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12話 魔物の軍勢


「――俺がここから、全てを救ってみせるから」


 血のように紅い夕焼け空。

 故郷の町を呑み込もうと迫りくる魔物の大群暴走(スタンピード)

 そんな世界の終わりみたいな光景の前で、俺はエルに微笑むと。

 つかんでいたエルの手を離し、そのまま――魔物の大群のほうへと駆けだした。


「……っ! ま、待って、クロムく――」


 エルがとっさに、俺へと手を伸ばしてくるが……。



「――“時間加速(ヘイスト)Ⅳ倍速(フォース・スピード)”」



 そう唱えた瞬間――世界がスローモーションになった。

 宙に舞っていた花びらや水滴が、ゆっくりと浮遊する。

 エルの伸ばした手が、ゆっくりと空を切る。

 世界の全てを置き去りにして、俺だけが違う時間を駆け抜ける。

 エルの叫びは……もう聞こえない。


(……今日は楽しい1日だったなぁ)


 魔物の大群に向けて走りながら、今日の出来事を思い出す。

 過去戻りに成功して、少年時代に戻ってくることができた。

 エルとまた出会うことができた。

 シリウスさんとレイナさんに感謝を伝えることができた。

 ラビリスとも少しだけ仲直りすることができた。


 ……幸せな1日だった。かけがえのない時間だった。

 この平和な時間を守りたい。大切な人たちを守りたい。

 そのためならば、俺はなんだってしよう。


「……っ」


 俺はポケットから取り出した魔石を口に放り込んだ。

 がりっと噛み砕くとともに、びりびりと体内に魔力が流れ込んでくる。

 一歩間違えれば死ぬ、魔力強化の外法だ。


「――“時間加速(ヘイスト)Ⅶ倍速(セブン・スピード)”」


 俺はさらに――加速する。

 もはや、まともに俺を視認することさえ難しいだろう。


 魔術慣れしていない肉体が、悲鳴を上げる。

 俺の体の表面でばちばちと魔力が放電を起こし、魔力回路が焼き切れそうなほどの痛みを発する。

 それでも――ここで止まるわけにはいかない。


「ま、魔物の大群だぁ!?」「冒険者はどこだ……!?」「みなさん、落ち着いて! 町の中に戻ってくださ――う、うわっ、魔物!?」「いや、人間……なのか?」「つ、次から次へとなんなんだ!?」


 パニックになって街道に集まっていた人々の側を、魔力放電の光だけ残して一瞬で通り過ぎる。

 ほとんど停止した世界の中を、走り、走り、走り――。


「………………」


 やがて、俺は立ち止まった。

 倍速術式を解いて息を整えながら、目の前を睨みつける。


 血のように紅い夕空の下――。

 眼前の花畑を埋め尽くすように、魔物の大群がひしめいていた。


 数百……いや、数千はいるだろうか。

 わかるのは、数えるのがバカらしくなるほどの数だということだけだ。


 びりびりびり……ッ! と大気を震わせる、雄叫びと地響き。

 魔物の軍勢が黒くうごめく洪水となって、こちらに迫りくる。


 後に、歴史的な大災厄となった魔物の大群暴走。

 その前に――俺は1人、立ちはだかる。


(ようやく……ここまで、たどり着いた)


 ここまで来るのに、ずいぶんと長い時間がかかってしまった。

 数えきれないほどの血や涙を流した。数えきれないほどの禁忌を犯した。

 数えきれないほどの時間を、ただ強くなるためだけに費やした。


(――全ては、今このときのために)


 ここにいるのはもう、ただの無力な少年ではない。

 あの日、立ち尽くすことしかできなかった“落ちこぼれのクロム”ではない。

 世界最強の時魔術士クロム・クロノゲートだ。

 ずっとやり直したいと願っていた過去を――。


(――“過去ここ”から、やり直してみせる)


 俺は剣をすぅっと抜いて、静かにかまえた。

 たった1人の人間が現れたところで、魔物たちの動きは止まらない。

 魔物の動きは思ったより速い。接敵まで、あと30秒といったところか。


 しかし、どれだけ速くても、どれだけ早くても――。

 俺の時魔術には追いつけない。




「――――“時間加速(ヘイスト)Ⅻ倍速(ラスト・スピード)”」




 その一言で――。


 ――――世界が、停止した。


 こちらに迫っていた魔物が全て――止まって見える。

 この身にかけられる最大倍速。

 世界の全てを置き去りにする早さ。

 今の俺には誰も追いつけない。誰も俺をとらえることはできない。

 そんな加速した時間の中で、俺はとんっと地面を蹴り――。


 魔物たちと――すれ違った。



「――“倍速解除”」



 その言葉とともに、ふたたび魔物たちの時間が動きだし――。

 

 ざん――――ッ!!

 

 と、戦場に剣光が乱閃。

 一瞬遅れて、数千もの血花が一斉に咲き乱れる。


 その場に崩れ落ちていく魔物たち。そして――。

 世界を震わせていた地響きが……止まった。

 辺りはまるで何事もなかったかのように静まり返る。

 魔物たちはおそらく、自分が殺されたことにすら気づいていないだろう。

 今の俺には、もはやこの程度の敵など相手にもならない。


「さて……前座は片付いたな」


 ばきん――ッ、と。

 耐久限界が来た剣が、砕け散る。

 だが、すぐに剣の時間を戻して修復し、ふたたびかまえ直す。


 まだ戦いは終わっていない。むしろここからが本番だ。

 最後に残った魔物と、俺は対峙する。


「……100年ぶりだな。ずっと会いたかったぞ」


 目の前にいるのは、純白の鎧鱗に包まれた神々しい六翼の竜。

 魔物の軍勢を率いていた、この大災厄の元凶の“魔王”――。



「それじゃあ、始めようか――第1の魔王・始祖竜ヴェルボロス」



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