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「都の人たちは弱虫なの? なにも悪さしないのに」


「見た目だけで判断できる物じゃないからな」


カンニャンは、異母姉たちが異様に彼女の蜘蛛を怖がるのをわかっていたから、そうなのか、大概の人は怖いという物だったのか、と納得した。

しかし、子供たちの方は納得がいかない顔だ。


「ジィズゥ怖いの」


「悪さしないのに」


「蟲に襲われた時助けてくれるのに」


「穴に落ちたら糸垂らしてくれるのに」


「人間よりずっと優しいのにな」


「とにかく、まずは小屋に行きましょう」


話が進まないと判断した族長が、雷公にそう言った。彼はすぐに探し人に会いたかったのだろう。頷いた。

そして小屋の前の入り口では、ジィズゥがでんとその場に居座っていた。知らねえ奴は一歩も通さねえぞ、おれを倒してからにしろ……とでも言いたそうなふてぶてしさがある。


「ただいま、こっちの人たち、探している人かどうか知りたいんだってさ。ほら、昨日から人探ししてた人たち」


カンニャンが真っ先に近寄り、相方に声をかけると、蜘蛛は差し出された右腕を伝い、見事な動きで彼女の背中に落ち着いた。


「あの娘は、蜘蛛使いなのか?」


「いいえ、あの娘とあの大きな蜘蛛は、いわば兄弟のように育ったのです」


「蟲と兄弟だと?」


「なにぶん、あの娘の母が妊娠している時、あの蜘蛛が山から下りて来て、あの娘の母の世話を焼いたのが始まりです」


「蟲ごときがそんな事をするものか?」


雷公はいぶかる顔だ、確かに普通だったら、蟲が女の世話をするわけがない。


「したのだから事実なのです。あの蜘蛛は、それ以来、あの娘とその母に尽くしてきた蜘蛛なのです。とても頭がよく、人のいう事などすべてわかり切っていると言いたげに、時に人間の行動を予知したように動くのです」


「魔性の類ではないのか?」


確かに魔性と言われても仕方がないほど、カンニャンのジィズゥは特殊だし頭がいい。

しかし族長は首を横に振って否定した。


「この山は深いですし、隣村の蜘蛛族の崇拝する、蜘蛛神もいるわけで……尋常ではない蜘蛛が、多数いてもあまり、気にならないと言いますか。珍しいかもしれませんが、この村には蜂神もいるのですよ」


「……この村は妙に、蟲とつながりがあるのだな」


「最初に村を築いたご先祖様が、蟲と共に生きた民族だったと、それだけは伝わっております故」


考えられない、と言いたそうに言った雷公だったが、蜘蛛が退いた事で、足早にカンニャンの脇を通り、小屋の中に入り……叫んだ。


「何だこの悪臭は! ひどい青臭さだぞ! それに包帯が真緑に染まっているではないか! 顔もわからないぞ!」


「全身ただれていたからさ。あんたたちうるさいよ」


叫んだ雷公がすぐさま出てきて怒鳴ると、隣の仕事場からうるさそうに、メイホァ婆さんが現れた。


「炎症止めとかゆみ止めと化膿止めを調合して、包帯にしみ込ませてまいたのさ。これはよく効く調合だよ、ただしものすごく臭いけれどね」


「……ご婦人が、薬師なのか?」


「フウォホゥメイホァというのが通り名だった時代もあるね」


フウォホゥメイホァ。カンニャンも族長も聞き覚えのない言い方だったのは、顔を見合せたから明らかだった。

しかし、雷公にはてきめんの名前だったらしい。


「まさか、あの薬神の才能とまで言われた方が、この村に……? ならば、あなたが手当てしてくれたのなら、望みが……」


「礼はそっちの娘さ。私は調合しただけ。ただれた肉を洗って清めたのも、臭すぎる包帯を巻いたのも、そっちの娘一人だけだからね。言っておくが、死なせたいならさっさと運んでもいいが、完治には四か月必要だからね」


「……早急に帰る事は危険だと?」


「毎日薬を与えなきゃならないし、包帯にどんどん薬をしみこませるのも必要さ。根深い症状だ、完治させるには根気がいるし、私はこの村を離れない。薬の材料はこの村の周囲でしか集まらないしね」


「……」


雷公は難しい顔をして黙った。考えたいのだろう。


「お疲れの様子です、一度四合院に戻りましょう」


族長が促し、男たちはそちらに戻っていく。


「そうだカンニャン、村の男たちを呼び戻すためののろしを、焚いておいておくれ」


「はい、族長」


きっとみんな喜ぶだろう。カンニャンはそんな事を思って、急ぎ村の中央にある焚火台で、のろしを焚く事になったのである。

細く長くたなびく煙は、間違いなく山に入った男たちの目に入ったらしい。

男たちはそれからほどなくして、続々と村に戻ってきたわけだった。


「……」


それからカンニャンは包帯男の元へと戻った。子供たちが、今は興味津々と言わんばかりに、しかし中に入るには臭すぎる、という顔をして、各々掘立小屋の入り口から、中を覗いている。

背中に蜘蛛を背負ったカンニャンは、彼等に声をかけた。


「どうしたの」


「この兄ちゃん、盗人じゃないの?」


「ああ、男たちは盗人だって言ってたけど、違ったみたいだね」


「盗人じゃないのに何で、落とし穴なんかにはまったのかな」


「鈍いんだよ」


「注意力散漫ってやつだよ」


「お前たちなあ……この人、たぶん顔がただれすぎてて、目が見えてなかったんだよ」


瞼が腫れ上がり、普通に目が開く状態だとは思えない姿だったのは間違いなかった。


「眼が見えてないの、そんなに顔やられてた?」


「だってメイホァ婆ちゃん、結構強い薬使ってただろ、囲炉裏の薬がそうだった」


「そう言えばそうだったかも」


「ほらほらお前ら、私はこの人の様子を見に来たんだから、中に入れろ入れろ」


カンニャンがそう言うと、子供たちは入口から少し離れた。その隙間を進み、カンニャンは中に入る。男は目を覚ました様子がない。発熱からうなされているのだろうか? カンニャンにはよくわからなかった。

だがしかし、カンニャンはこの男を拾って来たのだから、この男の面倒を、最後まで見る責任があった。

彼女は掘立小屋の隅にある、焚火をする簡易炊事場に火を熾した。

そして蚕小屋から持ってきていた、いくつかのものをその辺に置き、水瓶を抱えた。


「あ、カンニャン、俺らが持って来るよ」


子供たちが手を伸ばすが、カンニャンは笑った。


「お前たちは、母ちゃんたちの手伝いに行かなきゃならないだろ、そろそろお前たちの母ちゃんたちが、お前たちを呼びに来るんじゃないの?」


「だって、おれらのお夕飯、捕まらなかったから」


「そんな事言うなら、今からあそびがてら魚でも取ってきたらどうだ?」


「そっか、釣りなら母ちゃんも文句言わねえもんな!」


「じゃあ競争競争! 誰がでっかい魚捕まえるか競争!」


「あー、こらずるいぞ、先に走るな!」


子供たちが彼女の言葉を聞き、わらわらと散っていく。仲良しの子供たちは、このあたりにある川で、それなりにいい魚を捕まえるのが上手だ。

それにその川は流れがそれなりに速いため、大型の蟲が隠れている事もない。そして子供たちは注意深いため、たとえ子供たちだけで行かせても、大きな事故になった事のない川だった。

カンニャンは水瓶を肩に乗せ、彼女が何をするか察して、即座に背中から下りた相方に言う。


「何度も面倒見させてごめんな、頼むよ]


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