親ガチャ回し直したって、たいていはまた外れ
「だって、何年も留年して三流大学出たところで、何にもなれやしないでしょ? だいたい、その恵まれないルックスと低学歴と将来性のなさの、どこに自信もって、女を取っ替え引っ替え抱いてんのよ。
あなたの正体を知った上で結婚しようなんていう奇特な女はいないからね。この先も、からっぽが女にばれかけては逃走する放浪人生が待ってるだけでしょ?」
「何の取柄もないからこそ、正体がばれないうちに逃走でもしないと女にありつけない。当たり前の戦略だろ? 女との合意のもとにセックスしてるし、お互い独身だから不倫でもないし。やっても愛情が湧かないのも、関係が続かないのも結果論であって、俺の落ち度じゃない。それのどこがいけないんだよ。
留年は親への復讐だよ。金を握った者ばかりが物事を決定できるわけじゃないって、教えてあげなきゃ。卒業のタイミングくらい、自分で決めるよ」
それには答えず、美咲は桃子を高々と抱き上げてみせる。
「ねえ桃、うちにこんなパパがいたら、どう思う? 桃の情操教育は無理そうだけど、とりあえず家族の体裁は整うよね。シングルマザー好きの妙な男も寄ってこなくなるし。
脳のどこかに不具合はあるかもしれないけど、幸い面構えだけは真人間に見えるし、何より愛情がないってのが身軽でいいよね。自分勝手でわずらわしい愛情なんてものに翻弄されて、ママも桃も人生くたくただもんね」
脳のどこかに不具合があるんじゃないかって、俺自身が一番思ってきたさ。女にばれたら引かれるんじゃないかって、あわてて音信を絶ったことも一度や二度じゃない。
たとえ脳に不具合があったとしても、それは表面的には人格の問題として現れるから、俺はいつも人格の劣った者として罵声を浴びせられてきた。それをこんなに軽々しく言ってのけるなんて。無神経を通り越して、もはやヘイトクライムだと思った。
俺の中で何かがゆっくり起き上がるのを感じた。鎮まれ。おとなしく眠ってくれ。どうにか飼い馴らそうと試みる。のどがつかえ、みぞおちが圧迫される。
幼き日、立ちはだかる太刀打ちできない大きな波にいつも沈められ、おぼれさせられた。そのときの息苦しさまでが、今はっきりとよみがえる。
「俺は呪いをかけられたんだ。俺が何かでほめられるたびに、力いっぱい絵を描いて、作文を書いて、走って、鉄棒を回って、クロールして、しょうもない、そんなもん簡単にできるじゃない、ほらって、全力で俺をつぶしにかかった大人げない母親から。お前は何もできない、いや、何もできないでいろという呪いを」
俺の手を引いて、熱心に植物の名を教えてくれた母親の隣には、いつからか義父の姿があった。二人は、見つめ合っては俺の未熟な万能感を踏みにじり、あざわらった。すべてがあいまいな俺の記憶の中で、義父に恍惚とする母の表情だけが生々しかった。
親の再婚で親ガチャ回し直しとなったって、たいていはまた外れるんだ。
「そんなもん無視して、ぶっちぎればよかったのよ。肉欲、怠慢、現実逃避。弱い人間が陥りがちな穴にことごとくはまってるあなたの言い訳にしか聞こえないんだけど」
彼女はわかっちゃいないのだ。じりじりと削がれていく意欲と育まれていく無力感の前に、人がどれだけ無抵抗かってことを。それが、築き始めたばかりの子どもの王国を崩壊させるには十分すぎるほどのインパクトをもつことを。