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「はい、今日はイナゴの炒め物ですよ。カンニャン様は蚕小屋に貯めている食料はどうしてます? 切らしてませんか?」


「うん、まだ大丈夫。米も餅もあるし、虫はジィズゥがとってきてくれるもの」


「そうですか。ほら皆、汁物だよ!」


そんなお喋りをしながら、カンニャンはたきぎをかまどにくべていく。おばさんは汁物の入った鍋をかき回して、野草のごった煮汁を作っていく。


「そうだ、今度子供たちに、カンニャン様が見つけた塩の場所を教えておいてください。カンニャン様が忙しい時に、子供たちに塩を取りに行かせたいんで」


「ああ、じゃあ子供たちが暇になったら教えに行くよ」


岩塩をおろし金でがりがりと削るおばさん。それをひと回しして、味見をし、おばさんは頷いて汁物の鍋を、使用人たちが集まる卓の中央にどんと置いた。

お玉も添えられ、使用人たちがわらわらとそれを各々のお椀に注いでいく。皆木彫りの、質素な器だが、この村で木製以外の食器は滅多にない。

カンニャンも彼等と一緒に、汁物に手を出す。色々な食べられる山の草がたっぷり入った汁物は、それだけでも十分においしい。それに、取ってきたもので毎回味が少しずつ違うので、あきたりしないのもいい所だ。

カンニャンが女性の集まる卓の中で、使用人たちと混ざって、汁物と粟や稗と言った雑穀の食事をとっている間、背中の蜘蛛はじっとしている。そしてここにいる誰も、大蜘蛛を見て悲鳴をあげないのは、これが日常の風景だからであった。

そしてそれなりに食べたカンニャンは、交代で食事を始めたおばさんに代わり、今度は井戸へ異母姉たちが使う風呂のための、水を汲みに行く。井戸水には塩気があるから、といって異母姉たちや夫人たちは、川の水でなければ湯あみに使いたくないと我儘を言う。

そのため、重い水瓶を担いで近くの川に、水を汲みに行くのはカンニャンの仕事の一つだ。

元々他の女性よりもずいぶんと力のあるカンニャンは、日ごろからそう言った手伝いをしてきている。それに不満は特にない。

自分は母がいないから、こうした扱いになるわけだが、継子いじめに似たものはどこにでもあるし、自分は村の誰もが優しくしてくれるから、大した事じゃないのだ。

水瓶に一杯の水を入れて、それを担いで四合院に戻ると、湯殿の方から何やら言い合う声がする。


「私が初めに入るのよ!」


「お姉様は昨日も一番だったわ!」


「あなたたち、私に譲ったってよろしいじゃないの!」


どうやら風呂に入る順番で争っているらしい。これはさっさと水を運ばねばなるまい。

争いの声が大きくなりすぎる前に、カンニャンはいそいそと風呂がかりと目くばせをして、風呂を沸かす支度を始めた。

風呂がかりは、足を痛めてあまり酷な仕事が出来なくなった老人である。山に詳しいのだが、自身はもう何年も山に入っていない人だ。

そして最適な湯加減を極めた爺様であるため、爺様は族長卓の風呂がかりを止められないわけだ。


「いつもありがとうございます、カンニャン」


「いいよ、水足りる?」


「これだけあれば足りますよ」


「じゃあ後はよろしくね」


「ええ。カンニャンもお風呂に入ればよろしいのに」


「川で体洗うだけでいいかな」


「そうか、そうだ、今でも沸いているかわからないが、山のいい所に、温泉があるんだ。場所を教えてあげよう」


「わあ、いいの? 最近水風呂もいいけど、お湯にゆったりつかるのもいいと思ってたんだ。子供たちも、温泉体験させたら喜びそう」


「そうかいそうかい、この山のこのあたりに……」


そう言うと、爺様は手のひらを上にして、指でたどっていく。これはこのあたりの山の位置などを教える時に、よく使う仕草で、それを読み取れないカンニャンであるわけもない。

そのため場所を覚えて、意外そうに言った。


「意外と村に近いのに、誰も見つけてないの?」


「山でも、慣れた場所を少し離れると、まるで違うからな。皆道に迷うのが怖いから、見つからないんだろうて」


言いつつ、爺様がお湯を沸かし始める。いつ見てもあっという間に火を熾し、準備を始めるから大したものであった。

それをちょっと見てから、明日も早いのだからもう小屋に戻ろう、とカンニャンは歩き出した。

蚕小屋の中は静かで、もぞもぞと動く気配があちこちから感じられる物の、何という事はない。ただ彩燦蚕たちが、繭を作りながら、もぞもぞと身じろぎしているだけの事だ。

それを確認し、カンニャンは小屋の隅の莚に転がって、上から莚をひっかぶった。

背中にいたジィズゥはその間に速やかに離れて、カンニャンの脇でじっとする。大蜘蛛も休むのだ。


「お休み、ジィズゥ。明日は山に入ろうね……」


かちかちり。返事をした音を聞きつつ、カンニャンは夢の中に旅立って行った。




早朝、それも夜明けかどうかぎりぎりの時間に、カンニャンは起きだした。早く起きないと、山に入る時間が短くなってしまうのだ。彼女は起き上がり、目をこすり、髪の毛をざっとまとめ上げると、そのまま山に入るための背負子などの確認を始めた。顔は洗わないのか。と思うのだが、カンニャンからすれば


汚れるのに顔洗ってどうすんの


という返事が返って来るだろう。山に入る時に、カンニャンはあまり顔を洗わないのだ。

背負子、なた、頑丈な縄、それから山で食べるための餅。竹で出来た水筒。山であまり荷物を持つのは得策ではない。身軽でなければ逃げられないものも、山にはたくさんいるのだから。

いつも山に入る時の装備をあらかた確認したカンニャンは、その間に、小さな桶に水を汲んできてくれたジィズゥに言う。


「いつもありがとう、助かる」


なにをこれくらい、大した事じゃねえだろ、と言いたそうに、大蜘蛛が顎を鳴らした。カンニャンは桶から水を汲み、水筒にいれて、お湯を沸かし、とりあえずお茶を飲んだ。

こんな山の中でも、お茶に対する格言があり


「お茶を飲み忘れたら、三里戻ってでも飲め」


というなかなかな格言があるのだ。そのためこの村で、朝からお茶も飲まずに仕事をする人間はいない。

ジィズゥはお茶は嫌いなので、その相伴にあずかる事はない。カンニャンはとりあえずアツアツのお茶を飲み干し、靴を確認して立ち上がった。

ひょいと彼女の体と比べても明らかに大きな背負子を背負い、蚕小屋の中を確認して、彼女はそのまま村はずれの蚕小屋から、山へと昇って行った。





成果は上々だった。一日で穴あきの、つまり中身が飛び立った後の繭を七つも見つけられるのは運がいい日で、カンニャンはしめしめ、と思いながら昼過ぎの山を下りていた。そろそろ帰り道を行かねば、帰るころには足元も見えない位真っ暗闇だ。

山で夜を明かすのはいい事じゃないし、もしもの時には誰も助けてくれない。まあジィズゥがいるから助けてはくれるが、限度という物があるのだ。

カンニャンは休憩中に焼いた餅を片手に持ち、もしゃもしゃと食べながら、今、子供たちの罠があるほうを目指していた。

子供たちの足で行く距離なので、カンニャンが歩き回る範囲よりはずっと村に近い場所に、彼等はとっておきのわなを仕掛けたのだ。

落とし穴に粘度の高い樹液を落したそれは、子供でも作りやすく、虫が引っ掛かりやすいわなだ。

昨日子供たちに頼まれていた以上、カンニャンがそれを確認しないで、村に戻るなんてありえない。

だが今日は思ったよりも、霧が晴れなかった。こんな日になるなんて思ってもみなかった、と言えばカンニャンが甘かった事になるわけだが、事実そうなのだから仕方がない。


「このあたりにしかわなを張らないはずだから、……このあたりに目印があるはずなんだけどなぁ」


カンニャンはそんな事を呟きつつ、がさがさと茂みを、音を立てて移動する。音を立てて移動した方が、虫除けになる場合とならない場合があり、霧が深く視界があまりよくない状況に陥ってしまったカンニャンにとって、音を立てて獣除け、虫除けをするのは仕方がない事だった。


「ねえジィズゥ、どっちだと思う?」


カンニャンは困った時の兄弟分、生まれる前から一緒だったと言っても過言ではない幼馴染蜘蛛に問いかける。そこでカンニャンは、足元で誘導していたはずの蜘蛛が、どこにも見当たらない事に気が付いた。

ざああ、と血の気が引くとはまさにこの事だった。どうしていないの、なんで、どこに行ったの。

こんな霧が深い時に、自分を置いて帰っちゃったの。そんな事が頭をよぎる。

しかし山育ち、山の村で生活するカンニャンは、こんな時でも泣き叫んだりしないのだ。

彼女はまず大きく息を吐きだし、周囲を見回し、その場に座り込んだ。

そして手持ちの物を一から確認した。なた、野蚕の繭、ジィズゥお手製の縄。それらが入れられた背負子と、手持ちの食料と水筒。

一日はしのげる量だと判断すると、だいぶ混乱や恐怖も落ち着いてくる。とにかくこれ以上進むのが危険だと判断したなら、これ以上進まず、落ち着いて夜を明かすのが先決だ。

村の女だったらほとんどが持っている火打石と火打ち金を確認し、この霧ではたして火が付くか怪しいが、火をつけようとカンニャンは落ち葉などをかき集めた。その時だった。


「おい」


カンニャンは前方の霧の中から、とても唐突に現れた誰かに、声をかけられた。


「……だ、だれ」


山を歩くごろつきだったら厄介だ、相手の隙をついて逃げなければ。ここにジィズゥがいないのだから、相手を撃退できるとはいいきれない。

そんな時に相手を怒らせたりして、何かあると大変だ。その程度の考えはすぐに浮かび、カンニャンは逃げ出すために背負子を背負いなおしているふりをしつつ、そっと相手との距離を測った。これなら走って逃げられる。蟲より人間の方が恐ろしいのだと、十三の娘はもうとっくに知っている。


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