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すみれの花で花束を  作者: 音塚和音
4/15

馬車と荷馬車はゴトゴトと進んでいきます。

出発した日から本日4日目ですが、穏やかな晴れた日に恵まれて順調に進んでいるようです。

道中の宿泊は中流貴族が利用する宿の上等な部屋でした。

嫁ぎ先の「ご主人」と言われる方が旅中不安だろうとの配慮で、ばあやとミーナを同じ部屋にするように手配してくれたそうです。

御者からその話を聞いたとき、嫁ぎ先のご主人様…私の旦那様になる方は優しそうな方で良かったと思いました。



「ようやく領地に入りました。お屋敷到着までは、あと半日ほどですかね。」


毎回宿泊していた宿を出発する際にあらかじめ頼んでおいたのでしょう、昼食の入ったバスケットを御者が受け取ります。

宿泊地はたいてい街中にあるので必然的に次の宿泊地(=街)までは農地や林地、牧草地・草地…。

そうです貴族に食事を提供するようなお店など無い道をただひたすら行きます。

宿で受け取った昼食を移動の途中で頂きます。


伯爵邸を出たのは離れで軽い昼食を取った後でした。

2日目は停めた馬車内で。3日目は移動する馬車内で…と次の宿までの距離や停める場所の安全性・天候によるのでしょうが、4日目のこの日は馬車の外に簡易のテーブル(木箱にテーブルクロスですが)とベンチ(木箱に板を渡したもの)を設置しての昼食でした。


そこはとても見晴らしの良い場所でした。

用意してくれたベンチに腰を下ろして景色を楽しみます。


ぽつん ぽつんと見えるのは小さな建物で、おそらく領民が農具や農作業の休憩所にしている作業小屋なのでしょう。

ところどころに放牧されている羊や牛だろうと思われる、家畜の群れが見えました。

牧草の青い香りの風が緩やかに吹き抜け、私の髪を揺らします。

膝の上に置いていた私の手の甲に突如水滴がかかりました。


「お嬢様いかがされました?」


ばあやが慌てていますが、私はばあやの慌てている理由が分かりません。

ハッとして自身の頬に手を当てるとその頬もまた手の甲同様に濡れていました。

私は涙をポロポロと流していたのです。


嫁ぐことが嫌であるとか、嫁ぎ先が不安だとか、どうして私が…とか、そういった悲しみや悔しさの気持ちは全くありません。

私の心はとても凪いでいました。

母が亡くなってから知らず抑え込んでいた感情が、あの伯爵邸の家族であって家族でなかった人たちと離れたことによって解放された瞬間だったのかもしれません。


ばあやもミーナも旅を共にしてきた嫁ぎ先の御者や下男たちも、私が涙を流す姿を見て慌てています。

いけない、皆さまに勘違いさせてはいけませんね。

私は急ぎハンカチを取り出すと水滴を拭い、


「心配させましたね、ごめんなさい。この美しい景色で心が洗われたようです。」


何年ぶりでしょうか。

この言葉にできない思いが皆に伝わって欲しくて、作らない笑顔で言いました。

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