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死刑囚になった俺  作者: 夜道迷(よみちまよい)
8/30

止まらない本音

 眠りから覚めると、俺は空咲飛(あさひ)と暮らした部屋を飛び出した。


 ゆうべの雨でいっせいに花開いたドクダミの茂みから、黒い(ちょう)が現れて、俺を修道院の庭の奥へ奥へといざなった。よれよれとこうもりみたいに頼りない飛行軌跡(きせき)を描きながら。むしられた、どこかの犬の冬毛が宙を舞い、地べたでは粒ぞろいの(へび)いちごが血しぶきのように点々と熟していた。ところどころに盛られた墳墓(ふんぼ)のような黒土は、もぐらの仕業だろう。


 ベンチでは、男が調子っぱずれの草笛を吹いていた。


「ここって、楽器の演奏禁止でしたよね? たしか入り口に書いてある」


 俺が看板を指差すと、寄せては返す親父のいびきにも似た、悪夢のような調べが止まった。


「またルールですか。でも、これは楽器じゃねえよ。葉っぱに何の加工も加えてないんだから、ただの葉っぱだよ」


「何の曲ですか?」


「今の? ヴォルガの舟歌。来る日も来る日も舟を()く男たちの労働歌。ロシアの民謡で、要するに、日本でいうヨイトマケの唄だな。つっても知らねえか」


 (あぶら)ぎった薄い長髪を、男は緑の色付き輪ゴムで一つにまとめた。タイダイに染め抜かれたTシャツの中央には、宗教画のような楽園が描かれている。


「隣、いいですか?」


「ああ、いいよ」


 久しぶりに俺を受け入れてくれた生身の赤の他人に興奮して、自分でもどうかしてると思うくらい、身の上話が込み上げてきた。


「なんか、同居してる女といるのが息苦しくって。つき合ったり離れたりして一年半にもなる女なのに、何の実体も感じられない影と暮らしてるみたいで。ある日突然、別の女と入れ替わってても、ああ、こんなだったかなって、疑いもなく受け入れてしまいそうで。うまく言えてなくて、すみません。


 結局、表現力のあるやつだけが人の同情買って、昇り詰めていくんですよね。誰一人説得できない俺みたいなのは、愚痴(ぐち)をこぼせる友達一人つくれなくて。彼女のきつい束縛をかいくぐるゲームに汲々(きゅうきゅう)として。それだけで毎日くたびれて。


 で、その彼女を殺してしまったんですよ」


「おい、ヒモ」


「え?」


「このヒモ野郎、黙って聞いてりゃあ。冗談もほどほどにしとけよ。いいご身分だな。家に女なんかいてさ。恵まれた環境に、ちっとは感謝しろよ。こんなかっこうして朝っぱらから草笛吹いてる連中が、みんな大麻かなんかもってると思ったら大間違いだからな。妙な期待してんじゃねえぞ」


「いや、俺はそんなつもりじゃ。それに、俺ヒモとかじゃないです。家賃半分は払ってますから」


 立ち上がり、走り出した俺を男の声が追ってくる。


「そんな生活、嫌なら、自分の手で断ち切ればいいだけだろ?」


 修道院の庭で草笛吹いているヒッピー野郎ならわかってくれるはずだなんて甘えたこと、なんで考えたんだろう。いつも思ってた。連行される凶悪犯の表情が、「俺の話をやっと聞いてもらえる」とでも言いたげな安堵(あんど)に包まれて見えるのは、なんでだろうって。


 結果の重大さばかり注目されて、殺すまでの道筋が見えないから俺たちはぎょっとするけど、丁寧(ていねい)にたどれば彼らにも、そこへ至る致し方ない軌跡(きせき)があったのかもしれない。

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