表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死刑囚になった俺  作者: 夜道迷(よみちまよい)
9/30

もしも死刑囚になったなら

 空を映したつややかな落ち葉が、足元のところどころで青く光っている。力いっぱい蹴飛ばして、むかつくブルーを粉砕(ふんさい)すると、かぶと虫がひっくり返って手足をばたつかせた。指で突っついて起こしてやると、思いっきりのけ()って小さな角を振りかざしてきた。


 何かをつかみかけて(くう)()き、大地に力尽きたヤツデの葉を踏みにじると、俺は再び()け出した。駆けて駆けて駆け狂った。脚なんか、折れるなら折れてしまえばいいと思った。


 今つき合っている女をもう一人殺せば、俺も死刑囚になれるんだろうか? 誰からも「変われ」と言われず、未来なんて考えなくてもいい独房暮らしも悪くないと思った。


 でも待てよ。その前に裁判がある。一瞬だけ、日本中が俺の主張を聞いてくれる大舞台だ。おそらく裁判では、すでに何らかの刑に処されているみたいに、生まれ育ちから性癖まで、すべてが丸裸にされるんだろう。


 きっと拘置所には、マスメディアの連中がひっきりなしに面会に訪れる。ひと皮むけば、どいつもこいつも見るに堪えない裸体のくせして、自分らだけ大事なところを衣服で隠し、俺の裸にあきれたり、ため息ついたり。どこまでも趣味の悪い卑怯(ひきょう)な連中なんだろう。


 長々と話を聞いておきながら、自分の感覚でつかめる範囲のことしか書かない新聞記者。俺の答えに向き合おうともせず、認知がゆがんでいるとか何とか、説教を始める女性誌の記者。俺を自分好みに変えて、その変化を手柄にしようともくろむ報道系月刊誌の記者。控訴だ上告だと裁判を長引かせるよう()きつけて、俺を生き(なが)らえさせ、一日でも長く飯の種にしたいフリージャーナリスト。


 一人でも、罪人と真摯に向き合おうってやつはいるのだろうか? 理解の追いつかないことを、わからないなりに伝えようっていう謙虚なやつはいないのだろうか? 思想も信念も死生観も宗教観もなければ、命の尊厳について語り出すやつすらいない。ネタのため。名声のため。金のため。その見え透き方がえげつない。


 いともたやすく蔑める俺を(さげす)むだけ蔑んで、俺を利用したいだけの薄汚さがばれそうになったら、急に正義やら遺族の感情やらを暴力的に振りかざす。


 支配と服従なんて、そんな一方通行のわかりやすい関係性なわけないのに、「支配的な男によるDVの果ての殺人」という、最も無難で通りのよい一本調子のストーリーを経のように、異口同音に唱える。強引に、まっすぐ筋を通そうとするところなんか、ほとんど俺と同じじゃないか。


 事件の真相の究明? そんなものは俺にゆだねないでほしいよ。自分がどんな姿をしているのかさえ、うまく説明できない俺に。俺が罪に至ったからくりを解き明かし、犯罪を防ぐことこそが彼らの使命だろうに。記事にしやすくて見栄えのいい、情緒的な反省ばかり求められても困る。


 法廷で俺はこう言うだろう。


「とんでもないことをしでかすやつが、とんでもない思想をもっているわけじゃない。むしろ無策だからこそ、こんな方法しか取れなかったんです」


「殺人なんて、普段からDVなんかなくたって、パワーバランスのちょっとした乱れで、いくらでも起きるんです。強いから殺したんじゃない。殺したから強いんでもない。俺なんか、むしろ弱者ですよ。親の愛にもあずかれなかった犠牲者。その帰結としての犯罪が、なぜここまでとがめられないといけないんですか?」


「俺にとって、密室での束縛は幼少期を連想させる、殺るか殺られるかの恐怖だった。愛という名の卑劣(ひれつ)な支配は裁かれるっていう法律があれば、俺はここまで追い込まれなかった」


「生まれ変わったら、ウイルスになりたい。誰にも姿を見られることなく、プログラミングされた遺伝子だけを増やし続けることを運命づけられた。不当な抑圧からの解放。そんな、ささやかな理想を毒素のように、静かに社会に蔓延(まんえん)させたい」


 法廷での俺の主張は、どれもむなしくこだまするだけだろう。たとえ誰かの胸にさざ波を立てたとしても、反応を返すことが許されない空気が世間にはあるから。


 罪人が社会に物申すには、無能なマスメディアを通すしかないなんて、この国の人権は終わってる。


 俺は夢の独房暮らしに早くも幻滅(げんめつ)しながら、走り続けた。俺に何の損得もないところで、世をはかなんだり、悔んだり、足を引っ張り合ったりしている暮らしが縦横に連なった団地を走り抜けるのは、小気味よかった。


 どこかのベランダでは、運動不足気味の親父が跳躍(ちょうやく)を繰り返していた。ひどい形相(ぎょうそう)で。しかも上半身は裸だ。


 団地のかたわらには、名前も知らない上水が走っている。もはやどこまで来たのかもわからないが、スマホの地図は見ない。アパートとの位置関係を知れば、意識がたちまち空咲飛(あさひ)と暮らした牢獄(ろうごく)に連れ戻されてしまうからだ。


 上水のほとりに立つ餓鬼(がき)供養塔(くようとう)に手を合わせると、どこかの換気扇にあおられて、煮込み始めたばかりの、まだ若いシチューの(にお)いがこぼれてきて、急に腹が減った。


 どこまで走っても、逃げ切れないのはわかっていた。走っている本体が元凶なのだから。それでも全力で走っていれば、そのうちどこかで不甲斐(ふがい)ない自分が脱げ落ちて、俺の中身だけ抜け出せるかもしれない。そしたら今度こそ生き直そう。だから、立ち止まるわけにはいかなかった。

※実際には二人以上殺害で死刑とは限らず、人数に関係なく、悪質と見なされれば死刑となることがあります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ