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「お前の父ちゃんの漆って、メイホァ婆ちゃんが徹夜したあれだろ」


「あの時の漆って間一髪間に合ったってメイホァ婆ちゃんが前に言ってた」


「それよりひどいのに生きてるの?」


「このあんちゃんの体力すごそう」


大変にぎやかな状態である。だが男はうるさそうな気配さえ見せない。これはかなり体力消耗してるか、とカンニャンは考えた。

それだけ疲れ果てているなら、子供たちをここで騒がせるのは、あまり良くなかったかもしれない。

事実、隣の家から、メイホァ婆ちゃんが呆れた顔で覗きに来たのだ。


「あんたたち、カンニャンに構ってもらえなくなってたからって、病人が寝ている場所で大騒ぎするんじゃない! 全員におねしょの薬を飲ませるよ!」


それを聞き、彼女の苦くてドロッとした、はっきり言って飲むのが苦痛な、おねしょの薬の味を思い出した子供たちは、ぱーっと去って行った。逃げ足の速い事である。

そんな子供たちを見送りながら、彼女が言う。


「あんたも、何日もここにいっぱなしで、疲れたのはわかる。でも子供たちを入れちゃだめだろう」


「あははは」


「まあ、いっぺん目を覚ましたから、大丈夫だと思って、あんたも子供たちを入れたんだろうがね。さて、次に男が起きたら、薬を飲ませて、四合院に移ってもらわなくちゃな」


やる事がたくさんあるのに、仕事場が一つ空かないってのは大変だ、と彼女が言ったから、カンニャンは言う。


「第一夫人がどういうかってのが、一番の問題だと思うんだよな」


「そん時は、あんたの蚕小屋に入れればいいだろうが。繭が仕上がってるなら、彩燦蚕が食欲不振になって、繭が小さくなるっていう事はないだろう」


「まあね」





男が目を覚ましてすぐに、カンニャンは待ち構えていたメイホァ婆ちゃんが、すごい匂いのするすごい苦い薬を、男の口に突っ込んだため、さすがにそれはないんじゃないか、と止めようとした。

事実男はその強烈な苦みと酸味と舌にくる何か刺激にせき込みそうになり、吐き出しそうになっている。

だがこういう物を飲ませ馴れた婆ちゃんの腕前により、それは阻止されていた。


「飲め。毒じゃない、かけてもいい。これを二日飲めばあんたは、座って動けるようになるからね」


「ばあちゃん言ってる事がちょっと過激だ」


男は動かない体のせいで、どう頑張ってもそれを飲み込まなければ楽になれず、強制的に飲み込まされていた。

そして飲み込んだ男が、とてもつらそうである。だがこんなひどい味の薬だが、吐き気は催さない調合であるため、吐きたくても吐けないのだ。


「……大丈夫、この匂いの薬、私も飲んだ事があるから」


慰めになるのかならないのか、いまいちわからない事だが、カンニャンはそう言った。男の包帯の隙間から覗く瞳が、疑わしいと言いたそうだったので、言う。


「私さ、疱瘡だったっけ? あれを村に来た商人から移された時、婆ちゃんが一週間この匂いの薬を飲ませてくれたから、こうして生きてるんだ」


「私の薬だけの力じゃないよ、ジィズゥが何度もあんたを噛んだんだ。ジィズゥが噛まなかったら、あんた助かってなかったね」


婆ちゃんの補足である。蜘蛛もそうだそうだ、と言いたそうに足をうごめかせた。

しかし、これを飲んだ人間が生きている、と聞いて男は安心したらしい。カンニャンがそっと差し出した水を、男は何とか飲み込んだ。

本当なら喋りたいのだろうが、がっちりと包帯で固定された顎は、男に会話を許さない。男の皮膚がそれだけ酷いありさまになっていたから、こういう事になっているのだ。


「二日我慢しな、それに、カンニャンは一日三回飲んだが、あんたは一日一度で済むんだ、幸運だと思うんだね」


彼は表情なんて何もわからない状態なのに、この味のものそんな回数飲んだカンニャンに、心底同情した様子だった。

そしてメイホァ婆ちゃんが言った通り、二日もそのとんでもない味の薬を飲んだ男は、メイホァ婆ちゃんの見立てを超える回復を見せ、何と杖を使えば歩ける程度まで回復したのである。

よろよろと立ち上がり、壁伝いに厠を目指せるようになったのだ。

これはかなりの回復力である。これなら、数日のうちに掘立小屋から出られるな、と思っていたカンニャンやメイホァ婆ちゃんであったが、彼女たちの予想は、なんというか……もともとこの男の滞在を快く思っていない様子であった、第一夫人の意見により覆されたわけであった。


「カンニャンの蚕小屋に、彼を寝泊まりさせてほしい」


「雷公さんたちには、四合院に入れるって言ってたじゃないですか」


「私とて出来るなら、この四合院で、丁重にもてなしたい。だが妻がそれを快く思っていないのだ。うら若き可憐な年頃の娘が何人もいる家に、若い男を、病人とはいえ入れるわけにはいかない、と全員同じ意見でな……」


三人の妻に団結された族長が、その意見を覆せるわけがない。その意見を無視して強硬策を取ったなら、その日から族長のあらゆるものの世話を、彼女たちは放棄するし、使用人たちにも言い含めるはずである。

つまり、族長が逆らえるわけがなくなってしまったのだ。

カンニャンはなんとも言えない顔になったものの、困り果てた顔の、何度も説得したのだろうに、納得してもらえなかったらしい父の苦労した顔を見ると、文句の一つも言えなくなった。

三人の妻の対立、娘たちの対立で胃をやられ、メイホァ婆ちゃんに何度も、胃痛の薬を頼んでいる事を、村の住人なら誰でも知っているのだ。

そんな苦労をしている族長に、四番目の娘まで、文句を言うのはかわいそうである。

カンニャンは仕方がないと割り切った。そして一言こう言った。


「蚕小屋に連れて行くのは構わないですが、ちゃんとした客人用の布団などは、用意してくださいよ。蚕小屋に、そんな立派なもの、ないんですからね」


「ああ、特にいい物を用意させよう。……妻には内緒だぞ」


最後だけ、小さく言った父に、カンニャンは無言でうなずいた。

嫌がっている第一夫人に、いい布団を包帯だらけの客人に使わせたい、なんて言ったら、家は大荒れ間違いなし、それ位はカンニャンだって分かっているのだから。

それを客人の兄ちゃんに伝えに行こう、とカンニャンが掘った小屋に向おうとした時だ。

族長が、問いかけてきた。


「彩燦蚕の繭は今年はどうだ。出来は」


カンニャンは、それを見に行った子供たちの言っていた事を、族長に話す。


「去年より糸が若干強くなっている気がします。やっぱり交配するやつの糸が頑丈なのを選んだ方が、いい糸により近くなっているかと。そうだ、義姉さんたちが桃色の糸を所望だとか聞いてますが、今年は桃色の糸が少ないなんですよね」


「野蚕の糸も桃色は少ないか?」


「今年の彩燦蚕は割合金色銀色みたいな、きらきら輝く糸が多いみたいですね、野蚕は元々桃色の糸が少ないでしょう。だから難しいですね」


「その報告を、妻にしているか?」


「今日にいたるまで、お客人の看病にかかりっきりだった私が、どうして第一夫人にその報告が出来るんです。族長、あなたから伝えてもらえませんか」


「ううううう……他の村の糸を使うと言ったら、妻は怒りそうだ……」


「というか、彩燦蚕を育てているの、この村の中でも私だけじゃないですか。彩燦蚕の糸は、最上級だって前にふもとの村の人たちが言ってましたよ」


「そうなんだ……娘に最高の糸を使った衣類を、結婚のために用意したい妻たちの気持ちはよく分かるわけだが……ないものはないんだが……」


「桃色を、出来るだけ義姉さんたち用に回して、それで足りるかって言ったら難しいでしょう、今年は銀月蚕の糸を桃色に染めてもらわなくちゃ」


「桃色か……カンニャン、染めるための草の根を山で探してきてもらえるか?」


「染色のための根っこは、確か下の村でたくさん売っているでしょう」


「去年から畑で害虫が増えたのと、その虫ごと草を食べてしまう鳥が多くなったらしくてな、不作が去年から続いているんだ」


「……まさか買いだめがないとか?」


「ここ何年も、桃色の糸が都のあたりで流行しているだろう。お前知らないわけじゃないだろう」


「桃色の彩燦蚕の糸、めちゃくちゃお役人さんに喜ばれましたもんね……」


カンニャンは去年の租税の時の一幕を思い出した。去年は桃色の彩燦蚕の糸がたくさん作れて、それを持っていたら役人たちがほくほく顔だったのだ。

どうも、都の方から、このあたりの糸の中でも、桃色をたくさんよこせと言われていたらしく、何かと苦労していたはずだ。こっちの方が苦労しているが。


「そういうわけで、この村でも桃色の糸に染め上げるための、鮮紅根の残りが少ないんだ。だから山で探してきてほしいわけだが」


「……その間誰が、あのお客人の面倒見るんですか? 山に探しに行くだけなら、私だって気にしませんけど」


「そうだな……村の女衆と子供たちに頼もう」


「今女衆と子供たち、銀月蚕の大事な時期だから、猫の手も借りたい状態だったと思ったんですけど」


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