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「なんで? 昼は遊びに行けたじゃない、昨日まで」


カンニャンの口から疑問が出て来る。それを聞き、老婦人が言った。


「男たちは女たちに、関係ないって教えてくれないんだけどね。うちの嫁が、少し聞こえたらしい話によれば、なんでも誰かを探すために、このあたりの山村の男たちを、ありったけかき集めているらしいんだ、えらい人が」


「だから夜明けのあたりから、男たちが犬蟲連れて準備してたの? 変だと思った。だってこの時期は良い繭を作ってもらうために一番大事な時なのに、男たちが仕事放り出して山遊びなんて、あり得ないから」


カンニャンは合点がいった。なるほど、人探しをしているから、このあたりの山に馴れた、男たちが探しに行ったのか。

犬蟲を連れているという事は、なかなか見つからないのだろう。

犬蟲の嗅覚は、そこら辺の獣をはるかに超えるくらい鋭いのだ。

本物の犬なんて、このあたりの山では見た事がない彼女に、比較はあまりできないのだが。


「だからその誰かが見つかるまでは、畑とかは子供たちにたくさん手伝ってもらうのさ。なあに、いざとなれば秘蔵の蜂蜜で誤魔化す」


老婦人が頼もしい事を言う。確かに、遊びに行けないでずっと働くなど、子供たちは不満たらたらだろう。それもこの時期は、虫取りも魚取りもし放題な温かい季節だ。

人喰いの獣や虫に会わない限り、山で遊び放題の時期に、延々蚕のお世話のだめに、桑の世話。

この時期は遊びたい子供たちへの報酬として、老婦人の蜂蜜は効果抜群に違いない。何せこの村に砂糖はほとんどない。甘いものと言ったら花の蜜と甘い蔓の液、それから蜂蜜なのである。


「ミーフェンさんの蜂蜜、とびっきり美味しいものね」


ミーフェンさんがそう言うなら助かる、とご婦人たちが頷いた。


「子供たちが素直に言う事聞く時って、だいたいミーフェンさんの蜂蜜狙いだものね」


「おやつに蜂蜜餅を出してやるって言ったら、子供たちは素直になるだろうよ、なにせ祭りの時くらいしか食べられないものを、食べられるんだからね」


いっひっひ、と笑う老婦人……ミーフェンであった。


「私も手伝っていた方がいい?」


蜂蜜餅か、それは私でもとっても魅力的だ、ぜひ手伝いたい。

そんな下心満載で言ったカンニャンをみて、ご婦人たちはとんでもない事を言いだした、という目をした。


「やめてくれ、あんたがこの時期に、山から探し出してくる野蚕の繭で、子供の正月用の衣装を仕立てるんだよ! 今年は新しい衣装がないなんて言ったら、子供たちがかわいそうじゃないか」


というご婦人もいれば


「うちはいい小遣い稼ぎになるから、娘が喜んで手伝ってくれるんだよ、その材料が今年はないなんて言ったら、娘がふもとの村に嫁に行くなんて言い出しちまうだろ。ただでもふもとの栄えた村に、あの子は憧れがあるんだから」


娘には婿を取りたいと、常々言っているご婦人も言い出す。


「あんたみたいな、山に一人で登っても大丈夫なのがいないと、困るんだよ!」


「正月の衣装のために、頼りにしてるんだからね」


その他にもご婦人方は、そう主張してきた。

ばしんと肩を叩かれたカンニャンは、よろめきかけながら照れて笑った。

こうして、自分がいなくちゃだめなのだ、と言ってくれて、可愛がってくれるご婦人方が、カンニャンにとっては、母親のようであり、おせっかいなおばさんのような存在なのだ。

ちなみに背中を叩くのはありえない。カンニャンの背中には大きな蜘蛛であるジィズゥが居座っているのだから。

そんなやり取りを、こいつらまたやってるぜ……と言いたげな目をしている蜘蛛であった。

なかなかに働き者であるカンニャンは、女の仕事はほとんどまともにこなせない物の、こう言うご婦人方に大変頼られているため、たとえ家の女主人たちに嫌われていても、生活できるのであった。

さて、今日は蚕の世話とそれから桑の世話と、それくらいだな。

カンニャンが銀月蚕のための餌である、桑を刈りながら、空を見上げると、空は大体青かった。




「カンニャン!」


昼の仕事もあらかた片付け、さて彩燦蚕の様子を見に行くか、そうしたら昼寝をしようと考えたカンニャンが、桑畑から出て来ると、待ち構えていたらしい子供が数人、彼女に群がってきた。

皆顔見知りで、カンニャンもおむつの面倒を見た事がある子までいる。


「どうしたの」


「あのさ、彩燦蚕の営繭始まったから、カンニャン山に入るよね」


口を開いたのは、ミーフェンの孫であるフェンだ。フェンというのは、このあたりでは割とありふれた名前でもある。蜂を意味する名前である。

この子そう言えば、わな仕掛けてたって言ってたよな、とカンニャンが思い出していると、フェンが言う。


「お願い、カンニャン、おれの代わりに、わな見て来てよ」


「明日でいいか?」


「今日は頼まないよ。だってもうこんな時間だもの、カンニャンこの時間から山には入らないでしょ」


「山に入ったら時間があっという間だから、入るとしたら朝っぱらからだもんな」


頷く別の子。皆カンニャンが、どの時間に山に入りだすか、知っている子供である。

村の大体の子供たちと、カンニャンは仲がいいのである。


「わかった、明日の朝いちばんに山に入るから、どのあたりにわな仕掛けたか、教えてくれる?」


カンニャンが断らない、とわかった子供たちの顔が輝く。


「やったあ、明日のおやつ!」


「おやつじゃないだろ、でっかいのがかかったらお夕飯だ!」


「おれ油いためがいい」


「母ちゃん、時々僕らのわなの獲物、期待してるよねー」


「でっかいの時々かかるもんな」


「魚もいいよね、そうだ皆で、お昼寝終わったら魚釣りしようよ!」


「やろうやろう!」


わちゃわちゃとしている子供たちは平和そのものである。だからカンニャンは目を細めて、可愛い子供たちを見守った。気分は年の離れた姉である。

どっちかというとと、言うまでもなく、カンニャンは三人の異母姉たちよりも、子供たちと仲がいい。

それは仕方がない事だ。彼女たちの母親が、カンニャンの母を敵対視して、その子供であるカンニャンまで忌み嫌っているのだから。

それなのに、その娘たちが仲良しこよしになれるなんて、そういう事は滅多にないわけであった。


「そうだ、皆も彩燦蚕の繭見に来る?」


カンニャンがふと思って言うと、子供たちは顔を見合せて、ぶんぶんと首を横に振った。


「母ちゃんたちに、繭作ってる時は、彩燦蚕の近くに、泥だらけのお前たちが近寄るな! って言われてるからいい」


「繭が出来上がったら見せてもらう! だってカンニャンのお世話する彩燦蚕、村一番、ううん、このあたりの山一番のきらきらした繭なんだもの!」


「そっか、ありがとう」


褒められて悪い気はしない。とにかく、カンニャンはフェンたちに、このあたりのどこの山の、どのあたりにわなを仕掛けたのか、そしてわなの目印は何なのか、ちゃんと聞いてから、そこを後にした。

子供たちはこれから、昼寝の場所を決めるらしい。季節がいい時、子供たちは大体、皆で固まって、ちょうどいい木陰で寝るのだ。仲良しな事に。

たまに喧嘩している時もあるが、喧嘩しても昼寝の場所は一緒というのが、ちょっと微笑ましいカンニャンであった。




「ええっと、そろそろ窓を開けて風を通して……」


彩燦蚕の蚕小屋に戻ったカンニャンは、室内の湿度が、少し高いなと判断した結果、小屋の窓を開けて行く。

それから、繭がきれいに作れるように、つるされたまぶしを回転させる。丈夫に作ったまぶしのための滑車などは、彼女の力があれば、くるりと回るのだ。

多少回転させた方が、良い繭に仕上がる、と経験からわかっているカンニャンは、一つ一つまぶしの様子を確かめつつ、それらを回していく。

そして、そこでようやく、蚕小屋の床を見回した。


「昼寝はここの掃除をしてからだ……」


床には、薬の材料として重宝される、彩燦蚕の糞がたっぷり落ちている。

それを掃いて集めて、いつも詰めている袋に詰め終わってから、カンニャンは蚕小屋の隅に座り込み、壁に体を預けた。


「ジィズゥ、私ちょっと寝るから」


背中の蜘蛛は慣れたもの、すでに彼女の背中から離れて、彼女の近くにじっと座ってる。

その複眼はゆっくり休めよ、と言いたげな優しいものだ。


「うん……」


力仕事も多い彼女の仕事の大変さを、この蜘蛛はよく分かっている。分かってもらっているし、それだけでほっとする。

一番信頼している相手がそばにいる安心も伴い、カンニャンはとろりとした昼の眠気に身をゆだねた。


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