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いいって事だ、気にするな。あたり前だろう? 

彼女の大きな蜘蛛は顎を鳴らして、男の側についた。

彼女が井戸から水を汲み、えいこらせと掘立小屋まで運ぶ事十数分。男はかなり発汗しているらしく、入口の簡素なと言えば聞こえのいい、ぶっちゃければぼろっちいすだれをくぐったカンニャンの鼻が感じたのは、汗と薬の混ざる、かなりの匂いだった。

たいていの蟲が逃げる強烈な匂いでもある。この匂いの中、耐えて男の側にいてくれたジィズゥはえらい、めちゃくちゃえらい。


「いつもありがとう」


カンニャンが来ると、すかさず彼女のそばまで近寄ってくる蜘蛛が、入口に待機する。

その間にカンニャンは、水瓶をおろし、小さな鍋に薬湯を作った。

これはこの村の女でも男でも、はっきり言えば火の番が出来る年の子供だったら誰でも作れる薬湯であり、風邪を引いたらまずこれを飲む、栄養がたっぷりある薬湯である。

しかしこれをそのまま飲める大人はいない、と言われるほど苦いため、カンニャンはそれに蔦の甘汁を入れて煮立て、味を調えた。汗をかいているなら塩もいる。彼女はぱらりと塩を足した。

そしてそれを、するする飲み込めるほどの温度まで冷まし、彼女は男に近寄った。


「う……」


男がその時、くぐもった声をあげた。目を覚ましたのか。それとも苦しくてうめいているのか。

わからないが、聞こえているなら、とカンニャンは声をかけた。


「あんた、誰だか知らないけど、運がいいよ。兄弟が見つけてくれたんだ。薬湯を煎じたから、飲めるかい」


「…………」


「あんたの状態よく分からないけど、何か飲まなくちゃ弱ってしまうよ」


男はためらう様子だったものの、彼女が淡々と、しかし心配を込めて言うと、かすかに頷いた。

よし、とカンニャンは服が汚れるのもいとわず、男の頭を自分の膝の上に乗せて態勢を整えて、声をかけた。


「今から薬湯を匙で飲ませるから、ちゃんと飲み込めよ、ちなみに笑えないほど苦いかもしれないけど、すごく効くし、村の子供でも作れるものだから大丈夫」


「……うう」


男はかろうじて返事らしきものをする。カンニャンはそれを見てから、男の包帯の隙間にある口に、根気よく一匙一匙、薬湯を流し込んでいった。


男の意識があるだけましというわけで、意識がないのに薬湯を飲ませたメイホァ婆さんはさすが凄腕なだけはある。

男は一匙めで、げほげほとせき込んだ。


「飲み込む! がんばれ! 二回口に入れれば飲めるようになる!」


無茶苦茶だ……と聞いた人間は思うだろうし、聞いているジィズゥが、おいお前……みたいな目をしている物の、カンニャンの励ましで、男は何とか飲み込み始めた。

そして、小さなお椀一杯分の薬湯を飲んだ男は、大きく息を吐きだした。

その喉に手をあてがい、カンニャンは言う。


「喉まで炎症が広がってるとか、あんちゃんどんだけ変な草にかぶれて放置したのさ……」


男が答えられるわけがない。カンニャンの言う通り、男の喉は声も碌に出せないほど、内側から腫れ上がっていたのだった。

しかし、薬湯を飲んだし、表面はメイホァ婆さんの薬をまぶした布で巻いたし、やれるだけの事はしている。

後はカンニャンが根気強く、彼の世話をするだけである。


「私らがそばにいるから、何かあったら身動きしてくれればいいから。喋れないんでしょ」


男はもう答えなかった。おそらく薬湯の効果で、喉の腫れ上がった痛みがましになったからだろう。

カンニャンは男の頭を膝の上に乗せ、それを見届けたジィズゥが、入口から素早く出て行くのを見送った。

そのまま掘立小屋の壁に背を預けたカンニャンは、目を閉じた。強力な毒や、目を離したら死んでしまう高熱ではないが、手間がかかる看病が必要なはずで、自分が疲労でやられたら意味がない。

休めるうちに休んでおかなければ。カンニャンは瞳を閉じた。


「無茶なやつ」


カンニャンが目を閉じている時、不意に呆れた様な声に似たものが、彼女の耳元に吹きかけられたものの、カンニャンは様子を見に来た子供の誰かだろう、と勝手に判断した。

村にいて、掘立小屋にわざわざやってくるもの好きが、カンニャンを起こさないで何かするんだったら、まず、頼もしき相方が見張っているから、滅多なことをしない。

もしも悪さをする場合、大蜘蛛の糸でぐるぐるに縛られて、しょんべんが出来なくて泣く事になるのは、村の若いのも子供も知っているし、大人たちはそんな事考えないのだ。

ジィズゥが入れたのだから大丈夫。そんな当たり前でしかない事実が分かっている彼女は、耳元で誰かが囁いていても気にしなかった。

ただ、次に目を開けた時に、彼女の体に、柔らかい布がかけられていたため、ああ、ジィズゥがとってきたのはこれだな、とわかった。

この布はジィズゥお手製の布である。蚕の糸を全く使わない、ジィズゥの吐き出した糸だけで出来た軽くて丈夫で温かい、カンニャンしか持っていない特別なものである。

余りにも破れないため、周りが時々


「ジィズゥの婿入り道具」


と茶化すものでもある。婿入り道具って何それ……と思う物の、嫁入り道具は一生ものを用意するわけで、十年以上、破れないし穴も開かないし、新品と言われても信じたくなる堅牢さのそれを、そう言って茶化すのも、まあ仕方がない。

女たちも欲しがった事があったが、この布、鋏が入れられないほど強靭であるため、服には使えない。

それに、ジィズゥがどんなに頼まれても、やる気を出さないため、皆仕方ないか、カンニャンはジィズゥの特別だもの、と納得したものである。

余談だが、ジィズゥはさすが蜘蛛というだけあって、編み物も織物も、そこんじょそこらの女が裸足で逃げるほど得意である。租税のための織物の一部は、女たちの仕事部屋に連れて行かれたジィズゥが、作っている。さすが足が八本あるというわけで、女たちより細かい模様を仕上げるのが早いのだ。

実は一番稼いでいるのは、ジィズゥかもしれない……


「あつい……」


カンニャンが目を覚ました時、包帯の男がうわごとのように言った。おそらく発熱しているからだろう。

カンニャンは、手元に置いていた薬湯を、その口に入れた。熱いとかうわごとを言う時は、これを飲ませるに限るのだ。体が熱を持つのは、体が毒や炎症に戦っているから。汗で出し切ってしまった方がいいが、痛いのを我慢させるのはあまりよろしくないので、薬湯で栄養を取らせて、汗を出させてしまうのがいいと、前にメイホァ婆さんに言われたからだ。

そしてこう言う時のために、カンニャンは掘立小屋の中で男と一緒なわけである。

しかし……雷公と言ったか、彼等はどうして来ないのだろう。一度も様子を見に来なかったのだろうか?


「ジィズゥ、あのおじさんたち来てた?」


カンニャンが小さな声で、入口の側で休んでいる相方に問いかけると、相方は近寄ってきて、足の一本をこつこつと鳴らした。来たという事らしい。


「何か言ってた? ……まあ大した事じゃないだろうけど」


大した事だったなら、カンニャンは起こされていたはず。

彼女は知らないが、熱にうなされて、常にうめいてた貴人が、ほとんど呻かず安らかに眠っていたから、様子を見に来た男たちは、何もしゃべれず四合院に引き返していたのだ。

カンニャンはまた眠り始めたらしい男を見下ろしつつ、手元の水筒をひっつかんだ。

今度は彼女が何か飲む番だった。ちなみに夕飯も取っていないから空腹だ。

そんな彼女を見て、ジィズゥがかちかちと顎を鳴らして、入口から何か包みを持ってきた。


「……やきもちだ」


カンニャンは葉っぱに包まれたそれを見て、誰か気遣いの出来る村人が来たのだな、と察した。

彼女が食事もとらずに看病すると思った誰かが、やきもちを用意してくれていたのだ。

ちなみに、まだ温く、餅は歯で食いちぎれる程度には柔らかかった。それと蟲をすりつぶして団子状にし、臭み取りの葉っぱとともに焼いた、手の込んだ団子も包まれている。


「普段私が食べてるものより立派……」


ぼそっと呟いたカンニャンだが、貰えるものはありがたく受け取るわけで、彼女は餅と肉団子に噛り付いた。うまい。



「ジィズゥは食べた?」


お前が食ってからな、と言いたげに、頼もしく美しい蜘蛛は顎を鳴らして彼女を見上げたわけだった。

そんな蜘蛛に見守られながら食事を済ませ、カンニャンは男をよくよく見つめた。とりあえず眠っている。ならば自分も眠っておこう。

繭が出来上がった頃合いで一度、様子を見に行くのは決まっているのだが……男の看病と繭の面倒と、自分はいっぺんに見られるだろうか。

そんな不安が頭をよぎったものの、カンニャンはここで未来を悲観しても仕方がないと知っている。

そのため食べ終わったら口を拭き、また壁に体を預けた。近くにジィズゥが寄ってきて、彼女の体温で温まるかのように、足を折りたたむ。


「どうしたの、臭いの嫌いなのに」


お前が心配なんだよ、と言いたげな蜘蛛は、カンニャンを誰よりも心配して思ってくれている、そんな蜘蛛だった。

カンニャンは薄く笑って、相手の毛深いものの滑らかな胴体を撫で、言う。


「いつもありがとう、寝るから、その辺でご飯にしてていいよ」


ちらりと彼女を見上げた蜘蛛は、何も言わずに、自分の食事のためにそっと去って行った。


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