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「お待ちください! このあたりの山は深く、山に馴れた村のものさえ、迷う事が多い土地。今、お探しの方の特徴が分かる方が出て行ってしまわれたら、見つかるもの見つかりません!」
族長が必死に止めている。つまり族長より偉くて、行方不明になると厄介な人が、怒鳴っているのだ。
父上、その人達誰だよ……と思いつつ、カンニャンは声を張り上げた。
「もうし! 族長、山で男を拾いましたことを、報告いたします!」
「何だと!!」
思い切り声を張り上げた事で、彼女の声が怒鳴っていた男たちにも聞こえたらしい。
どかどかと足音荒く、姿を現したのは、族長の家の家人よりも、立派な生地と仕立ての服をまとい、それなりの装備を着た壮年の男と、若い男たちだった。
「その男はどこにいる! いいや、その男は剣と佩玉をお持ちだったか!」
「分かりません!」
壮年の男性が、カンニャンに掴みかからんばかりに近付いて、唾を飛ばす勢いで言う。それにのけぞりながら、カンニャンは事実を言った。
「子供たちの落とし穴に落ちていて、とりもちで服とか、張り付いて取れなかったんで、切り裂いてきたからわかりません! 穴を確認すれば、分かるかもしれないんですが」
「お前、そこに案内しろ!」
壮年の男性が命令に馴れた声で言う。そして若い男たちに、指示を出した。
「お前たちは拾われた男の元へ行け! 意識があったら確認しろ!」
「……気を失ってて、熱もあって、おまけにきっと疲れ果ててるから無理だと思う……」
「今何か言ったか?」
ぎろり。思いっきり三白眼で睨まれ、カンニャンはさすがにもごもごと口をつぐんだ。
この人怖いというか、威圧感が普通じゃない。あと怒鳴られると地味に耳が痛い。
「お待ちください! カンニャン、そこは近いか? 私も向かう」
「割と近いです、子供が往復できるくらいなんで」
族長が、さすがに怒鳴られまくる娘を庇うためか、変な事を言わないようにするためか、割って入る。会話ができる父親も一緒に来るらしい。それなら大丈夫だろう。
カンニャンは頷き、そのままその男性と父親を連れて、もう一度山の中に入った。
探す場所はわかっているため、後は橙色の紐を探せばいい。そんな簡単な事になっていたため、わなの場所はすぐに見つかった。
目的の穴を見た男性が、歯ぎしりせんばかりに言う。
「お前、かの人の服をあんなにずたずたにしたのか」
「子供たちの選んだ木の樹液、結構強いんですよ。羽が生えた蟲を捕まえておけるように」
「穴が深くて暗くて中が良く見えない。カンニャン、降りて探れるか? 衣類の切れ端と、見つかったら剣と、佩玉を持ってきてほしい」
「はい」
カンニャンは、村の倉庫から持ってきた長い縄を近くの木に縛り付け、これまた慣れた動きで降りて行った。
「このあたりの子供は、こんな深い穴を掘るのか」
「虫捕りの罠ですからね、深くする子は相当深く掘ります」
「あの方にもしもの事があったら、村はただでは済まさんぞ」
なかなか物騒な発言をしている男性。カンニャンは穴に残る服を、樹液から、死ぬ気で引っぺがし、その帯らしき細布に、何か堅いものが垂れ下がっていると気付いた。
よく分からないのは、穴が深くて暗いせいだ。
それとついでに、剣らしき棒も見つけたので、それを小脇に抱えて、彼女は上に上がって行った。
「……こんなのが、一緒にありました」
カンニャンがそれらを差し出すと、壮年の男性は目を見開き、それを恭しく受け取った。
佩玉は夜光の珠を使ったとろけるような輝きの、乳白色のものに、飾り紐は錦。
剣には金細工が付けられた鞘があり、それらは明るい所で見たら、カンニャンほどの村娘でも、価値が高い事が分かるものだった。
それを上から下まで眺めた壮年の男性が、ぼろりと涙をこぼした。
「よかった……見つかったのだ……よかった……!!!」
そして我に返ったように涙をぬぐった男性が、彼女に言う。
「子供、よく見つけて村まで運んでくれた。礼を言おう」
「……あんな赤剥けの男が、なんでこんな所に落ちてたんです……?」
さすがに気になって問いかけたカンニャンに、壮年の男性が言う。
「近くの湯治場に向かう途中、大きな蟲に襲われたのだ。よく整備された道だったのだが」
「……」
カンニャンは頭の中で地図を広げた。このあたりの湯治場。確かにあるっちゃある。
だがあのあたりでこの時期に、そんな大きな蟲が人を襲うだろうか?
滅多にないんだけれどな。疑問が頭を巡ったが、今は言わない事にした。
だが、湯治場という事は、あの男は治療のためにこのあたりに来ていたという事なのだろう。
「とにかく、見つかったのだ。無事なお顔を見なければ」
壮年の男性はそう言って踵を返した。
「よく見つけてくれた、カンニャン。お前は自慢の娘だ」
その男性に聞えないように、族長が彼女にその言葉をかけた。
そして村に帰ったところ、壮年の男性を探していたのだろう、若い男たちが、こちらを見て走り寄ってきた。
「雷公様! 大変です、あの方の側に、巨大な蜘蛛が居座って、近寄れないのです!」
「そんな物切り捨てろ!」
「この蜘蛛、信じがたいほどの身体能力を持ち……おまけに切ろうとすると、村の子供に石を投げられ……」
「ジィズゥに悪さするやつらは懲らしめろー!」
「村の仲間に意地悪するなんて、やっつけてやるー!」
「ジィズゥ、カンニャンの代わりに、怪我人の様子見てるのに!」
若い男たちが喋っている途中で、思い切り石が飛んでくる。当たるも当たらないも関係なく、投げられるだけの石を投げているのだ。
族長がそれをしている子供たちを見て、大声をあげる。
「お前たち! お客様だ! すぐやめなさい!」
「あれ、族長だ」
「なんでジィズゥみたいな村の仲間より、意地悪男たちの方につくの?」
「お前たち……あのな、この方たちは、探している人がいて、その人かどうか確かめたかったんだ」
「だってなぎなた持ってジィズゥ切ろうとしたんだよ!」
「そうだそうだ! カンニャンに様子見ててって言われてたはずのジィズゥは、何も悪さしてないのに!」
子供たちが回る口でまくしたてた時だ。いろいろぶるぶる震えて、怒りで顔を真っ赤にしていた壮年の男性……雷公という男が、怒鳴った。
「ええい、たかだか蜘蛛と子供に情けない! わしがその蜘蛛を退治する! あの方のもとに、そんな怪しげなものを置いておくわけには」
「その人、ジィズゥが見つけたんだけど」
「……は?」
カンニャンがぼそりと言うと、雷公が黙った。そして彼女の方を見るため、カンニャンは事実を伝えた。
「私が見つけたんじゃないんですよ、ジィズゥ……蜘蛛が、穴の側で、なんとか人を助けようとして、一匹ではうまい事行かなかったから、私を待ってたんです」
その人を持ち上げる時に、使ったのだって、ジィズゥの糸で出来た縄です。
カンニャンはこれ幸いと、黙りこくった男に食ってかかる。
「あなたたちのいう恩人は、誰よりもその、大きな蜘蛛! これ絶対! なのに切り捨てるとか、怪しげとか、ジィズゥを何も知らないのに、好きかって言うな!!」
女の子供に思いっきり怒鳴られた男は、目を丸くした後、怒りを引っ込められず、歯ぎしりしたものの、それ以上怒鳴ったりはしなかった。
理性と分別はある程度あるらしい。
そして困り果てた顔をして、族長が言った。
「カンニャン……」
「はい?」
「都やふもとの村や町では、ジィズゥみたいな大きな蜘蛛は、それはそれは怖がられるものなんだ。うちの家内や娘たちも怖がるだろう?」