プロローグ
「ナタリア様、旦那様がお呼びです。急ぎ旦那様の書斎まで!」
洗い終わったシーツを侍女のミーナと広げて干しているところに執事のジョナサンが告げに来た。
「お嬢様、ここは私にお任せになって急ぎ向かってくださいな。」
青ざめたミーナは自分が後はするからと私を急かす。
私はうなずくとジョナサンの後について本邸に向かった。
私はナタリア・ヒルトップ。
サランドラム王国ヒルトップ伯爵家の家事使用人の一人…ではありません。本来はヒルトップ伯爵家の長女で、世間では「伯爵令嬢」と呼ばれる身の上であります。
なぜ家事使用人のような生活を送っているのかということから、お話いたしましょう。
遡ること8年前…私が10歳の時に母クリスティンはその年の流行り病で亡くなりました。母を亡くした私は悲しみでいっぱいでしたが、なんと父は間もなく新しい女人を家に迎え入れたのです。
8年もの間父の妾という立場にあったミランダ様との間に8歳の娘がいたこともあり、その方を後妻として迎え入れた…ということを後々使用人たちの話から知ることになりました。
当時そのようなことなど全く知ることのない母を亡くしたばかりの無垢な私は、新しく母親代わりになってくれる女性と妹ができるので嬉しくてたまりません。母を亡くした悲しみから目をそらす思いも働き、無邪気にそのことを嬉しく楽しみに思っていたのでした。
しかしミランダ様は前妻の子に優しく接することも、可愛がることはありませんでした。
これまた幼子の知る由もなかったことですが、数年前に代替わりした母の実家からの金銭援助が年々少なくなってきていたようで、ヒルトップ伯爵家の財政状況は思わしくなかったようです。このこともあって父は私のことにも興味が薄かったのだと思います。
妾でいたミランダ様の実家は商家であり先代の商才により金銭的には裕福であったため、貴族とのつながりを求めていたのでしょう。我が家の財政状況含めたこのチャンスを逃すことなく、伯爵家の夫人の座へと納まったのです。
初めて2人にあった日のことをよく覚えています。ミランダ様は肉感的で魅力的な女性で、妹は2つ年下のシェーンという名で大変可愛らしい子でした。しかしその日も以後も私と会話を持つことはありませんでした。2人が我が家に来た日から私は冷たく扱われ、ひと月後には敷地の裏手にある使用人棟より更に奥まった人目のつかない場所にある「離れ」と言われる小さな建屋で、ばあやと私の乳母メルナと侍女ミーナと共にそこで過ごすように言われ本邸に許可なく近づかないように指示されたのでした。
このように言うととても不幸なように思えますが元から義母や腹違いの妹と交流がないうえに、父はもともと私に関心が薄い人でしたからこの3人と会えない寂しさを感じることはありませんでした。
反対に伯爵家の使用人は生前から母を慕ってくれていて皆とても優しく愛情深かったので、母の残した幼い私をとても可愛がってくれています。
母は私に淑女教育を施してくれましたし、母亡き後は私が「ばあや」と呼ぶ母が生家より連れてきた母の乳母兼教育係のイルマが社交界へ出ても恥ずかしくないような全てを教えてくれました。
しかし残念ながらそれらを披露する社交界に出ることもなく、私は18年という日々を過ごしています。
このような状況から必要に迫られ炊事・洗濯・家事をするようになってしまいました。
私が物心つく頃に手伝おうとすると使用人たちは「お嬢様がそのようなことを!」と止めたりしていましたが、だんだんとばあやも無理がきかない年になった…ということもありますが、何より日々私がすることがない!暇を持て余しているというのが一番の理由です。
世間のお嬢様方はお茶会だの演奏会、慈善事業にお友だち訪問などすることがたくさんあるそうですが、私はそういうことが一切ないので時間は有り余っていました。使用人の手伝いをするうちに様々なことが身について、そして何より私自身も楽しんでやっております。
以上が、簡単な私の身の上話です。
評価していただけると、意欲の糧になります。