永遠子との別れ、教誨師との出会い
極楽よりは天国のほうが思い切り走れそう。そんなイメージだけで、仏教ではなく、キリスト教の教誨師を選んだ。
どちらにも行けるはずはないのに、人を少しでも善きものにしてから殺そうとする、教誨師という不思議な制度を利用してみることにした。
牧師から渡された聖書を読んではみたが、創りっぱなしの創造主は、おかしな方向へ進化してゆく俺たちを今はただ黙って眺めているだけに思えた。
「人って、ここまで落ちないと、こんな静かな時間をもたせてはもらえないんですね。拘置所で十年なんて過ごせるわけないと思ってましたけど、どうにかこうにか過ごせてしまいました。
この館のどこかにも僕と同じように、そのときがいつ訪れるのかと息を殺して身構えている同朋がいるかと思うと、孤独でもなくなりました」
親父の禿げ方で自分の頭の未来さえ占えない。血のつながらない義父ってやつはまったく使えない。この十年で少しばかり後ずさった生え際を撫でながら、そう思った。
「何かを願うなんてずうずうしいことは、もうやめました。あなたの御心のままに。ただそう祈って決まったことを運命と呼ぶようにしたら、何も悩むことはなくなりました。そろそろじゃないかと思うんですよね」
「順番、ですか?」
彼の体格こそが神の恵みに違いないと信じたくなるほど胸板の厚い、やけに日に焼けた牧師が言った。
「ええ。一人でいる時間が長すぎて、神経が研ぎ澄まされちゃって、未来が見えるようになったとか、そんなんじゃないんです。
ただ十年もいると、ほかの死刑囚の執行日から、何かしらのパターンが読めるようになってしまうのかもしれません。
それで妻は、僕の死期を察して離れていったんじゃないかと。最期を見届けるのがつらくなるような、そんな女には見えなかったんですけどね」
「それで、おつらくなって、教誨師である私を呼んでくれたんですね」
「僕の中に内在化した彼女がいつも僕に語りかけてくれるので、寂しくはありません。離れている気がしないんですよね。これが家族ってやつですかね」
教誨師がいれば、独り言も、壁に向かって言うよりはましかもしれない。それくらいの軽い気持ちで頼んだ、というのが正直なところだった。
「僕ね、こうも思うんですよ。彼女の人生は丸ごと何かの後遺症で、僕に会いに来ること自体が何かに対する復讐だったんじゃないかって」
「仮にそうだったとして、そんな人生は恥ずべきものでしょうか?」
「とんでもない。おかしな話ですが、離婚届を一方的に突きつけられたのに、彼女には、これまで与えてもらったことへの感謝しかないんですよ。恨む心なんてまったく。そんなの、滅相もないことですから」
最後のほうは、自分に言い聞かせるように、俺は言った。