第001話
「――はい、じゃあ次の方どうぞー」
古惚けた診察室に置かれた木製のデスクに座りながら待合室の方に声を掛けると、木造りの扉が開かれて若い女性が入室した。
『失礼します』
ギシギシと木の床を踏み鳴らし、女性は俺の前に置かれた椅子へ腰を降ろした。
「今日はどうされました?」
ドクターコートを思わせる白い制服の裾を翻して、姿勢正しく座る女性に俺が尋ねる。
『少々、動作に不具合が見受けられます』
表情筋をひとつも動かさず女性は答えた。俺は机の上からバインダーを手に取り問診内容を記入していく。
「最近、強いストレスとか感じましたか?」
『はい』
「それはどんな?」
『この数か月は業務が多忙でした』
「なるほど。たぶん欠乏症ですね。じゃあ、背中を向けてください」
『はい』
努めて冷静に答えて、女性は背中を向けて服を脱ぎ上半身を曝け出した。
俺は顔を熱く染めて視線を逸らす。
この仕事を始めて結構経つけれど、肌を晒されるこの瞬間は未だに慣れない。
傷一つない綺麗な肌。不謹慎だと分かっていても女性の素肌を前にしては緊張してしまう。
しかもこの女性、下着を着けていない。
邪念を振り払うように、俺は《《そそくさ》》と机の上にある白い拳銃型の療具を手に取った。
「し、失礼しますね」
声を上擦らせながら、ピストルの先端を女性の背中に触れ当てる。
『ん……っ』
ピクリと女性の体が震えて甘い声が漏れ出た。
「だ、大丈夫ですか?」
『はい……お願い致します』
後ろ向きに女性が頷いた。髪の隙間から僅かに見える耳がほんのりと赤い気がする。俺は白い拳銃の引き金を引いた。
バシュンッ、という小気味良い抜空音が療具から漏れ響いて先端が仄かに輝いた。
銃口から輝く粒子が放たれて、女性の全身に浸透していき瞬く間に消えた。
「はい、終わりました」
『ありがとうございます』
やはり背中を向けたまま、女性は横顔向けると会釈して衣服を糾した。
「あまりストレスは溜めないよう、労働時間を守るようにしてください。無理はせず、定期的に休みをとるように」
『はい。ありがとうございます、先生』
「先生はよしてください。俺はまだ学生です」
『では、なんと御呼びすれば?』
「普通に名前で大丈夫です」
『承知いたしました。長瀬一騎様』
「……『長瀬さん』とかでお願いします」
『承知致しました。長瀬様』
引き攣った笑みを浮かべる俺に恭しくお辞儀をすると、女性は診察室を後にした。
「お大事に」とオクターブ高い声で見送ると、俺は座りながら目一杯に背筋を伸ばした。
「今日はこれで10人目か。流石に疲れてきたな」
腕や首を動かし筋肉を解していると、その時。
「長瀬!」
勢いよく扉が開かれて、俺と同じような白衣型の服を着た少女がズカズカと入ってきた。
彼女の名は北河優羽菜。
ポニーテールに纏められた長く艶のあるブロンドヘアを揺らし、碧眼の大きな瞳で俺を睨む。
「待合の患者さんは終わりよ。今のうちにお昼を食べましょう」
「ああ。他の皆は?」
「まだ帰って来てないわ。夜には戻るでしょ」
「じゃあ今日は二人だけか」
「ふ、ふた……そ、そうね! 今日は私とアンタの二人きりよ! 感謝することね! この私の手料理をアンタ一人で独占できるんだから!」
「独占はしないけど、北河のシチューは美味いから好きだよ。毎日でも食べたいな」
俺がそう言うと北河優羽菜は顔を真っ赤にソッポを向いた。なんだろう、怒らせることでも言ったかな。
目線を逸らしたままの北河と診療所の外に出れば、爽やかな陽射しが俺の体に降り注ぐ。
西洋の田舎町を思わせる雰囲気の表通り。粗雑な石造りの道路は少々歩きにくいが、趣きあって嫌いじゃない。
『先生!』
するとその時、今しがた治療を施した若い女性が駆け寄ってきた。声は慌てているようだが、見た目にはやはり冷静だ。
「だから『長瀬』でいいですって」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
北河優羽菜の青い瞳に睨まれて、俺はビクリと萎縮してしまう。
「それで、どうされたんですか」
北河は心配そうに女性へ声を掛けた。努めて冷静な表情からコクリと頷きで返される。
「実は、暴走した【AIVIS】が』
「またぁ?」
気怠げに溜息を吐いて、北河は額に手を当てた。そしてまた横目で俺を睨む。
「今日はアンタが行きなさいよ」
「え、俺?」
「アタシは昨日やったわ」
肩を竦める北河に言われるがまま、俺は診療所に戻り引き出しの中から蒼い手甲を取って戻った。
それは右腕を模った鎧。だが手甲と呼ぶには大きく厳めしい。
長い五指が錐形に尖るそれを、俺は白い制服の上から右腕に嵌め込んだ。
直後、右腕に装着した蒼い手甲が起動する。
「それで、暴走してる【AIVIS】はどこですか?」
『こちらです』
女性に先導してもらい向かった先には馬の形をした機械の獣が居た。
全身が鋼色の金属で覆われたボディ。前脚を高く上げて嘶き、闇雲に村の中を駆け回っては建物に激突している。
「あれは厄介だな……」
暴れ狂う機械馬の姿を前に、俺は冷や汗を額に滲ませ微苦笑を浮かべた。
『グルッ!』
と、その時。背後から獣の鳴き声が響いた。
振り返れば独特な形状をした蒼い動物型の機械獣が俺を見ている。
口端広がる面長な顔。一見すると犬や狼のようだが首は馬のように長く、まるでファンタジー映画に登場する西洋龍のよう。
四肢は虎のように太く、銀色の尾は先端が丸く膨らんで蛇を思わせる。
鋭い菱形の眼は宝石の如く無機質に輝き、それが蒼いボディと相まって冷たい印象を与えている。
この独特な形状の動物型はスカイライナー。頼れる俺の相棒だ。
「ライナ、あの馬を牽制できるか?」
『グルッ』
短く哭いて答えると、スカイライナーは凄まじい勢いで走り出した。さながら猟犬のような身のこなしで機械の馬を牽制する。
その隙に俺は暴れ狂う機械馬に接近して、すかさず腹部に蒼い手甲を触れ当てた。
バシュンッ、と小気味よい放出音と共に青白く輝く粒子が放たれて、機械馬の全身を包みこむよう広がりボディへ浸透していく。
そうして数秒後、機械馬は徐々に沈静化し機能を停止させた。
「ふうっ……終わりましたよっ!」
額に滲んだ汗を拭いながら言うと、周りで屯していた村の女性達から拍手が送られた。
それも皆、若く綺麗な女性ばかり。
『ありがとうございます、先生』
『流石がです、長瀬先生』
『素晴らしいです』
『感謝します』
四方八方から送られる称賛が照れ臭い。なにより俺はまだ学生だ。『先生』なんて呼ばれるような身分じゃない。
とはいえ悪い気はしない。どころかむしろ誇らしい。これだけ感謝され持て囃されることなんて、今まで無かったから。
「元の世界に居た時より、よっぽど機核療法士らしい仕事してるな……」
美しい女性達からの感謝と喝采を受けながら、俺はポツリと呟いた。
※この作品は小説投稿サイト【カクヨム】にも掲載しています。
※現在小説投稿サイト【カクヨム】にて新規作品を連載中です。良ければ御拝読ください。
〈新作小説〉
【アンドロイドの薬屋さん ~最近雇ったアンドロイドが可愛くて仕方ない~】
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