ルート:シルヴェスターとジョッシュ
あなたは悩んだが、団長のシルヴェスターと参謀のジョッシュのいる本陣に住む事にした。
何かあった時に頼れるのは、やはり上層の人間だろう。結婚うんぬんはともかく、仲良くなっておいて損はないはずだと考えて。
「ジョッシュ、巫女姫の部屋を見繕ってやってくれ。私は忙しくて手が離せないのでな」
「やれやれ、俺も忙しいんですがね。仕方ない。巫女姫サン、こちらへどうぞ」
ジョッシュは実に嫌そうにあなたを案内してくる。
ちょっとムッとしながらも、喧嘩になっては困るので、あなたは何も言わないでおいた。
団長の執務室から遠く離れた部屋の扉を、ジョッシュは開けてくれる。
ベッドの上にはマットも布団も用意されていなかったが、掃除の行き届いた綺麗な部屋だ。
「後で侍女に布団を持って来させますよ」
「ありがとう」
「では俺は忙しいのでこれで」
「え?! 私、ここで何をすれば良いの?!」
「それくらい、ご自分で考えやがれませ。失礼します」
バタンと扉が閉められ、あなたは部屋に一人残された。
慇懃無礼にも程がある。
そもそも、ここに来てたばかりだというのに、何をしていいか分からないに決まっているではないかとあなたは一人息巻いた。
しかし、団長という立場であり、参謀という立場ならば二人とも忙しいのは確かなのだろう。
何もやることがないなら、何か手伝えないだろうかとあなたは団長室に戻ってきた。
「姫巫女サン、何か不都合でもおありですか?」
あなたの顔を見て、明かにイラついた様子のジョッシュ。
彼の問いには答えずに、あなたはシルヴェスターに目を向ける。
「私、やる事もないので仕事をお手伝いしたいんですが……何かできる事はありませんか?」
「巫女姫サンにさせる仕事などありませんね。どうぞお部屋に戻って大人しく寝ていてください」
シルヴェスターに言ったというのに、何故かジョッシュから答えが返ってくる。
ムッとしたあなたが文句を言おうとすると、その前にシルヴェスターが口を開いた。
「仕事かね。では逆に聞くが、あなたは何が得意かな? 料理か、掃除か洗濯か、それとも他に何が特技があるのか」
「どれも一通りは出来ますけど、出来ればシルヴェスターさんのお役に立てる仕事が良いかなと」
「私の?」
シルヴェスターが目を丸めて驚いているが、あなたは真剣だ。
少しでも仕事を手伝う事で負担が減るのなら、そっちの方がいい。
「団長を支えるのは俺の仕事だ。簡単に勤まるものと思わないで欲しいですね」
ジョッシュはまた機嫌悪くあなたを睨んでくる。しかしあなたも負けてはいない。
「別に、そんな重要な事でなくても良いんです。ちょっとしたお使いだとか、身の回りのお世話だとか、簡単な書類整理とか……」
「ふん、そんなものは間に合ってますが」
「まぁまぁ良いじゃないか、ジョッシュ」
険悪になりそうな雰囲気を止めてくれたのは、やはりシルヴェスターだった。
「では、せっかくだから茶菓子でも買って来てもらおうかな?」
「はい、それくらいなら喜んで!」
「巫女姫サンはどこで売っているのか知らないでしょうが」
「あ」
そういえば、この世界は右も左も分からない。
シルヴェスターの好む茶菓子がどんなものかも、あなたは知らなかった。
「ジョッシュ、彼女についていってあげなさい」
「はい? なんで俺がこんな……この巫女姫サンと……」
「もしかしたら彼女は私の妻となるかもしれないのだ。ジョッシュにも仲良くなっていてもらいたい。な?」
「はぁ、もう分かりましたよ!」
どうやら、この不機嫌男がついて来てくれるらしい。
出来ればシルヴェスターの方が良かったが、団長はそんなに気楽に本陣を抜けられないのだろう。
あなたは仕方なくジョッシュで我慢する事にした。
「まったく、どうしてこの俺がこんな事を……」
本陣を出ても、まだジョッシュはぶつぶつ言っている。
おそらく、彼は優秀ではあるのだろう。口と態度は悪いが。
本陣を出てずっと南に進むと、繁華街があった。
赤レンガの小道を挟んだ両側に、店、店、店。朝だと言うのに人通りも多く、活気がある。
どの店に入るのかとジョッシュに着いて行くと、何故か洋服店へと入った。
「え? お茶菓子を買うんじゃないの?」
「巫女姫サンのその服装は、ここでは目立ちますよ。女性が膝を見せるスカートを履くなど、バカのする事です」
あなたは仕事用のスーツのままだったから、確かに少し膝は見えている。
ここでは足を見せる女性は不謹慎なのかもしれないと思って周りを見てみたが、膝上丈のスカートを履いている女性はそれなりにいるではないか。
「ねえ、あの人達も膝上だけど?」
「みんなバカなんですよ。巫女姫サンはこれを着てください」
「膝丈ダメって、ただ単にジョッシュの好みなんじゃ?!」
「店主、彼女を着替えさせてやってください。ほら巫女姫サン、さっさと着替えやがっておいでください。俺は適当に他のものを見繕っておきますので」
あなたは女店主に連れられて、奥で着替えさせて貰った。
若草色のワンピースは裾が足元まであるが、とてもシンプルで少し味気ない。
ジョッシュはまだ二十代後半といったところだろうのに、割と古風なものが好きなのかもしれない。
黄色や赤やピンクで着飾られるよりはよほど良いので、あなたは納得してそれを着る事にした。
店に戻ると、ジョッシュが紙袋をいくつも抱え、お金を払っているところだった。
「そんなに買ったの?! もしかして、全部私の?」
「女物の洋服店で俺が自分のものを買うとでも思ってんですか。全て巫女姫サンのものですよ」
「わ、ありがとう……どうしよう、お金……」
「この国のお金なんてお持ちでないでしょう。経費で落としますので心配無用です」
経費で落とすと言っても、大事なお金を使わせてしまった事には変わりない。やはりこれはちゃんと働かなくてはとあなたは心に決める。
「ああ、あと下着や月のものが来た時の備えもしておきましたんで」
「え?! ちょ?! そこまでしなくてもーー?!」
「ああ、もう月のものはなかったですかね」
「失礼ね! まだあるから!!」
思いっきりあると答えてしまって、あなたは赤面した。
常に不機嫌そうなジョッシュの顔がニヤリと笑う。
「では、団長へのお茶菓子を買いに行きますよ。団長の妻になるのでしたら、ちゃんと覚えておいてください」
「ちょっと、まだ結婚するって決まったわけじゃ……っ」
「何言ってるんです? あなたはここで最初に会話をした四人のうちの、誰かと結婚しなくてはいけない。それが習わしですから」
「それって、ジョッシュも含まれるんだよね?」
「不本意ながら、そうなりますね」
ツーンと高慢な態度であなたを見下ろすジョッシュ。
ムッとすると同時に、あなたは意地悪をしてやりたくもなった。
「じゃあ、私がジョッシュと結婚したいって言ったらどうなるの? ジョッシュは断れるの?」
「巫女姫サンの婚姻の意思は絶対ですからね。俺に拒絶権などございませんよ」
「そうなんだ……」
ちょっとかわいそうだなとあなたはジョッシュを見上げた。
彼はあなたの事を好きではなさそうに見えるし、ジョッシュは選ばない方が良いかもしれない。
「まぁ別に、抱けと言われれば抱けますがね」
「無理でしょ、ジョッシュっていくつ?」
「二十八です」
「私より十二歳も年下じゃない」
ないない、とあなたが笑うと、ジョッシュは手に持っていた紙袋を全て落とし、あなたに迫って来た。
「巫女姫サン、試してみても?」
人通りのある路地で、まさかの壁ドン。
じょじょに近づいてくる銀縁眼鏡イケメンに、あなたは肩を強張らせた。
「や、ちょ、ちょっと……っ」
「……ふむ」
近づいて来た唇が、直前でふいっと離れて行く。
ホッとするのと拍子抜けなので、あなたはぽかんとジョッシュを見た。
「え、えーと?」
「あなたと結婚しても俺の下半身は問題ないようですので、俺を選んでも別に構いませんよ」
落とした荷物を拾い上げながら不敵に笑うジョッシュ。
下半身は問題ないという発言に、あなたは呆れるやら恥ずかしいやら嬉しいやらで頭はぐちゃぐちゃだ。
「早く来てください。俺も暇ではないんでね」
そう言ってスタスタと歩いて行ってしまうジョッシュを、あなたは追いかけた。
無事にお茶菓子を買って戻ってくると、ジョッシュは仕事が溜まっているからとどこかに行ってしまった。
シルヴェスターに買って来たお菓子を差し出すと、「一緒に食べよう」と微笑んでくれる。
あなたはそれを食べてみたかったので、お言葉に甘える事にした。
「買い物はどうだった? 巫女姫よ」
「街並みも服装も私の故郷とは全然違って……本当に違う世界に来ちゃったんだなと思いました」
「そうか。故郷が恋しいか?」
「そりゃあ……そうです。やっぱり、生活習慣は日本のほうが馴染んでますし、向こうでは私を気にする人はいなくても……あっちの方が良いんです」
そう伝えながら、あなたは買って来たお菓子をサクリと食べた。
こげ茶色した小さく丸いお菓子は、チョコレートとビスケットが混ぜ合わさったような味で、少しビターだった。
「どうしても帰りたいと言うなら無理強いはできんが……もうしばらくはここで暮らしてみて欲しい。そして出来れば私と……いや、巫女姫が望むなら、最初に会話をした四人のうちの誰でも構わない。結婚し、この地で一生暮らしてもらいたい」
真剣なシルヴェスターの瞳。
姫巫女という存在は、そんなに必要なものなのだろうかとあなたは疑問に感じてしまう。
「巫女姫がいないと、どうなっちゃうんですか?」
「巫女姫の協力がないと、バキアは人に懐く事はないのだ」
「懐くことはない……獰猛な竜に戻ってしまうという事ですか」
「いや、一度懐いた竜は獰猛に戻りはしない。けれども、新たにバキアを手懐ける事が出来なくなる」
シルヴェスターの言葉を聞いて、あなたは『うん?』と首を傾げた。
「もしかして……私の仕事って、獰猛なバキアを手懐ける事ですか?!」
「そういう事だ」
「む、無理!! 無理です!!」
あなたは仰け反って両手を左右に振ると、シルヴェスターはクスッと笑った。
「あなたに危険な事はさせんよ。まぁ、少し血を頂く事にはなるが……」
「血?」
「野良バキアを手懐けるには、巫女姫の血を、一ヶ月おきに一年間飲ませ続ける必要があるのだ。そして最後に巫女姫が魔法を使えば、バキアは手懐けられる」
「私、魔法なんて使えませんけど……」
「最初に言葉を交わした四人の内、誰かと契れば魔力は得られる」
ニッコリと音を立てるように微笑むシルヴェスター。
契るの意味を理解し、あなたはドキドキと胸を打ち鳴らす。
「そ、それで結婚する必要があったんですね……」
「どうだね、誰か気になる者はおらんか?」
「まだ……分からなくて……」
あなたは今日、この世界に来たばかりである。
けれども、竜騎士を生業にしている彼らが竜を手懐けられないというのは、死活問題になるだろうという事くらいは分かった。
あなたが悩んでいると、シルヴェスターは立ち上がって窓の向こうを指差した。
「あそこは竜のねぐらという場所でな。今、白い竜が寝ているだろう?」
そう言われて、あなたも移動して窓の向こうを見てみる。確かに、白くて大きな竜が、広い草原にわらを敷いただけのねぐらで、首を横たえて寝ていた。
「バキアの寿命は、約八百年。あの白い竜はスノウホワイトという名前の竜で、この村に来てから七百二十年が経っている。この一ヶ月、何も食べぬし動かん。もう寿命なのだろう」
これだけ大きな竜なら、何千年も生きるのかと思っていたが、そうではないらしい。
生けるものはいずれ死ぬものだし、なんら不思議はないが。
「ここには常に五匹の竜がいる。あそこに寝ているスノウホワイト。私が所属するエメラルドグリーン。ジョッシュの所属するスペクトラムレッド、ザカリーの所属するランプブラック、そしてジェフの所属するセレストブルーだ」
分かりやすいネーミングで、あなたは簡単に色を想像する事が出来た。
「どれか一匹の寿命が近くなったら、我々は新しい竜を手に入れるために巫女姫を召喚しなくてはならない。なるべく、元の世界で悲しむ者がいない者を召喚……あ、いや、こちらの世界の方が幸せになれる者を召喚しておるのだが」
シルヴェスターは少し言いにくそうにして、チラリとあなたの顔を見てきた。
確かに、元の世界で幸せになれないというなら、こちらで幸せになることもアリかもしれない。
「そう、ですね……考えておきます」
あなたがそう答えると、シルヴェスターは大袈裟にホッと息を吐いた。
「ありがとう、巫女姫」
「まだここに居るって決めたわけじゃ……」
「それでも、少しでも考えてくれるのは嬉しいよ。年甲斐もなく、私はあなたに一目惚れてしまったようでね」
ハハハ、とシルヴェスターは自分の後頭部に手を乗せながら笑った。
その顔は少し照れ臭そうで、何故かあなたも照れてしまう。
「そんな、私、四十歳なのに……っ」
「私に比べれば十分若いよ。巫女姫は、私のようなおじさんなど、眼中にないだろうが……」
「いえ、そんな事……っ」
否定するために顔を上げると、視線がバッチリ絡まってお互いの顔が赤くなる。
良い歳をした男と、良い歳をしたあなたは、まるで少年少女のようだ。
「中断させてしまったな。残りを食べようか」
「は、はい」
あなたとシルヴェスターは、ニコニコと微笑みながらお菓子を堪能した。
***
それから一ヶ月経ったある日のこと。
「巫女姫サン、今晩あなたの部屋に伺ってよろしいですか」
ジョッシュがそんな事を言い出した。
あなたはお仕事を少しだけ手伝うようになっていたが、ジョッシュに手伝ってもらったり教えてもらうことも多い。
口は悪いが、そこまで性格がねじれているわけでもない事は、あなたにもわかって来た。
ジョッシュにオーケーを出した直後、団長室に行くと、今度はシルヴェスターにこんな事を言われる。
「巫女姫よ、今日は私の仕事が終わってから、話がしたいのだが」
あなたは二人から、そんな事を言われてしまった。
どうしよう?
①シルヴェスターを優先させてジョッシュには断りを入れる。
②ジョッシュの約束を優先させる。
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