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「ああ、二人ともちょうどいい所に、ちょうどいいくらいの葉っぱを! ユイイーはそっちの箒で、糞をはいてくれ。カンニャン、あんたは蚕を持ち上げたりしてくれ!」


「はいよー」


重たい作業をしていた婦人が、カンニャンを見たらこれ幸い、と仕事を頼んでくる。

女だが、結構な力持ちのカンニャンは、重たい蚕の死骸や、病気になった物を運びだすのに役に立つのだ。


「おばさん、彩燦蚕が繭を作り始めたから、しばらくは私、山に入ったりこっち手伝ったりするからね」


「ああ、そうか! じゃああんたに、子供たちの面倒を頼めるね」


他の、蚕を同じように運んでいた婦人が言う。ユイイーと同じように、糞を箒ではいて掃除して、集めていた子供が言う。


「カンニャン、山入れるようになったの? 彩燦蚕が繭を作り始めたから」


「そうだよ、だからしばらくこっちの手伝いだってできる」


具合が悪くなり、もう育てられない蚕を数匹小脇に抱えたカンニャンが言うと、子供が言った。


「後でお願いがあるんだ、皆のお願いだから、聞いてよ!」


「カンニャン山に入るの? だったら聞いてよ聞いてよ!」


彼女がしばらくこちらの仕事の手伝いをすると聞いた子供たちが、わらわらと集まって来る。それを見たご婦人がぴしゃりと


「あんたたち、まだ桑取終わってないでしょうが! 銀月蚕がお腹空かせるでしょう! 今一番、銀月蚕はご飯を食べる時期なんだからね!」


ご婦人にぴしゃりと言われた子供たちが、ちょっとカンニャンを見る。お返事して、と言いたそうな顔たちだ。


「できる事ならなー」


だからカンニャンはそう言って、村のはずれにある、蚕を置く祭壇の方に、もう育てられない蚕を運んで行った。

村のはずれの祭壇は、昔から、蚕の死骸だったり、病気で育てられない蚕だったりを捧げる所で、お蚕様のやしろ、と村では言われている場所だ。

そこに蚕を置いておくと、次の日には跡形もなくいなくなっているため、きっとお蚕様が天に昇って行ったのだ、と村では言われるようになった場所だ。

そもそもはじめは、そこに莚を並べただけの場所だったが、今ではむしろは祭壇になり、それなりに立派になった場所でもある。

蚕を育て、それで食っている村にとって、蚕はお蚕様であり、神様からの贈り物でもあるのだ。大事に敬う物でもあった。

そのために、こう言ったものが出来上がるのは、自然な成り行きだっただろう、とカンニャンなんかは思っているわけである。

彼女がえっちらほ、と脇に抱えていた銀月蚕を祭壇の方に乗せた時、背中でがちがちと、ジィズゥが顎を鳴らした。誰か、あまり歓迎したくない相手が近くに来たのだろう。

誰だろう。まあジィズゥが知らせてくる人はだいたい決まっている。

そんな事を思い、振り返ると予想通りの人が、そこに立っていた。


「こんにちは、ヤァ夫人」


「何がこんにちわですか! こんな所で油を売っていないで、お前はさっさと仕事をしなさい! ぐずぐずするんじゃありません!」


いや、私たった今まで蚕を祭壇に運んでいたんですけれど、という主張はここでは通用しない。ヤァ夫人は若い頃は、このあたりの村の中でも随一の美しさだった顔を、きっときつくして睨んでいる。

まあそれも仕方がない。カンニャンは彼女が、自分を毛嫌いしている理由をわかっていたし、それもまあ仕方がないと割り切る程度には、成長していた。

ヤァ夫人は、族長……つまりカンニャンの父の第一夫人なのだ。つまり正妻。一番偉い奥様である。

彼女が若い頃は、つまり夫の族長も若い頃である。彼女の家に族長は婿入りし、数年彼女に子供が出来なかったため、第二夫人に第三夫人に、そして第四夫人のカンニャンの母まで娶ったのだ。

そしてカンニャンの母が、妊娠したのはなんと一番初め。

この事で、第一夫人だったヤァ夫人の面目丸つぶれ状態になり、彼女の行き過ぎた嫉妬の結果だろうか? 妊娠した子供が、十月十日で生まれて来る事はなかった。

まあ第四夫人ともなれば、優雅に家の中でだけ生活するわけにもいかなかったし、カンニャンの母は体が丈夫なのを見込まれて第四夫人になった身の上だ。

あれをしろこれをしろと、他の夫人にこき使われていたのも事実だ。

結果、色々なものに耐えかねた母は一度、山に逃げたらしい。

だが山に逃げた母が帰ってきた時、膨らんでいたお腹はへこみ、しかし母は赤ん坊を抱えていなかったという。

そのためおそらく、子供は死産だったのだろう、というのが村の大人たちの判断だ。死産した子供を、母が山に埋めただろう事を、責める大人は当時いなかったという。

それくらい、母をいびる他の夫人たちのやり方は、うっすらとそれらを察していた村の誰もが眉をひそめた事だったとか。

だが族長の婦人たちに逆らえるわけもなく、村の大人たちは庇ったりできるところでは庇っていたものの、表立って守る事は出来なかった。

大人たちは、カンニャンにそれを教えてくれないので、推察していくしかないが、だいたいの流れはこんな感じだろう。

第一夫人は、この事……つまりカンニャンの母が一番に子供をはらんだ事……に未だ嫉妬し、それからカンニャンの母がまた妊娠して、今度は無事に生まれたカンニャンに、きつく当たるわけだった。

子供の頃から、こんな感じで、色々言われたり命令されたりしてきたカンニャンは、この扱いに慣れている。

第一夫人が一番に子供を産めなかった事が、どれだけ悔しかったかわからないが、こういう事をしたくなる程度には、悔しい事なのだろうな、と思う事にしている。

父は婿入りした身の上であるため、第一夫人には強く言えない。そのためカンニャンの扱いが悪くても、あまり口を出せない立ち位置だ。

それに、第一夫人の立場が、第四夫人より上なのは常識だ。その第一夫人は家の中でも力を持っているものだし、第四夫人が大変な目にあうのも、その子供がいろいろいじめられるのも、まあよく聞く話だ。

だからカンニャンは、取り立てて自分が不幸だと思った事はない。

村の人たちはそれなりに付き合っているし、子供たちはカンニャンと慕ってくれる。彼女にしかできない仕事もある。それに何より、他の夫人の娘たちにはいない特別な存在である、ジィズゥもいる。

ジィズゥがいるだけでおつりがくるくらいだ、と思っているカンニャンは、ヤァ夫人に歯向かうなんて面倒な事はしないのだった。


「すみません、直ぐ蚕小屋に戻ります」


「今年の彩燦蚕の出来はどうなの。娘たちの祭りの装束に相応しいくらい、素晴らしいものになっていなければ、承知しませんよ」


年頃の娘の祭りと言えば、有体に言えば婚活である。婚活のための晴れ着を、飛び切りにしない親などいないので、これもまあわかる話だ。

だがしかし、今日の今日で、繭の出来はまだわからないのである。


「まぶしに入れたばかりですよ、ヤァ夫人。明日明後日になるまで、繭の出来はわかりません」


カンニャンの言葉に、ヤァ夫人は眉を吊り上げたものの、カンニャンの言っている事は事実であり、単なる報告だ。ここで怒り狂うほど、ヤァ夫人は癇癪持ちではなかった。


「では、明後日に報告にきなさい。私の娘の衣装は、今年は桃色を主体にする予定ですからね」


「はい、明後日に」


カンニャンは繰り返し、一礼する。第一夫人に対して、第四夫人の娘が、礼儀を守らないというのは通らない話なので、カンニャンは村の作法を守るわけだった。

ヤァ夫人は、カンニャンに言いたい事を言うだけ言うと、自分はさっさとそこから立ち去って行った。

かちかちかち、とジィズゥが、大丈夫かと言いたげに顎を鳴らしている。


「気に入らないなら、見ないふりしてもらえればいいんだけどな、仕方ないよ」


それに答えたカンニャンは、今度は桑を取る手伝いをしなければ、と小走りで桑畑に向かった。

桑畑では婦人たちが桑の枝を刈り取り、子供たちが桑の葉を摘み取っていた。桑の成長は早く、一日の間にかなり育つ。一晩でわさわさと茂る位の生命力があるのが、このあたりの桑の特徴だった。


「あれ、男たちが誰もいないの?」


「あ、カンニャン! あんたが来てくれたらかなり楽になるね、枝を刈り取ってくれよ」


カンニャンが周囲を見回し、力仕事になる事をする男たちが、一人もいない広すぎる桑畑を見回し、思わず言った時だ。

彼女を見つけた老婦人が、彼女にすぐさま近寄り、思いっきり腕を引っ張った。


「わ、ひっぱらないでよ、先輩!」


「うるさい。私が若かったころはあんたほど腕力はなかったけど、きりきり働いたものだよ! あんたの仕事が、銀月蚕の世話よりもずっと大変なのも知ってるけどね! 婆さんには枝を刈り取れないのさ、背が届かなくってね」


「わかったわかった、やるよやる、だから引っ張らないで」


カンニャンはそう言って、枝を刈るための鎌を手に取って、ざくざくと葉のたっぷり生い茂った枝を刈り取り始めた。それを手慣れた動作で拾い上げて行く老婆。


「あ、カンニャンが来たんだね、子供たちが手伝ってくれるって言ってたから、待っていたわよ!」


同じように桑を刈り取っていた婦人が嬉しそうに言う。割合力のあるカンニャンは、村の婦人たちに重宝される役回りでもあった。


「子供たちは今何してるの?」


「あの子たちはおやつだよ、おやつに虫の足をかじっていると思うね。食べ盛りだからたんと食わせなくちゃ」


「そう言えば、フェンが山に、おやつ用のわなを仕掛けたって言ってたわよ」


おやつのためにわなを仕掛ける、これもこのあたりの村の子供たちなら、よくやる事である。

だいたい、落とし穴に粘着力の高い植物の汁をおとして、獲物を捕まえるわなだ。

子供でも作れる簡単な造りでも、このわなにかかる獲物は割といる。


「あら、でもしばらく子供たちを山に遊びに行かせられないじゃないか」

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