もっと早く出会えていたら
彼女と出会って初めて知った。会って別れてすぐが、また会いたいって気持ちがピークになるってことを。彼女に伝えたら、そんなの流行り歌で歌い古されて、もう歌われなくなったくらい当たり前の真実よと笑われた。
彼女という女を前にした俺は、生殖器を振りかざしたいなんて願望が、かつて自分に存在したことすら忘れていた。そんなものが自分についていたことすら。
なのに、心だけは彼女を求めていた。
これまで、女に感情が湧かなかったんじゃない。関心が湧かなかっただけだ。関心さえ湧けば、いやでも何かは思うことを彼女は教えてくれた。
あるとき、面会に来た彼女に尋ねてみた。
「永遠子さんのお母さんって、どんな人なんですか?」
「親切で、世話好きで、お節介な人。でも時折、善行の向こうに透けて見えるの。心のなさが。
私だけは見破ってたけど、人に注ぐ愛情なんて、あんなもんで十分だったのかもしれない。余計なことに気づきすぎちゃいけないって、いつも自分に言い聞かせてた。いやな子どもでしょ?」
「結婚相手の僕のことは、お母さん、何か言ってましたか?」
「私もね、いい歳じゃない? 両親とも亡くなったの」
ろくな思い出がないのだろう。それきり彼女は家族の話になると、口をつぐんだ。
話をするうちに、すぐにわかった。彼女が物質では決して満たされることのない女だってことが。
「化粧品、洋服、食事、旅行、プレゼントにはとりあえず興味はないから、気遣いは無用よ。すべての人が同じ人生を求めるから苦しくなるの。いったんあきらめることから始まる、私だけの人生だってあるはずなのに。一見、敗北のようにさえ見える、私だけの人生が」
彼女なら、流れに身を任せ、たとえ他の女と同じような暮らしに流れ着いていたとしても、きっと幸せではなかっただろう。物質で自分を満たせる人は、ある意味幸いな人だ。
「こうして死刑囚としゃべってる今は幸せなんですか? 殺しだなんて、永遠子さんがいる世界とは何の関係もなかったでしょうに」
「そんなことないでしょう? この世の事象に、自分と関係ないものなんてある? 殺しだってそう。現代の、この社会に生きる私の闇と地続きの、言うなれば私の一部みたいなものでしょ?」
「そんなものまで抱えてたら、膨大になってしまいそうだな。
僕だってね、ちゃんと知ってたんですよ。人を殺しちゃいけないことくらい。でもね、あるとき、自分の、一本の、まっすぐな道理だけが、それを超えちゃって。
あなたともっと早く出会えてたら、僕はきっと人をあやめたりはしなかった」
「人生に、もしもはないの」
「でも空咲飛は、パラレルワールドでは、僕らは結婚してるなんて言ってたし」
「私は、そういうのは信じない。死刑になる羽目に陥るほど、不器用で要領の悪い男に私は興味をもった。その順番がすべてよ。群衆の中でくすぶっているあなたなど、私は見つけることもできなかったでしょう」
だとしても、せめて親族に一人でも、鳥くらいの高さから物事が見える彼女のような誰かがいれば……。そんな感傷、彼女は受け入れてくれそうにもないけど。




