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死刑囚になった俺  作者: 夜道迷(よみちまよい)
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密室に二人でいる苦しさ

 女を便所にたとえることが人の道にもとることは知っている。だけど実際、長時間我慢したあとの放尿の快感を超えるものは何も感じないから、女にそれ以上の価値は見出せなかった。


 今度こそは温かい交わりをと願っても、手に入るとわかった瞬間、女のヴェールに包まれていた部分は色あせて輝きを失い、やる前から終わったあとの虚しさと徒労が込み上げてくる。女は、俺をよりいっそう深い空虚へと引きずり込む穴だ。


 そこから抱き合ったとて、湧いてくるのは血流の促進に伴うわずかな興奮と、これっぽっちの報酬のために時間や金や体力を費やしてきたのかという割り切れなさと、切羽詰まった尿意のせいでやむを得なかったんだという言い訳と、明日からも続いていく女との関係を思ってのわずらわしさだけ。


 皮膚を通して伝わってきてもよさそうな熱い血の通いも、心に深くしたたり落ちてくるものもなかった。


 穴の形状と締めつけ具合が少々変わったところで、それは同じだった。子どもの頃の話、趣味、得手不得手、好き嫌い、バイト遍歴、男遍歴、ぱっとしない体型。似たり寄ったりのデータをひと通り収集したら、あとは何を深め合えばいいのかわからない。長いつき合いの恋人や夫婦は、そこから先、何をしているのか知りたかった。


 俺はいったい何と暮らしているんだっけ? 数日前から、よくわからなくなった。自分以外の生命体が俺の存在を(おびや)かし、侵食(しんしょく)してくる感覚に俺の神経は一日中逆立ちっぱなしで、休まる(ひま)がなかった。


 気を失い、意識から空咲飛(あさひ)も自分もいなくなれる夜が来るとほっとして、隣に空咲飛がいる現実が戻ってくる朝が来ると、ぞっとした。


「たぶん、理介は親の愛情が足りなかったんだよ。でも、もう大丈夫。理介に愛情を注ぐことだけに集中できるように、友達のも、パパのも、ママのも、お姉ちゃんのも全部、スマホから連絡先消したから」


 彼女が愛の言葉らしきものを吐くたびに、のどの入り口付近でせわしなく吸い吐きしている俺の息が、どんどん浅く速くなるのを感じた。そのまま油断していると、俺を突き動かすリビドーが急降下してゼロになり、何の感情も伴わない涙が、とめどなく(ほお)を伝い落ちそうになる。


 リビングからあわてて隣の寝室に避難すると、扉を閉めた。窓を開け放ち、ここは、どこともつながっていない、宇宙にただ一つ浮かんだ空間なのだと思い込もうとした。でも駄目だった。


 あいつと俺とを(へだ)てる薄い扉の下のわずかな隙間(すきま)から、有無を言わさず、許可をも得ず、すごい勢いで侵入してくる幼児じみた支配欲や思惑や万能感に、俺は縮み上がった。


 そんな、()き出しの神経を守るにはあまりに脆弱(ぜいじゃく)結界(けっかい)は、けたたましいノックと共に、あっさり破られる。


「ねえ、何してるの? いつも一人で何考えてんの? あの看護師のこと? 私がいても、彼女にしかできない役割って何なの?」


 俺の頭の中の出来事なんて話したくもなければ、のぞかれたくもなければ、理解されたくもなかった。まあ、のぞかれたところで、からっぽではあるのだが。とにかく、この先も一緒に生きていく気なんてさらさらない彼女と共有するつもりはなかった。

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