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早いものでこの地に着いて3か月が過ぎました。
着いて1週間は屋敷内の説明と案内をしてもらいながら使用人たちの仕事の見学をし、2週間目には屋敷周辺で城壁内の説明と案内そして、そこで働く人の様子を観察させて頂きました。
何しろ中も外もびっくりする程広いのです。
そのころ私に割り当てられた仕事はなく「早く慣れることが仕事よ!」との奥様の言葉に従い屋敷内を見て回ったので、3週目には屋敷の内部を案内なしで歩ける様になりました。
2か月経つ頃には城壁内も殆ど把握できたので、自分ができる範囲のことを手伝うようになりました。
3か月経った今ではご領主夫婦が普段お使いになられる場所のお花を庭園や温室から選んで庭師に切ってもらい活けることや、屋敷の裏手にある養鶏小屋から卵を回収することが私の仕事となりました。
実家の離れで趣味と実益を兼ねてしていたハーブ栽培も庭園の片隅でさせてもらっています。
そのほかの時間は淑女教育です。
母が存命の間の淑女教育は教師が付けられていました。
母が亡くなってからは ばあやと乳母のメルナがある程度は施してくれていましたが、勉学・教養の確認とダンス、そして社交マナーの勉強をさせてもらっています。
一番大変なのはダンスです。
男性パートナーとのダンスがこれから先必要になるそうですが、ダンスだけは何の心得もない状態でしたので享受してくれる家令のイーサンさんの足をどの位踏んだでしょうか。
いくら使用人だと言ってもよそから来たばかりの小娘に何度も踏まれるのです。
ある日 旦那様がお相手を買って出てくださいましたが、旦那様の足を踏めばダンスがトラウマとなりそうでしたので、もっと上達してからと丁重にお断り致しました。
ある日奥様が「急いでドレスを仕立てるわよ!」とお屋敷に仕立て屋を呼び寄せました。
こちらに来た直後に何着も買っていただいているのでもう十分だと遠慮したところ、この度購入するものは普段着やお出かけ着ではなかったのです。
「王妃様の夜会が決まったわ。ナタリアもご挨拶するのだからしっかり準備をして行きましょうね。」
サラ様は王宮で行われる王妃様の誕生日の夜会で、王都にいる息子さんや知り合いの適齢の男性をご紹介くださるようです。
誰よりも張り切っているサラ様に戸惑っていると
「我が家は息子しかいないから女の子と過ごすことに憧れていたのだろう。少々張り切りすぎてはしゃいでいるが付き合ってくれないかな。」
旦那様が苦笑しながら愛おしそうにサラ様を見て言いました。
私をヒルトップ家から離すのにご協力くださった王妃様にご挨拶とお礼をしたいと思っておりました。
それに私のことを娘のように扱ってくれるお二人に恥をかかせないように、より一層ダンスやマナーを頑張らないといけませんね。
ドレスを仕立てるにも社交界に出たこともありませんから、夜会ドレスの決まり事や今流行りの形と私に似合う色や形などサラ様と仕立て屋のお話を聞きます。
もちろん私の好みも聞いてくださいますが、私は今まで自分を抑えた生活をしていたので自分の好みや意見というものが無いのです。
遠慮しなくていいと言ってくれますが、遠慮しているわけではないことや私のこの生い立ちによる心情や考え方をサラ様に理解してもらうまで大変苦労致しました。