第5話 利害一致の協力者
「落ち着いたかしら?」
「あぁ、悪かった」
ボクとしたことが衝撃の事実に取り乱してしまった。
だが同時に、『ヴァルダン』アニメ化の情報を知らない理由も判明した。
「まさかボクの死んだ3年後にアニメ化したとは……。3年前じゃ、まだアニメ化企画があったかすら怪しいもんなー」
「アタシとしても死んだ時期が違っていたのは予想外ね」
そう、ボクと香坂明日奈(仮)とでは事故で死んだ時期が異なっていたのだ。
話を聞くと『ヴァルダン』のアニメは全13話構成で、作画担当の人が相当がんばり、シナリオも初見の人も分かりやすいものにしたことで予想外に広まったそう。さらにグッズ販売も成功したらしい。
ちなみに、アニメはヒロイン全員に焦点を当てた上での友情エンドで終わったみたい。主人公と香坂明日奈の関係性の変化と苦悩が見所とか。
「あ゛ぁ゛ぁぁ……アニメ見たかったぁ……」
机に突っ伏して呻き声を上げてしまうぐらいショックだ。
「ちょっと、友理ちゃんの姿でゾンビみたいにならないでよ」
「絶賛、大後悔時代に突入したので無理で~っす……。あ~あ『ヴァルダン』のアニメが見られるなら世界一周だろうが、どっかの海軍との全面戦争だって辞さない覚悟だと言うのに……」
「どんな覚悟よ。あと、海軍は関係ないでしょうが」
「アニメの義兄妹イベントも、こんなんじゃ無理っぽいよなー」
「“こんなん”とは失礼ね!?」
「ごめんなさい。ショックのあまり、つい本音が」
「アンタって本当に失礼な奴!」
さすがに失礼すぎた。
いくら後悔してもアニメは見れないし、話を戻すか。
「でさ? お互いに転生者だって分かったことだし、“現ヒロイン”と“ヒロインの妹”として、転生してからのこと話さない?」
「くっ、分かったわよ。避けて通れない話題だし」
それからじっくり時間を掛けて記憶が戻った時のこと、これまでのこと、今後のことを可能な限り隠さずに話し合った。
で、簡単にまとめたら……
「親の再婚時に主人公と会って『ヴァルダン』の世界と認識。ヒロインが義兄と付き合うのが心情的に嫌だと、とりあえず推しヒロインの柊小夜と友達になることで、将来の足がかりを作ることにした……か」
「5歳の誕生日に記憶を戻して、姉の柚木秋穂とヒロインたちが兄貴とイチャイチャするのが嫌だと、ゲームの知識を使って暗躍することにした……ね」
………………
「「あれ? 目的一緒じゃない?」」
ハモった。
そうなのだ。
大雑把に2人とも何を目的にしているかと言えば“『ヴァルダン』の主人公とヒロインたちが付き合うのとか嫌じゃいボケ!”となるのだ。
それまでは相手が同じ転生者だとしても――否、転生者だからこそお互いに警戒していた。“コイツ、ヒロインと接触して何するつもりだ……!”と。
ボクも下手をすれば、計画が前提から崩れるのではと戦々恐々だったのだ。主人公の耳にボクの情報が必要以上に入るのは原作開始まで避けたいって。
だけど、目的が同じなら……
「なあ、いっそのこと協力関係を築けないかな?」
「……その話、詳しく」
お、向こうも乗り気みたいだ。
「ボクはヒロインたちを主人公の魔の手から守るために暗躍を始めたが、肝心の主人公への対策に関しては1歩を踏み出せずにいたんだ」
「人の兄貴を悪の手先みたいに言うんじゃないわよ。……それで?」
「そっちには主人公の思考誘導も兼ねたスパイになってもらいたい」
「なんか、アタシが悪の手先みたいになってない?」
「アホ。それでいったらボクは悪の組織の幹部じゃないか」
ボクはヒロインを護る高潔な守護者でいたいの。
例え行動の原動力が超個人的な理由だとしても。
「未だに所在が掴めていないヒロインもいる中で、主人公の存在は脅威だ。最悪、原作開始までに会えない可能性が高い子もいる」
「そんな状況で、小夜のいる場所を突き止めたアンタって……」
「やかましい。いちいち話の腰を折るな」
「ま、話は分かるわ。これから何度か会って兄貴の情報を提供しつつ、必要なら原作開始時に協力できるよう仲良くしましょ、ってことなのよね?」
「おう。スパイとして主人公の弱みを握れば、万一の時の切り札にもなる。恥ずかしい写真とか、秘蔵エロ本の種類とかな」
「アンタ最低か」
「あわよくば、主人公がホモになるよう思考誘導できれば……」
「アンタやっぱり最低か。同性愛者にする思考誘導とか無理だから。できたとしても良心が痛むし、両親の心も痛むから」
「上手い! 座布団1枚!」
「いらないっての。もっとマシなの寄越しなさいよ」
ものすごい呆れ顔で報酬を要求された。
けどなー、コイツが喜びそうなものっていうと……
「じゃあ“明日奈ルート”と“小夜ルート”に入らないための情報を――」
「すごくいる!!」
「交渉成立だな」
力強い即答だった。
ボクらは固く握手をした。
「これから長い付き合いになりそうだな。……えっと~」
「どうかした?」
「今更過ぎるけど、どんな風に呼んだらいいのかなって……」
目の前にいるのは香坂明日奈だけど香坂明日奈本人ではない転生者だ。名前で呼んでいいのか悩んでしまう。
「……それだったら、普通に明日奈って呼びなさいよ。私もアンタのこと友理って呼ぶから」
「分かった。……一応聞くけど、明日奈ルートはバッサリ切っていいんだな?」
「もちろんよ。転生者だろうが何だろうが、こうして生まれ変わった以上は香坂明日奈として生きていくしか道はないんだろうけど、原作通りに過ごさなきゃいけない決まりもないし、好きに生きさせてもらうわ。……アタシの人生はアタシだけのものよ。結婚するかしないかも、誰とするのかも、決めるのはアタシ自身なの」
「……すごいなオマエ」
ボクでもまだハッキリ答えが出し切れていないことをアッサリ答えてみせた。
ボクは今、柚木友理として生きて好き勝手やっているけど、ふとした瞬間にそれでいいのかと思ってしまうことがある。
この1年間できるだけ考えないようにしていたことに、コイツは向き合ってきた。それが酷く眩しく見えるのは気のせいじゃないだろう。
(前世の人生、か)
ボクにだって家族もいたし、バカする友人もいた。
今まで柚木友理としてやってこれたのは、記憶を思い出してから前世のことを諦めたから。転生してしまったからには、もうどうにもならないと。正面から向き合って自分の心に決着を付けたわけじゃない。心のどこかで逃げてただけだ。
(それを自覚できただけでも良しとしよう)
やっぱ転生者同士の話だと得るものが多いな。
(とりあえず、今世は柚木友理として親孝行するか)
前世でできなかったことぐらいやらないとな。
孫を見せるのは無理だけど、親孝行の仕方なんていくらでもある。ボクも満足のいく人生を今度こそおくろう。
「何をボ~っとしてんのよ?」
「ん? いやなに、オマエは香坂明日奈じゃなかったとしても、いい女になっただろうなって思っただけだよ」
「何それ? 6歳児のセリフじゃないわよ」
「そっくりそのまま返してやる」
気付けばお互いに笑っていた。とても自然に笑えている。
「よろしく頼むな明日奈。スパイ活動期待してる」
「こっちこそよろしく友理。過度な期待はやめてよね」
こうしてボクは信用できる協力者を手に入れましたとさ。
と、ここで綺麗に終われば良かったんだけど、
「アナタたち、私を置いて随分長いこと楽しそうにしていたみたいね」
「「あ」」
柊小夜のことスッカリ忘れていた。
いつの間にか店の入り口で、怒りのオーラを纏わせ仁王立ちしていらっしゃる!
気付けば随分と長く話し合っていたようで、店内にある時計の針はかなり進んでいた。その間、柊小夜は本屋で1人きりだったわけだ。
ボクと明日奈は、仲良く土下座して許しを請うた。
店員さん? 苦笑いでしたけど何か?
どっかの神「ワ〇ピースの世界で、グランドライン制覇したら『ヴァルダン』のアニメ見せてあげる」
友理「よし、速攻で制覇してやる」
明日奈「(本当にできそうな気迫で笑えない)」