63話 最強の敵
「――――――はっ」
気づけば、俺はふたたび白い画廊に立っていた。
試練を突破した、ということなのだろうか。
しかし――。
「……はぁ……はぁ……っ」
頭が痛い。記憶が混乱する。涙が止まらない。
俺は壁に手をついてうずくまり、荒い呼吸をくり返してから。
やがて、ぼんやりと呟いた。
「…………思い……出した」
トラウマ想起。
忘れていた痛みや悲しみまでをも、全て再現される試練。
しかし、そのおかげで――大事な記憶を思い出せた。
(そうだ……前回の人生で、メモリアは俺の相棒だった)
過去戻りも、1人で実現したわけではない。
これは、記憶を過去へと送る魔法だ。
俺たちが2人で開発し、2人で過去に戻ろうと約束をした。
しかし、過去戻りできるのは1人だけで。
俺だけがこの時代に戻ってきた。
もう、あの未来は救えない。未来の彼女は救えない。
俺は前回の人生で、誰も救えなかった。
(……忘れていられたら、つらくなかったのにな)
たしかに、あのときメモリアが忘れさせてくれなければ、俺の心は壊れていたかもしれない。
だけど、思い出せてよかったと思う。
今ならまだ、きっと間に合うから。
(……早く、メモリアのもとに行かないと)
苦しいけど、立ち上がる。
今度こそ救ってみせる――その100年後の誓いを果たすために。
「……くっ……はぁ……っ」
俺はよろよろと城の奥へと歩きだす。
しかし、真っ白なダンスホールのような広間にたどり着いたところで――。
俺の足は、止められた。
「……っ」
ぱら、ぱらぱら、ぱらぱらぱらぱらぱら……っ! と。
どこからともなく記憶のページが広間に集まり、次々と形をなしていく。
そうして現れたのは――嫌というほど見覚えのあるものだった。
――第1の魔王・始祖竜ヴェルボロス。
――第2の魔王・究極生命体アルティメルト。
最近戦った魔王たちが、目の前にふたたび顕現していた。
しかし、それだけではない――。
――炎罪姫スカーレット。
――聖天使セレナーデ。
――黒死蝶ヒストリア。
――天空王スフィア=ノート。
――巨神要塞テゥルギア。
――百眼王アイ=ビー。
――絶対零姫フロストフィールド。
――夢幻回廊ナイトゲート。
――死喰蟲エウリノーム。
――蜃気竜トロイメライ。
――塵王カイオウ。
――九十九神ドールランド。
――毒裁女王ザリチェ。
――風廻鳥パズズ。
――強奪王クロウ。
――鍵守双子ル=ル。
――災厄姫デザイア。
――千変道化スケルツォ。
――宇宙竜バルフート。
――精霊王オラトリアス。
――石巨神アルマ=キナ。
――冥姫ハナハナ。
――終わりの天使フィーネ=ラム。
俺が未来で出会い、戦ってきた強敵たちが――形成されていく。
(……これが、次の試練ってわけか)
――記憶の再現。
過去に出会った強者との戦い。
だとすれば……最悪だ。
(早くメモリアのもとへ行かないといけないのに……)
目の前に現れた強敵たちのどれもが、かつて戦ったときと同等の力を有しているのがわかる。
強敵と戦い続けてきた俺にとっては、もっとも相性が悪い試練だ。
それに、記憶の中にいる強者を再現するというのなら……。
……ここに、やつがいないはずがない。
「――――“時空支配・Ⅰノ針”」
ざん――――――――ッ!!
と、白い剣閃がほとばしる。
その光とともに――全ての魔王が、真一文字に斬り裂かれた。
一瞬で塵となる魔王たち。
その背後から現れたのは、透明な双剣を手にした神々しい魔王だった。
「…………そうだよな。お前がいないわけがないよな」
俺はその魔王を、知っている。
この世界の誰よりも、よく知っている。
魔王殺しの魔王。
未来を滅ぼした史上最強の大災厄。
英雄になれなかった――少年の末路だ。
「……………………………………」
かつ、かつ、かつ……と。
白い衣をたなびかせながら、魔王が無言で歩み寄ってくる。
その一歩ごとに、彼の足先から波紋のように滅びが広がっていく。
世界が泣き叫ぶような音を立て、空間がびきびきと黒い雷が駆け抜けるようにひび割れ――砕け散っていく。
「……っ」
冷や汗が出る。全身が震える。
逃げてしまいたくなる。あきらめてしまいたくなる。
それでも、俺はこの先に進まなければならない。
もう絶対にあきらめないと誓ったから。
今度こそ救ってみせると誓ったから。
俺はすぅっと息を深く吸い……。
静かに剣をかまえて、史上最強の敵と対峙した。
「それじゃあ、始めようか――時空王クロノゲート」










