2話 未来を回想してみた
――十二賢者・第1席クロム・クロノゲート
100年後の未来で史上最強と恐れられた、世界でただ1人の時魔術士。
それが俺だった。
とはいえ、俺の人生は世間で讃えられるような輝かしいものではない。
昔の俺は弱くて、そのせいで大切な人たちを失った。
せめて、もう二度と守りたいものを失わないようにと、俺はひたすら強くなることに人生を費やした。
おとぎ話だとバカにされていた時魔術理論を構築し、戦場を駆けめぐって実戦経験を積み、次々と誕生する“魔王”を殺してはその力を肉体に取り込んだ。
才能がなかった俺が強くなるには、誰よりも努力しなければならなかった。
自らの血反吐に溺れるような修羅のごとき日々……。
地位も、名誉も、富も、なにもいらない。
ただ、楽しかった少年時代のような日々に戻りたい。
もうなにも失いたくはない。
その一心で努力をし続け、ついに全てを守れるだけの力を手に入れた。
……だけど、間に合わなかった。
時間が、足りなかったのだ。
俺が強くなるころには、守りたかったものはなにも残っていなかった。
幼馴染の少女たちも、優しさを教えてくれた人たちも、俺が育った平和な町も、魔術を教えてくれた師匠も、故郷のヒストリア国も……なにも、守れなかった。
たった一度の人生では、強くなるだけで精一杯だったのだ。
だから、俺は人生をもう一度やり直すことに決めた。
前人未到の過去戻りの術式によって――。
(……これは夢なんかじゃない)
目の前にいるエルを見ながら、過去に戻ったことをはっきりと実感する。
「……エル、今日は女神暦何年の何日だ?」
「い、いきなりどうしたの、クロムくん? そんな怖い顔して……」
「いいから、教えてくれ」
「う、うん? 女神暦1200年の4月10日だけど……クロムくんの16歳の誕生日でしょ? 忘れちゃったの?」
「……なるほどな」
改めて確認を取ってみるが、やっぱり俺の知っている暦とは違う。
間違いない。ここは――。
――俺がさっきまでいた時代の100年前の世界。
まだ故郷の町が平和で、俺がまだ魔術を使えない“落ちこぼれのクロム”で……。
そして、エルがまだ生きていた時代だ。
「――は……ははははっ! 成功だ! 成功したんだ!」
「……!? ……!?」
思わず、エルにがばっと抱きついた。
100年間の努力がようやく実を結んだのだ。当然、テンションは振り切れてる。
「く、クロムくん!? な、ななな、なにを!?」
「すごい、本物のエルだ! エルが生きてる!」
「そりゃ生きてるよ!?」
「うおおおっ、エルにさわれる! さわり放題だ!」
「べつに、さわり放題じゃないよ!?」
「はははっ! ほーら、高い高ーい!」
「なんで、高い高いするの!?」
しばらくエルを満喫してから、ふと冷静になって見ると。
「……ぁ……ぁぅ……」
真っ赤になったエルの顔から、ふしゅぅう……と湯気がのぼっていた。
(ああ……そういえば、こんなべたべたする仲じゃなかったか?)
一応、エルは箱入りのお嬢様だったな。
貴族男たちからは“聖女“とか”天使”とか呼ばれて想いを寄せられまくっていたものの、本人は男に触れることにすら慣れていなかったはずだ。
もちろん、幼馴染の俺もこんなにスキンシップは取っていない。
抱きついたことも高い高いをしたことも一度もない。
(……過去に戻って、いきなり不審者ムーブをかましてしまった)
とりあえず、慌ててエルから離れる。
「ご、ごめん。エルに会えたのがうれしすぎて、つい……」
「あ、会えたのがって、いつも一緒にいるでしょ?」
「……ああ、そうだったな」
いつも一緒にいた。ずっと一緒にいられると思っていた。
それでも――俺はすでに知っている。
(……1周目と同じなら、エルは今日の“大災厄”で死ぬ)
全てのターニングポイントは、今日だ。
1周目における暗黒時代は、この日から始まった。
たび重なる“魔王”の誕生、魔術士協会の暗躍、世界大戦の勃発――。
俺が守りたかったものは、ことごとく失われていった。
この当時、まだ弱かった俺には、なにもすることができなかった。
しかし。
(……今の俺には、未来で培ってきた知識と技術がある)
俺はちらりと時計に目をやる。
現在の時刻は、朝の6時。ということは……。
(エルが死ぬまで――残り12時間)
時間はあまりないが、1周目と同じ未来にはさせない。
未来で失ってしまったものを、“過去”から取り戻そう。
(――今度は、きっとうまくやってみせる)
俺はひそかに、そう決意を固めるのだった。