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そして夕方である。そろそろどこの家も夕飯の支度をしているからだろう、蚕小屋の開けられた窓からも、炊事の煙が見えている。

少し寝すぎたか。そんな事を思った物の、おてんとうさまの位置を見るにそこまでではない。

なら大丈夫。カンニャンは起き上がり、それを察知したジィズゥが彼女の背中によじ登る。先ほどまで、何かを食べていたのだろう。顎のあたりに蟲の破片がついている相方の顎をちょっと払って、カンニャンは立ち上がる。


「たきぎいるかな。今日異母姉さんたちは、風呂の日だっけ?」


覚えてねえよ、と蜘蛛が呆れたように顎を鳴らす。蜘蛛に風呂など関係ない。俺に聞いてどうする、とでも言ったところか。


「まあ、たきぎ持って行って、夕飯出してもらえないって事はないし。持って行こ」


カンニャンはそう言い、蚕小屋の窓を閉めて行く。この村で彩燦蚕を盗む不心得者はいないが、窓から肉食の何かが入ってきて、繭を台無しにする事はある話だ。

戸締りはきちんとしましょう、それは子供の頃から、カンニャンが躾けられてきた事でもある。

蚕小屋の戸締りをきちんとしてから、カンニャンはそのあたりを少し歩く。飼育の都合でどうしても、カンニャンの蚕小屋は村はずれだ。だからそのあたりを歩けば、枝はそれなりに見つかるのだ。

それらを打ち合わせて、乾ききったのだけ選んでいく。たきぎはどこの家のお夕飯をご馳走になる時に持って行っても、喜ばれるものだ。第一夫人の機嫌によって、食事をもらえない事もあるカンニャンは、それをよく知っていた。

そして一抱えほどのたきぎになる、枝を拾ったカンニャンは、その足で村の中央である、族長の家まで歩いて行った。

朝から歩き通しだったのだろう、男たちがつぎつぎ四合院の中に入っていき、出て行く。疲れた男たちは、いったいこんな時間まで、何で人探しをしなくちゃいけないのだ、と言いたげな背中をしている。

声をかけても、事情なんて話してもらえないんだろうな。

女は関係ない、まして蚕の世話係の娘には。と時折言われる事もあるため、カンニャンは、族長が教えてくれない事なら、聞かない事にしていた。知らない方がいい事も、この世の中にはいっぱいあるのだから。

それに、村の誰もが知っていた方がいい事だったら、父の族長が、村人を集めて教えてくれる。そこにカンニャンを仲間外れにするという事は、まずありえないのだ。村の一員なのだから。


「あ、カンニャン!」


だが男の中でも例外はいる。そう、今年成人を迎えた若者とかは、カンニャンを女だからと言って仲間外れにしようとしない。

それは彼女にかなわない事がいくつもある事、そして彼女の背中の大蜘蛛に、命を救われていたりするからだ。

声をかけてきた、今年十六の若者も、そんな一人だ。


「ボーラオ。そんなに泥まみれになってまで、人探し?」


「母ちゃんたちの耳の速さはさすがだよな。うん。人探し。すげえ大変なの。俺ら若いのにも教えてくれないんだけどさ、カンニャンにならいいよな。俺らが知ってる事くらいは」


長男という意味であるボーが頭につく字の幼馴染の一人は、声を落す事もなく言う。


「なんか、その探している人は、そりゃ俺らでもわかる位、豪華な佩玉と、剣を持ってるらしいんだ。きっとそれを盗まれたえらい人が、滅茶苦茶怒って探してんだろうな」


「豪華な佩玉ってどんなの」


「剣に興味がない所が女だよな、カンニャンも。なんかな、都の方で取れるっていう、夜光玉を使って、金の細工が周りを縁取ってて、飾りの紐も色とりどりの錦の組み紐だってさ。そんなの、このあたりの村の祭りとか集まりとかでも、えらい領主さまだって、持ってないだろ? ぜーったい都で盗んできたんだって」


誰かに話したかったらしい。ボーラオが手を振り回して説明する。うんうんとカンニャンも同意して頷いた。

確かにそんな物、このあたりで作られるわけのないものだし、そう簡単にお目にかかるものじゃない。それを目印にしたら、結構早く、その誰かも見つかりそうなんだが。


「そんな目立つ飾りを持っているのに、その探してる盗人は見つからないの」


「もう、ぜんっぜん! 匂いを探してって犬蟲に父ちゃんとか言ってたけど、犬蟲も見つけられねえの。なんでかな」


「それでこんな時間まで」


男たちがへとへとになって、苛立ちながら族長に報告に来るわけだ。

普通だったら犬蟲が、探し物をこの時間まで見つけられないなんて、あり得ない。

その盗人がどんな状況で、この山に入ったのかは知らないが、このあたりの犬蟲の嗅覚は鋭いものがあり、探し物を見つけられない事などまずない。

それなのに見つからないとは、その盗人はよほど山に馴れていて身を隠す事が上手なのだろうか?

カンニャンが心の中で疑問に思っていても、それを口に出さなければ相手には伝わらない。

ボーラオはというと、疲れ張った愚痴を聞いてもらいたかったらしく、まだ愚痴は続いた。


「だから今日の男たちは皆、腹がぺこぺこ! 皆そんな分かりやすく、山にそぐわない奴なら、見つかるのもすぐだって思ってたのにな」


「そっか」


「カンニャンも明日とか明後日とか、山に入る? だったらいちおう、そんな探し人がいるの覚えててくれるか? もしそいつがカンニャンに襲い掛かってきても、ジィズゥが守ってくれるだろ」


「うん、見つけたら適当に縛って引きずって来る」


「なんだよ、カンニャンも山の人探しするのか?」


割と真面目な声で返したカンニャンに、かかる若い男の声。

声をかけてきたのはボーアイである。ミーフェン婆さんの家の一番上の孫だ。この若者の家の蜜蜂の巣の周辺で、草が生い茂っているからそんな字なのである。

気性はわりと穏やかでもある。


「探さないけど、ほら、私は野蚕の繭を探しに、山入るから。一応見つけた時のためって事で、ボーラオが教えてくれた」


「まあ、確かに。カンニャンがもしも、気の荒い盗人に知らないで鉢合わせたら、大変だもんな」


「主に盗人がな」


「それって私の心配じゃなくて、盗人の心配なんだ」


「だってジィズゥがいるから、カンニャンって心配しなくてもいいし」


「ジィズゥの噛む毒って、めっちゃくちゃ腫れたりするだろ。相性の悪い蟲は即死するじゃないか。噛まれたら一時的に体動かなくなるだろ、あれ」


「おれら九つの時に、解熱の薬の代わりに、噛まれたよな」


「あの歳いらい、俺ら滅多な病気にかからなくなったよな」


懐かし気に頷き合う若者たち。確かに事実、解熱の薬が村で底をついた冬、材料も山に取りに行けなかったあの年は、ジィズゥに噛まれた子供が多かったし、その子供たちはそれ以来滅多な病気にかからないし、毒で腹を壊す事もなくなったわけだが、村の女友達の心配よりも、不意に現れただろう盗人の心配とは。

私そんなに心配しなくてもいい、と思われているんだろうか……と遠い目になりかけたカンニャンであった。

しかし、彼等はこれから家に帰って空腹を癒すのに対し、カンニャンはここでたきぎと交換に夕飯である。

成果が上がらなかった若者たちを、これ以上引き留めるのもなんだか悪い。彼等はこの時間まで働きづめで、山を歩き回って、見つかるあてのない盗人を探し続けていたのだ。

早く体を休めて空腹を満たしたいだろう。


「じゃあ、わたしはこれから夕飯をもらうんだ。二人も家に早く帰りな」


「そうだな、かーちゃん達だって心配してるかもしれないものな」


「うちはばあちゃんに根掘り葉掘り聞かれるのが心配だ、俺ばあちゃん相手に黙ってられっかな」


「でも絶対に秘密にしろっては言われてないから、いっても大丈夫じゃねえか?」


「馬鹿言うな、えらい人があまり吹聴するなっていうって事は、あんまり話を広めたくないって事だ。もしかしたらいらない火の粉を被るかもしれないだろ」


「ボーアイは思慮深いよな」


「お前たちが暢気すぎるんだ。全く」


そんな事を言いながら、彼等は片手を軽く上げて、族長の四合院から去っていく。

それを軽く手を振って見送ったカンニャンは、何か言いたげなジィズゥに言う。


「大丈夫だって、もしもの時は私だって盗人一人くらい相手にできるし、ジィズゥがいるのに私が危険な目にあう事なんてないでしょ」


蜘蛛はその言葉に満足した様子で、あまり身じろぎをしなかった。

カンニャンはたきぎを抱え直し、使用人たちが炊事をしている入口に近い建物に入って行った。


「おつかれさまー。たきぎ持ってきたから、ご相伴させてくれる?」


「ああ、四番目のお嬢様。大丈夫ですよ。何時もたきぎをありがとうございます。他の三人のお嬢様たちは、たきぎ拾いもしないし、家の中で好きに刺繍をしているばかりなのに、カンニャン様は働き者で。全く、こんな村で水くみもしないで、女の仕事も覚えないで、他の村に嫁に行った時に苦労するって、どうして奥方様たちは教えないのでしょうね」


「まあまあ。奥方様たちが己の人脈を駆使して、いい嫁ぎ先を異母姉さんたちに見つけるでしょ、私はほら、カンニャンだから」


「いくらカンニャンという物が、女としての仕事を覚える事を棄て、死ぬまでお蚕様のために尽くす役割だからと言っても。落差が激しすぎますよ」


ぶつぶつ言うのは長年族長の家で料理を作っている、第一夫人が婿をもらう前から働くおばさんである。色々言いたい事はあるものの、第一夫人の前で言わない分別はある、賢いおばさんだ。

そして、早いうちに母が行方不明になったカンニャンに、優しくしてくれる一人でもある。


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