死刑って、こんな刑
「これまでも何度か房を移ったけど、今度の房はまずいよ。僕の前にいたやつが、生きてここを出たとはどうしても思えないんだよ。
気を抜くと出てくるんだよ。そいつの想念の残像みたいなのが。僕に抱きついてくるんだよ」
「もう決まってることなんだから、気の済むまで想像すればいいじゃない。禁ずるから死ぬのが怖くなって生きたくなって、その反動でまた死にたくなるのよ」
永遠子の言葉に俺は目を閉じ、乏しい想像力を総動員して、その日を想像した。
死刑執行ぎりぎりに俺はきっと、あるすごい何らかの悟りに到達するんだと思う。そして執行を言い渡す拘置所長に、こう申し出るのだ。
「ちょっとだけ待ってください。妻に、どうしても伝えたいことがあるんです」
「遺言だね。わかった。伝えておこう」
「いや。直接伝えたいんです」
「君に命を奪われた方々は、愛する両親にさよならさえ言えなかった」
「報復ですか? 令和の時代の日本の刑が結局のところ、報復でしかないんですか?」
「報復ではないが、応報だ」
まもなく目の前が真っ白になった。これが、この世で最後に触れるガーゼの柔らかさだ。両手もすぐに、じゃらつくかなわで自由を失った。テロリストに拉致され、打ち首の動画を撮られる人質のように。
首にロープがかけられた。首に当たる刑務官の手の冷たさが、俺にとって最後の人肌のぬくもり。
ここで涙なんかこぼしたら、俺が真人間になったみたいで、生き生きとは生かさず、かといって易々とは死なせもせず、今日まで俺のことを気にかけてくれた刑務官の皆さんがつらくなる。期待通り、ろくでもない人間の姿で死んでいってあげないと。
だから、体じゅうの穴という穴から漏れ出した、ありとあらゆる体液がまとわりついて、足取りは重くなる一方だけど、開き直って前を向く。
ずっと得体が知れなかった自分から、これでようやく解放されるんだもの。ぼんやりと輪郭が見えてきたところではあったけど。仕方がない。
ここまで突きつけられなきゃ、こんな方法でしか、命の重みに気づけない愚かな俺だから。
これはバンジージャンプとは訳が違うんだ。二度と戻ってはこられないのだ。はっと我に返って焦った瞬間、俺の足の下にたしかにあったはずの地面が消えた。
あと幾千幾万度、こんな光景を再生し続ければ、俺は死ねるんだろう?
涙が止まらなくなって、かといって何に泣いてるのか理由が見つからなくて、苦労している俺を無表情の永遠子が見つめる。
「なんだよ。なに黙って見てんだよ。高みの見物してんじゃねえよ」
荒ぶる俺に、のんびり彼女が言う。
「しーっ。こうして黙ってる間にも、深いものに醸成されていくのを二人して待ってみるのも、たまには面白いじゃない?
すぐに言い返せる弁の立つ人は発散できてるようで、実は発酵の機会を逃して損してるんだとしたら? この世界、言ったもん勝ちでもなくなるかもしれないでしょ?
一瞬の論破なんかより、いつまでも続けてられる沈黙のほうが楽しいじゃない?」
彼女には何が見えているのか、相変わらず俺にはわからなかった。だけど、本当は怖くて仕方がなかった。彼女がいる世界から俺だけが立ち去ることが。
「死刑だなんて、そんな形で絶える僕の魂はどうなるんでしょう?」
「あなたの魂は旅の途中。たまたま今、あなたの存在する場所で命になっただけ。だから、また旅を続けるんでしょう。どこかで命になったら、また会いましょうよ。
あなたにはもう闘う相手なんていないはずよ。あえて言うなら自分だけ。
苦しくなったら、外から見た自分を笑ってあげて。嘲笑ではなく、包み込むような微笑みで。それが、行き詰まらないための唯一にして最強の方法よ」
※『死刑に直面する人たち』(岩波書店)、『死刑囚200人最後の言葉』(宝島社)、『死刑囚90人とどきますか、獄中からの声』(インパクト出版会)などを読んで書きました。