマカロンとフィナンシェを取り出した。
北河にはマカロンを、草薙にはまだ腹持ちの良さそうなフィナンシェを差し出す。
受け取ったマカロンと俺を交互に見比べながら、北河は「本当に?」と上目遣いに尋ねた。
貴重な食料を分けて……とでも思っているのだろうか。俺は「当たり前だろ」と事も無げに答えた。
「あ……ありがとう」
「ありがとう、長瀬くん」
草薙は早速と包装を剥がして一口に頬張った。まるでハムスターのように頬を膨らませて。
一方、北河は握りしめたマカロンを見つめると、制服のポケットにそっと仕舞った。そのポケット、さっき鼻水拭いたハンカチ入れてなかった?
あっと言う間に食べ終わった草薙は、明らかに物足りないと言った様子で指まで舐めている。その姿を見ていると、なんだか俺まで腹が空いてきた。
「て言っても菓子で食い繋ぐわけにもいかないし、やっぱり食い物は探さないとな」
「そ、そうよね。いつ帰れるかも分からないし当面の食事は問題よね」
「飛芽、すぐお腹空いちゃう」
言いながら草薙はまた腹を撫でた。
「果物でもあればいいけどな」
「森の中だし、それが無難なところかしら。出来ればベッドと服の替えも欲しいけれど」
「こんな森の中でベッドって」
「冗談よ。でもせめてシャワーは浴びたいわ」
「余計無いだろ」
「あるよ」
呆れる俺に間髪入れず草薙が答えた。驚く俺と北河は勢いよく草薙見た。やはり無表情だが。
「シャワーは無いけど、お風呂ならある」
「お風呂!? 本当に?!」
『確かだ。私と飛芽がこの世界へ来た時、飛ばされた場所の近くに温泉が湧いていたんだ』
「温泉……」
なるほど、それなら風呂があるというのも納得だ。むしろ天然の露天風呂だなんて、考え方によってはちょっとした贅沢だな。
「でも、それって大丈夫なのかしら。温泉って酸性度とか金属濃度とか色々あるんでしょ?」
『私もそう思い成分を確認した。硫黄と軽金属イオンを含むpH8.1ほどの単純泉だ』
「そう。なら問題なさそうね」
「じゃあ、そこを野営場所にするか」
『グル』
『私も賛成だ。しかし……』
ヴェルファイヤーは巨大な腕を組んだ。どこか腑に落ちないといった声音だが、鉄色の顔に眉や瞼など無いから表情が読み取れない。
「なんだよヴェルファイヤー。気になることでもあるのか?」
『ああ、少しばかりな』
「ちょっと待って。今は食料を探しましょう。早くしないと日が暮れるわ」
『うむ、そうだな』
そうして俺達は温泉へと向かう道すがら、森の中で食料を探し始めた。
だが俺の頭には、ヴェルファイヤーの『気になること』という一言が引っかかっていた。
赤いボディが眩しく格好いい。スーパーロボット風のBRAID・ヴェルファイヤーが怪獣を機療してくれたおかげで俺達は危機一髪と難を逃れた。
『ヴェル、降ろして。外に出る』
スピーカーを通したように歪んだ声が周囲に響く。
コクピットと思しき赤い装甲の胸部から現れたのは小学生のような風貌の女の子。だが俺達と同じく白衣のような制服を身に纏っている。
それもそのはず、草薙飛芽は俺達と同じ学校に通うれっきとした高校生なのだから。
浅焼けた小麦色の肌と色素の薄いショートヘア。髪と同じ薄紫色をした両の瞳。
表情は氷のように冷めていて、幼い顔立ちと小柄な体躯が相俟って人形を思わせる。
けれどそんな愛らしい見た目とは裏腹に、草薙は学年でもトップクラスの優秀な機核療法士だ。
あの巨大BRAID、ヴェルファイヤーに搭乗できているのが何よりの証拠。
「ありがとう飛芽。おかげで助かったわ」
「うん。優羽菜はお姫様ごっこ?」
草薙が文字通りに小首を傾げた。そう言えば北河を抱えたままだった。
北河は自分の姿を再確認すると、顔を赤らめ飛び出すように俺の腕から降りた。
横目で俺を一瞥し「ゴホン」と咳払いしてから、澄ました態度で草薙の頭を撫でる。
傍から見ると姉と妹のような光景だ。草薙は頭を撫でられながら真顔で俺に視線を向けた。
「長瀬くんも大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」
「そう」
笑顔で応えるも草薙はやはり無表情。怒っているわけではないだろうが、学校でもそんな雰囲気だったから彼女とはあまり話をしたことがなかった。
というより、女子とまともに会話すること自体がほとんど無かったんだけど。
「ねえ、長瀬くん」
「なに?」
「食べるもの、持ってない?」
言いながら草薙は自分の腹を押さえて俯いた。
「飛芽、お腹空いた」
小さな腹部を摩る姿は、本当に幼い子供を見ているかのようだ。同い年とはとても思えない。
「そういえば私もお腹が空いたわ」
「俺も昼飯用の弁当が……って、今日は持ってきてなかったな。北河は?」
「私はいつも食堂だから。飛芽はお弁当よね?」
「うん。でももう食べちゃった」
やはり感情を出さないまま草薙は答えた。
今にも腹の虫が鳴き出しそうな姿に、見兼ねた俺はポケットをまさぐった。とはいえ何が入っているわけでもない。
するとスカイライナーが『グル』と短く鳴いて俺を呼んだ。振り返って見ると、俺の鞄を咥えて首を突き出している。
「あ、そうか」
俺はスカイライナーから鞄を受け取り、個包装されているマカロンとフィナンシェを取り出した。
北河にはマカロンを、草薙にはまだ腹持ちの良さそうなフィナンシェを差し出す。
受け取ったマカロンと俺を交互に見比べながら、北河は「本当に?」と上目遣いに尋ねた。
貴重な食料を分けて……とでも思っているのだろうか。俺は「当たり前だろ」と事も無げに答えた。
「あ……ありがとう」
「ありがとう、長瀬くん」
草薙は早速と包装を剥がして一口に頬張った。まるでハムスターのように頬を膨らませて。
一方、北河は握りしめたマカロンを見つめると、制服のポケットにそっと仕舞った。そのポケット、さっき鼻水拭いたハンカチ入れてなかった?
あっと言う間に食べ終わった草薙は、明らかに物足りないと言った様子で指まで舐めている。その姿を見ていると、なんだか俺まで腹が空いてきた。
「て言っても菓子で食い繋ぐわけにもいかないし、やっぱり食い物は探さないとな」
「そ、そうよね。いつ帰れるかも分からないし当面の食事は問題よね」
「飛芽、すぐお腹空いちゃう」
言いながら草薙はまた腹を撫でた。
「果物でもあればいいけどな」
「森の中だし、それが無難なところかしら。出来ればベッドと服の替えも欲しいけれど」
「こんな森の中でベッドって」
「冗談よ。でもせめてシャワーは浴びたいわ」
「余計無いだろ」
「あるよ」
呆れる俺に間髪入れず草薙が答えた。驚く俺と北河は勢いよく草薙見た。やはり無表情だが。
「シャワーは無いけど、お風呂ならある」
「お風呂!? 本当に?!」
『確かだ。私と飛芽がこの世界へ来た時、飛ばされた場所の近くに温泉が湧いていたんだ』
「温泉……」
なるほど、それなら風呂があるというのも納得だ。むしろ天然の露天風呂だなんて、考え方によってはちょっとした贅沢だな。
「でも、それって大丈夫なのかしら。温泉って酸性度とか金属濃度とか色々あるんでしょ?」
『私もそう思い成分を確認した。硫黄と軽金属イオンを含むpH8.1ほどの単純泉だ』
「そう。なら問題なさそうね」
「じゃあ、そこを野営場所にするか」
『グル』
『私も賛成だ。しかし……』
ヴェルファイヤーは巨大な腕を組んだ。どこか腑に落ちないといった声音だが、鉄色の顔に眉や瞼など無いから表情が読み取れない。
「なんだよヴェルファイヤー。気になることでもあるのか?」
『ああ、少しばかりな』
「ちょっと待って。今は食料を探しましょう。早くしないと日が暮れるわ」
『うむ、そうだな』
そうして俺達は温泉へと向かう道すがら、森の中で食料を探し始めた。
だが俺の頭には、ヴェルファイヤーの『気になること』という一言が引っかかっていた。