第6話 明日奈、思いふける
今回と次回は明日奈視点で。
【side.明日奈】
玄関で靴を履き、出かける準備を整える。
「えっと、忘れ物はないわよね?」
アタシ、香坂明日奈は出かける準備のため荷物の確認をしていた。
柚木秋穂さん――今は秋穂ちゃんか――が以前食べてみたいと言っていたお菓子が手に入ったので、お裾分けに持って行くことにしたから。
ついでに友理と話し合いをしに。
「ふふ、喜んでくれるといいなー」
「誰にだ?」
秋穂ちゃんが喜ぶ姿を想像していたら、後ろから声を掛けられた。
思わずため息がでそうになる。
「兄貴……」
「いや、その嫌そうな顔やめてくんね?」
振り向けば、そこには『ヴァルダン』の主人公でヒロインたちとイチャイチャする予定の(絶対阻止する!)義兄、香坂拓也が立っていた。
黒髪のちょっぴり生意気そうな、けど実は優しい少年に将来なる予定の男の子は最近アタシのことをよく疑う。
それというのも、
「また秘密の友達かよ?」
「そうよ。女の子同士のお喋り会。男子禁制のね」
兄貴は主人公だけあって優しいし、必要以上にズケズケとプライバシーに踏み込まない。だから、交友関係は可能な範囲で秘密にしている。
特に『ヴァルダン』のヒロインたちは原作開始まで会わすわけにはいかない。徹底してその辺がうるさい協力者もいるし。
「オレも行ったらダメなのか?」
「おバカ。女子だけなことに、深~い意味があるのよ」
友理に至ってはTS転生なんで微妙なラインだけれど。
「ちぇっ、義理とはいえ兄貴なんだし挨拶ぐらいはいいじゃんか」
「はいはい、いつかね。じゃあ、行ってきまーっす!」
「あ、おい! 必ずいつか紹介しろよな!」
アタシは兄貴から逃げるように家を後にした。
(その“いつか”は最低でも数年先になるんだけど……)
最寄り駅まで小走りで向かい、丁度来た電車に乗った。
数分もすれば友理や秋穂さんが住んでいる隣町に到着する。
アタシは走っている電車の窓の外に広がる景色――ではなく、その窓に映ったアタシ自身の姿を見ながらここ2年の出来事を思い出していた。
(アタシもついに小学生、か。2年前よりもアニメで見た香坂明日奈に似てきているわね。本物はもっと子供っぽくて元気な顔だったけど……)
前世でアタシは少しオタクが入っただけの女子高生だった。
ライトノベルやアニメが昔から好きで、普通の友達もいれば同じ趣味を持つ友達、腐女子なんて呼ばれる子にも友達と呼べる子がいた。
そんな、探せばどこにでもいるような女子高生が前世のアタシ。
『ヴァルダン』というアニメを知った理由だって、ネットの宣伝で偶然知ったというありふれたものだった。
ただ、アタシは『ヴァルダン』に登場するヒロインたちが魅力的に見えて、ビビッときた瞬間の記憶は今でもハッキリ覚えている。
前世の顔だってうろ覚えになっているっていうのに、我ながら呆れるわ。
アニメが始まってからはずっと興奮しっぱなし。
すぐに大ファンになったわよ。毎週欠かさずに見て、録画したそれを何度も見直した。グッズだってわざわざ秋葉原まで遠出で買いに行きもした。
特にお気に入りだったキャラは、柊小夜と香坂明日奈。
前者は普段のマジメな態度と笑った時のギャップ萌えで、後者は主人公との関係に悩む回での純粋さにやられてしまったわ。
『ヴァルダン』のアニメが終わった後も人気は衰えず、どっかの有名アプリゲームとのコラボ話まであったような気がする。
そんなんだから、アタシはネットでもっと『ヴァルダン』のことを知りたいと調べた。調べてしまった。
まさか原作が18禁ゲームだったなんて、予想だにしなかったわよ。
衝撃で固まりつつもマウスを動かす手だけは何故か動いて、柊小夜や香坂明日奈、それ以外にも大好きだったヒロインたちが主人公とモザイク必須の行為をしている画像を見てしまった。いくつもエロシーンを見ちゃったのよ。
ショックで、放心状態になった。
夢であってほしいと思っちゃうぐらいにアタシには衝撃的だった。
だからでしょうね。フラフラと外に出て、アッサリと事故に遭っちゃった。
そして、意識がブラックアウトして――幼女になっていた。
(最初は普通の母子家庭だと思ってた時期もあったのよねー)
名字は違うし、「明日奈」なんて名前そこまで珍しくない。
そんな風に考えてた当日に親の再婚話、そして『ヴァルダン』の主人公との出会いのイベントが起こった。
それで全部を察してしまったわ。
混乱しすぎて壁に頭を打ち付けて病院送りになったのは黒歴史ね。
心配して泣く母さんには、サプライズで頭がオーバーヒートしたのが原因だって伝えた。後日、正式に兄貴となった主人公にも謝ったわ。
……よく考えたら、ストレスで吐血した友理とどっこいの黒歴史ね。
転生者同志の黒歴史について考えていれば、電車は目的の駅に着いた。
春を過ぎて夏に向かおうとしている風を受けながら、柚木家に歩を進める。
「秋穂さんに会うのもこれで3回目になるのよねー」
転生者同士、利害の一致から協力関係になったアタシと友理。
それに伴ってアタシは小夜に友理を新しい友達として紹介し、友理はアタシと小夜を新しい友達として秋穂さんに紹介した。
2回目に小夜と一緒に柚木家へお邪魔した時は、幼い小谷凛子がいてビックリした。サプライズとして紹介したかったんだって(友理談)。
小学校に入学したばかりの時期に、アタシを含め『ヴァルダン』のメインヒロイン4人+友理が女子会をするなんて夢にも思わなかったわ。
アタシはその女子会の時に小谷凛子と友達になれて凛子って呼べるようになったし、小夜は5人全員が『Heartギア』を所持していることに興味が出て、凛子は高校で模擬戦したい!と意気込み、秋穂さんは今から高校が楽しみだと笑い、友理は「幼いヒロインたちの女子会、プライスレス」と気持ち悪い笑みを浮かべていたのでチョップで黙らせた。
「楽しかったなー」
そう、本当に楽しい。
原作開始までにしなきゃいけないことはたくさんあるけど、例え友理の暗躍が上手くいかなかったとしても問題ない。見つかっていないヒロインがまだいても。
高校に入ればもっともっと楽しくなると確信しているから。
(友理にも、1度くらい感謝してもいいかしら?)
アタシ1人じゃこうはならなかったと確信できる。
だから、1度だけでも本音で感謝を伝えたい。
――伝えられる時に伝えた方がスッキリするし、会ったら言おう。
そう考えていれば、いつの間にか柚木家に到着していた。
「予定より早く着いちゃったけど、いいわよね?」
――ピンポーン!
「明日奈でーす! 柚木さんいますかー?」
チャイムを鳴らせばドタドタと足音が聞こえてくる。
この足音は友理のかしら? アイツたまに男っぽさが出るし。
だけど、勢いよく開けられたドアから姿を見せたのは、
「明日奈ちゃぁあああああああああああああんっ!!」
涙目の秋穂さんだった。