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死刑囚になった俺  作者: 夜道迷(よみちまよい)
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わかってほしいのに

 何を言われても、他人の人生の中で響いているみたいに、よそよそしく聞こえた。どんな言葉を噛みしめても、砂を噛んでいるみたいに味気なかった。


 俺にとったら言葉は、今ここで必要なことを処理するためだけに存在し、用が済めば消え去る軽やかなもの。記号以上の何者でもなく、そこに感情とか(おもむき)とかを乗っける、やり方がわからなかった。発した言葉の意味なんてたいした問題じゃなくて、なんでそんな言葉を発してしまうかのほうがずっと大事で、そこのところをわかってほしかった。


 自分の発言に何の思い入れもないから、手放した瞬間にはもう忘れている。心が揺さぶられないから、相手の言葉が記憶にしみつくこともない。


「理介と話しても、次会ったとき何も覚えてないから、いちいち無駄骨に終わるのよね。これまで過ごした時間が全部無になって、ゼロに戻る感じ」


 どの女も、俺にそう言った。


 女たちは想像の翼とかいうやつで、時空を自在に行き来できているようなのだ。俺も覚えていない俺の言葉を過去から拾ってきては目の前に並べてみせたり、俺の言葉から推測される約束を未来から勝手に連れてきて、なんで守らないんだとわめき立てたり。わけがわからない。


 もしかすると、俺は記憶喪失なのかもしれない。目の前にいない人の存在は忘却(ぼうきゃく)の彼方へ消えてゆき、どこへ行って何をしても思い出が残らない。


 何かを積み上げることもできないから、願いとか期待とか夢とか未来とか、そんなものも当然描けない。今の苦しみが将来のどこにつながっているのかも見えないから、()()りもきかなくて、あらゆることを簡単にあきらめてきた。


 俺だって、しんどくないわけじゃない。過去にも未来にも空想の世界にも逃げ場がないから、歩き続けなきゃ何も進まない。今だけ今だけの繰り返し。今楽しいを隙間(すきま)なくつないでいければ、ずっと楽しいはずの人生。だけど長期的な見通しになった途端、とてつもなくむなしい人生。


「俺だって、意外と自分でわかってんだよ」


「どうせ全部、女から指摘されてきたことでしょ? だったら改めればいいのに」


 あいにく俺には、他の人にはあるらしい、肉体を離脱して天から自分を眺めてみるっていう機能がない。だから、いくら「お前の姿はこうだ」と突きつけられても、答え合わせのしようがないのだ。


 俺の欠点のどれ一つを手放しても、俺が俺じゃなくなって、生きていけなくなる気がして、危なっかしく思えて。だから、とりあえず素知らぬふりして何も変えずにいる。未解決のまま温存していたほうが、解決してもこの程度かと底が知れない分、まだ希望も残るから。


「誰が好き好んで、こんな生き方続けるかよ。これしかできないから、これしかやることないから、来る日も来る日も、俺はこうやってんだよ。俺だって疲れんだよ。苦しいんだよ。わかれよ」


 恥ずかしい行為を繰り返しているうちに、いつしか自分の顔も人前にさらしてはならない陰部みたいな恥ずかしい顔になっている気がして、俺は下を向いた。


 だけど俺はふざけても、なめても、なまけてもいない。精いっぱいやっても、こうしかできないんだってことが、なぜだか、いつも、どうしても女には伝わらない。

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