たった一言。それを聞いた愛を知らない公爵令嬢は……
あぁ、やはり本当は私なんて愛されていなかったのですね。
私はこの国の公爵家令嬢であり次期王太子殿下の婚約者だ。しかし、それは最近、力を付け過ぎた公爵家と深く繋がる為の政略結婚であり産まれる前から決まっていた婚姻である。
しかし、私は嫌われ者であった。何故なら私を産んだ母上は産後体調が回復せずこの世を去ることになる。父上は母を大層愛していたそうで母を殺した私とは関わりが全くない。
侍女も少なく対応は仕事の為と言うのが見て取れる。最低限の礼儀と敬意で個人的な話などは振っても応えてくれず孤独な日々は私の心と顔を凍らすのにそう時間はかからなかった。
今年で彼とは10年の付き合いである。私はこの凍った表情は溶ける事なかったのがいけなかったのだろう。彼は最近、平民でありながら高い能力を買われて王宮の仕事に着いた女性と仲が良いらしい。
きっと、平民と貴族の違いでも話しているのだろう。そんな風に高を括る私は偶々、彼のある言葉を耳にした。いや、してしまった。
「ふふ、良かった。私も最近疲れていたんだ。産まれてきて初めてこんなに安らいだよ」
そう、最近は私との婚約者としての仲の良さを周囲に認知してもらう為に忙しかった。――そうか、彼は私と一緒にいて疲れていたんだ――、ぽきりと音を立てて何かが壊れる音が聞こえた気がした。
5才の誕生日を迎えた日。何の前触れもなく初めて父上に呼ばれて顔を合わせる。その顔は私の心と同じく全くの色のない顔、声。そう、ここで正しく自分の事を認識したのである。望まれぬ子であると。
事務的に告げられたのは、ここで私は婚約者の殿下との初顔合わせを行うということ。一応、礼儀作法はメイドと本で知っている。いや、メイドは最低限を教えて後は本を読めと投げっぱなしであったのだが……。
まぁ大したことではないのでどうでもいい。いつもの事なので気にしていたらキリがない。
そして、顔を合わせる。しかし、いつまで経っても殿下は挨拶をしてくれず、仕方なく私から挨拶をする。
「初めまして、殿下。貴方の婚約者です」
そう、告げるとようやく、自分の状態に気付いたのか軽く咳払いをして、
「あぁ、初めまして。私の愛しの婚約者様」
そう彼は微笑み、父は仕事があるらしく少し2人での語り合いを提案して部屋をさる。
「こんなに美しくて素敵な婚約者だなんて僕は嬉しいよ」
そうニコニコしながら彼は呟く。
「君さえいれば側室なんて取る気も起きないな」
そう、彼は初対面の時に言ったのだ。その時はあぁ、やっと私を見てくれる人が居ると歓喜した。それが唯のお世辞であるなど、人間関係がないに等しい私には気づく事が出来なかったのだ。
成長するにつれて彼は私の事を直接見ることが減っていき、10の時からは顔合わせも回数が減り、週一で会っていたのだが月一に変わりそれと同時に私と話しても目が合わなくなった。
考えてみればすぐわかる事なのだが、生憎とあまりコミュニケーションは得意ではない。いつも相手が話すのを聞き、相槌や時々頷いたりするだけが私の出来る事である。そこにどんな思いがあるかなんて全然わからないのだから。だから彼の義務としての上面に気付かずにいたのだ。
さて、そこで私は国王陛下にある提案をする事にしたのだ。
「側室や妾を今から探す方が良いかと」
その事を聞いた陛下は大層驚かれたので、事のあらましを話した。今までは愛されているなどと勘違いしていたので、殿下と2人でお断りしていたのだ。そしてその責任はしっかりと取ると。勿論、今更婚約者変更は国に大きな影響が出るのでそれは不本意である。しかし、愛されていないのに側室がいないのは国家存亡に関わる一大事。
「本当に良いのだな?」
そう、深く何か思い詰めた様な重い声で話す。
「はい、国の為に生きているので」
私は淡々と当たり前の様に告げると陛下は右手で顔を押さえて溜息を吐き了承してもらえたのだ。
そして、その数日後、
「側室なんてどう言う事だ!」
王太子殿下は怒鳴り声を上げている。しっかり者で思慮深い彼には珍しい光景である。
「どう言う事と言われましても……」
困ってしまう。誰からも愛されないし嫌われ者の私は血筋だけは確かで、それ以外に価値はなく、子供を産めば後は存在意義など無いのに。
「約束したじゃないか!側室は取らず、そして、その責を全うすると!」
ふふ、なるほど。彼は根っからの演技派であるのを忘れていた。そんな設定の為にここまで真剣になれる人でしたね。
「大丈夫です。私は大丈夫ですが、王太子殿下がこれからも頑張れる様に支えられる方を迎えるつもりです。安心してください」
「どう……して……?」
あれ?おかしいですね?彼は私といると疲れるのではなかったでしょうか?何故、その疲れを癒す方を迎える事に疑問を?……あぁ、成る程。確かに自分がひた隠しにしていた事がバレると衝撃ですね。失念してました。
「はい、きっと平民の女性に愚痴を言ってしまう程に私といるのは疲れる事だったのですよね?そこまで無理をして私を愛そうとしてくれた事に感謝します。が、国の為には良くない事です。なので陛下に提案したのです」
私は出来る丁寧にしっかりと伝えた。それを聞いた彼は一層辛そうにしながら部屋を後にするのだった。
彼女は18の時に国王が退位した後に王太子妃から皇后になっていた。そして19で跡継ぎの男児を産み国はやっと一息をついた。そして、彼女が20を迎えて翌日の事だ。
「きゃーーーーー!誰かーー!」
そんな声が皇后の部屋から聞こえる。そして、王太子から国王になった彼も急いで駆けつけた。
そこには………
天井から縄に首を繋げている皇后の姿があった。ある物は吐いてしまい、彼もまた口を押さえて必死に醜態を晒さない様に気を張る。
それもそのはず、彼女と彼は昨日まで談笑していたのだ。やっと、仕事にも慣れて彼女との時間が作れる、そんな話をしてたのだから。
――ふふ、良かった。これでこの国の未来も安心ですね――
その時、彼は初めて彼女が微笑んだのを見た。いや、見てしまったのだ。あまりに美しくそして儚い微笑に、彼は報われて許された気がしたのだ。
そして、テーブルには遺書が書いてあった。紛れもなく、見慣れた彼女の筆跡である。
――この国はこれから安泰でしょう。なので嫌われ者の唯の象徴である私はもう必要ないでしょう。いえ、違いますね。きっと最初から必要なかったのでしょう。母を殺し父は不幸になってしまった。そんな嫌われ者で人を不幸にしてしまう私はこれからの国の闇でしかないのです。なのでこれを見た侍女はこんな穢れた私を野山にでも捨ててください。陛下もきっとすぐに私の事など忘れてくれるでしょうから――
これはある国のある国母の話。
曰く、彼女は忌み子である。しかし、その血筋の尊さと当時勢力が大きくなりつつあった公爵の更なる勢力拡大の為に、娘と王家の縁を結んだのである。
曰く、彼女は魔女である。産まれた瞬間に母を殺して、それだけでは飽き足らず権力を欲して王家に無理矢理嫁いだ。
曰く、彼女は悪女である。国を疲弊させる為に婚約者をこき使い、国庫を使いこみ贅沢な暮らしをしていた。
曰く、彼女は鬼女である。賢王と呼ばれる彼をその苛烈さで痛めつけた。それが彼の賢王へと成長させる一端であったと。
そして、極め付けは死に様。首を吊って死んだいたらしく、それは彼女の嫌われ具合を見れば当然であると専らの話。20で死んだのはその業故なのだと揶揄されているのだった。
ここからは誰にも語られていない1人のある青年の話。彼は産まれた時から婚約者がいた。勿論、仕方ないと思いつつも幼き彼、しかし、当時に賢くもあった彼には面白くない話である。
しかし、それは彼女に会った時に180度変わる事になる。あまりに美しい彼女に目を奪われて挨拶を忘れると言う、余りに恥ずかしい失態をする。
そして、彼は公爵から釘を刺される。一目惚れでどうしようもないのはわかるが、彼女を悲しませたら殺すと暗に脅されていたのだ。
一生懸命アピールするがどうにも伝わっていないらしく彼は焦る。しかも、少しでも不仲になろうとものなら我がと言う者が後を立たない。
それもそのはず、5歳で王子を一目惚れさせる程の容姿である彼女が成長すればそれはもう。崇拝する者や逆に嫉妬して嫌悪する者もたくさんいたのだ。そんな彼女を守る為に常に気を張る必要があった。側室を取らないと言うのは彼女を奪う隙を与えない為であったのだ。
しかし、15の時に無情にも告げられる側室の話。あと3年。3年したら国を継ぎ、誰にも手を出されない様に権力を手にして守れると言う時の事だったのだ。
思わず怒声になってしまったのはある意味では仕方ない。しかし、彼はその時の彼女の瞳を見た時に思わず震えてしまった。いつの間にか彼女の目を見て話すことが出来なくなっていたのだ。そして、その瞳は出会った時には微かにあったヒカリが無く、まるで何も映さない深淵の闇の様になっていた事に気付いたのだ。
そして、来たるは最悪の日。その前日には久方ぶりにしっかりと話を出来て、ここからやっと一歩踏み出せるとワクワクしながら寝た後。
思えば違和感しかないはずの笑みに浮かれていて、このままでは獣の様になる事を恐れて部屋を別にしたのが運の尽きであった。
――これから先、彼女をしっかりと見つめて離さぬ様にしろ――これは父上の言葉だ。その意味を知った時には既に手遅れだとも知らずに。
彼女の遺書を見ていつの間にか号泣していた。彼は一番大切なものを亡くして、初めて彼女の事をこんなにも愛していた事に気付いた。しかし、彼女との思い出はあんまりにも少ない。そして、彼女が何を好きだったのか、何を嫌いだったのか、そんな彼女について全くと言っていいほど知らない事にも気付いたのだ。
そして、葬式はひっそりする事になった。公爵は……泣いていた。彼は愛していなかったのではない。勿論、思う所が無い訳ではなかった。しかし、余りにも愛しくてどう接したら良いのかわからなかったのだ。そう、彼と全く同じ過ちである。まだ若々しくあった公爵は大層老けてしまい養子として引き取った息子に爵位を譲る事にしたそうだ。
そして、当時、公爵令嬢だった彼女の専属だったメイドも号泣していた。それもそのはず、彼女も好きなのを堪える為に硬い表情、冷たい言葉になってしまい好きだと言えなかったのだ。
そして、彼は歩き出す。本当に愛していたものを、何も知らない彼女を心に仕舞い込みながら。
これは誰からも愛された愛を知らないある聖女の話。
えー、はい。いつも誤字報告してくれる方とても感謝です。後、エッセイ以外で初めての感想をいただきとても嬉しかったです。まだまだ未熟な作者ですがこれからもよろしくお願いします。