表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死刑囚になった俺  作者: 夜道迷(よみちまよい)
28/30

もてあそばれる俺の命

 教誨師(きょうかいし)との面会も()って、ようやく孤独(こどく)になじみ始めたある朝、俺の(ぼう)の前で、不揃(ふぞろ)いな靴音(くつおと)が止まった。時刻は八時過ぎ。ちょうど死刑が宣告(せんこく)されると聞いていた時間帯だった。


 拘置所(こうちしょ)幹部(かんぶ)なのか、普段は見かけない男たちが俺に出房(しゅつぼう)を命じた。いよいよかと身を固くした俺に告げられたのは、あろうことか、死刑執行(しっこう)の停止だった。


 今や、犯罪抑止(よくし)のエビデンスがまったく見当たらないことは明白な死刑制度の廃止(はいし)は国際的な潮流であり、我が国もようやく、そのグローバルな波に乗り、まずは死刑の執行(しっこう)を停止するのだと彼らは晴れ晴れと宣言した。


 国の方針(ほうしん)一つで、生にも死にも転じ、(もてあそ)ばれる俺の命をどう考えているのかの説明はひと言もなしに。


 何でもかんでも世界標準(ひょうじゅん)に合わせなきゃならないわけでもないだろう。エビデンスなんて、しょせんは現時点の科学で判明していることの寄せ集めに過ぎない。それが今さら見当たらないからって、死刑囚を放免(ほうめん)するほどの理由になるんだろうか?


 そんなことより、脳が人をあやめる方向に(かたよ)ってしまう障害を抱えた人間を、(なお)らないなら殺してよしとしてきた発想の危険性を、もう少し哲学(てつがく)的に考えたほうがいい。


 言葉でじりじりと人を死へ追い込んでいく方向に脳が(かたよ)ったやつらは、何人殺してものうのうと生きているっていうのに。


「ここを出てみたいとは思いませんか? もちろん簡単(かんたん)に、とはいきませんよ。いくつもの手順を()むことにはなりますが」


 法務省(ほうむしょう)矯正局(きょうせいきょく)から来た、デジタル何やら部門の教官(きょうかん)だという男が俺に言った。


 冗談(じょうだん)じゃない。俺は生まれ変わったんだ。ちゃんと死ぬために。死をまっすぐ(むか)えに行くために。


 誰も自分と向き合わず、他人に目もくれようとしない、そんな世界で生きていかなきゃならないんなら、ああだこうだと苦悩できる脳なんか()しくはなかった。


 ただ生きるために生きてるだけでよかった。ここへ来る前の俺がそうだったように。


 いつかの裁判(さいばん)で、遺族(いぞく)に言われたんだ。


 娘の命は唯一無二(ゆいいつむに)のもの。あなたの命で(つぐな)えるほど、軽いものだと思わないで。あなたには最低限死んでほしいけど、死んだからって(つぐな)えるわけじゃないからね。そこだけは勘違(かんちが)いしないで、と。


 (つぐな)いにもならない死を受け入れるのも苦しいが、遺族(いぞく)が最低限望む死の機会すら(うば)われるのはもっと苦しかった。


 (つぐな)いの方法を考えては、それが無効(むこう)であることに気づき、取り返しのつかなさに打ちのめされることが、せめてもの(つぐな)いなのか? それが死ぬまで()り返されるのか?


 無限に自由な選択肢(せんたくし)を与えられ、その中から最も(つぐな)いに近いものを正しく選べるのか、いちいち(ため)される贖罪(しょくざい)の日々を()()く自信はなかった。


 死への恐怖(きょうふ)から、とめどなくあふれ出した尿(にょう)にまとわりつかれた両脚(りょうあし)が、想定(そうてい)もしていなかった方向へと開かれていく未来を前に(ふる)え出し、止まらなくなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ