第34話 当たりの無いクジ
持ってくれよオレの体!
文章量、3.5倍だあああああああああああああ!!
2023/01/04
・一部修正
一般人なら重苦しさを感じる室内。
当初3人の幹部と数名の部下のみだった広い部屋は、後に合流を果たした幹部2人とより多くの部下によって狭く感じられた。
部下からの知らせを受けたロシア系マフィアの幹部マクシムは、部屋にいる他の幹部に向けて宣言する。
「連絡が来たぞ。ポリ公が警戒を解いて、ターゲットが丸裸になった。オレたちは夕刻、黒羽瑠維を襲撃する」
約2週間前、黒羽瑠維との穏便な交渉をしようとして失敗に終わり、ずっと警察の動きが無くなるこの時を待っていたそれぞれの幹部たちは、ようやくストレスしか溜まらないジャパンから出られると息を吐く。
「全く、ようやくなのね。もうホコリとスパイスの苦い思い出しかない場所にいるのはウンザリ。さっさと済ませてロシアへ帰りましょう」
レイカ=氷道。
紺色の髪に金の瞳を持つ、氷のように冷ややかで感情が乏しい幹部の中で一番年若い少女は、珍しくウンザリとした表情になる。
「本当にその通りですよ。わたくしめとの交渉時に素直になっていれば危険な目に遭わなかったというのに……」
キリル。
どこか胡散臭い雰囲気の痩せ型の男は、ここにはいない黒羽瑠維へ哀れみの感情を向ける。
「日本人は平和ボケしてるね。ボクらみたいな裏の人間と仕事モードの時に会えば、雰囲気で危険を察するぐらいはロシアの一般市民でもできるのに……」
イヴァン。
数日前にもう1人と日本への入国に成功した幹部の青年で、キザったらしい顔で髪を整えながら小馬鹿にする。
「フフフ、まだ学生なのにカワイソ~。例のロザリオを持ってたせいで、もう人生が終了しちゃうなんて涙出る~」
ポリーナ。
イヴァンと共に日本へ入国後、合流した女性幹部はブロンドの髪をなびかせながら残忍な笑みを浮かべる。
「……殺すの?」
「はぁ? 当たり前でしょう」
「抵抗するなら無理矢理奪うのは決定事項だし異論はないけど、私たちに囲まれて素直にロザリオを渡すなら、殺す必要はないじゃない。ジャパンで殺人が起こったら、すぐに警察が動いて大事になるわよ?」
「ハッ! 相変わらず幹部だってのにムラヴェイニク(ロシアのお菓子)より甘いわね~! そのための死体処理もできる部下じゃないのよ。親が『娘が行方不明で~』って騒いでる間にさっさとロシアへ帰国すればいいだけじゃない!」
「……そうやってすぐに殺すから、余計な騒動に発展したこともあったでしょうに。他の部分で有能さを示してなかったら、いくら異能を使える貴重な人材だからって言っても、とっくにボスが眉間へ銃弾を叩き込んでいるわよ?」
「……何ですってぇ?」
バチバチと、レイカ=氷道とポリーナの間に火花が散る。
元々、幸か不幸かレイカ=氷道は今まで殺人をしておらず、また心情的にも殺して余計な騒動に発展する事態は可能な限り避けたいと考える持ち主だった。昔と違い、技術が発展していると足が付きやすいのである。
対して、ポリーナの方は“敵対するなら徹底的に”が心情の持ち主。ボスから「殺すな」と命令されているならその限りではないが、どちらでもいい場合は相手が誰であろうと殺すタイプの人間である。幹部としては優秀だが、時折、殺さなくてもよかった相手まで殺してしまい騒ぎになってしまうこともしばしば。
彼女の部下として働くことになった者たちは、情報規制や後始末の大変さで胃痛に苦しむこともしばしば。
そのような考え方の違いもあって、同じ女性の幹部でありながらレイカ=氷道とポリーナの仲は組織で一番悪いと言える。
「やめとけやめとけ。作戦の前に仲間同士でケンカするなんざ三下のやり方だ。仲良くしようぜ?」
マクシム。
無精髭にサングラスという格好でありながらも、まるでハリウッドスターのような容姿であるがうえに表向きは地元でも人気のあるこのメンバーでは年長者の男。しかし、その正体は組織に長年使えてボスの右腕的な立場を獲得した実力者であり、仕事のためなら人殺しに何の躊躇いも見せない危険人物である。
「……マクシム」
「――っ! で、でもねぇ」
「いいかポリーナ? オレは、やめろと、言ったんだぞ?」
マクシムは怒鳴ったわけでも、表情を変えたわけでもない。
それでも、その一言が最後忠告であることに間違いはなかった。裏の人間だからこそ分かってしまう“死の恐怖”がその言葉には乗せられていたのだから。一瞬でポリーナに鳥肌がたったのがいい証拠だ。
「わ、悪かったわよぅ。大人しくする」
「聞き分けの良い娘は嫌いじゃないぜ」
マクシムは満足そうに頷きながら、視線をレイカ=氷道へ向ける。
「だがなレイカ=氷道。普段ならともかく、今回はポリーナの言い分も決して間違いじゃあない。今回の一件でロザリオを取り返せるかどうかが、組織の今後にも大きく繋がるからだ。だから幹部がオレを含め5人も集まったし、人員も時間を掛けて集めた。失敗は許されねぇんだよ。失敗する可能性が出てくるなら、躊躇いなくターゲット――黒羽瑠維を殺す。それが組織の決定だ」
「………………分かったわ」
了承するまでに掛かった僅かな間は何なのか。本来なら関係ないはずの少女を殺さなければいけないことに対する強い忌避感か。
結局、レイカ=氷道には分からなかった。
「さて、作戦を伝えよう。オレたちは黒羽瑠維が学園を出て、地元の最寄り駅に着くまでの間に配置につく。黒羽瑠維が電車から降りてから指定のポイント付近へ脚を運ぶ前に、キリルの異能で孤立させる。そしてオレ、キリル、イヴァン、ポリーナの4名と部下を引き連れて黒羽瑠維に交渉――ってか、殺すことを前提にした脅しを掛けて例のロザリオを手に入れる……大まかにはこんなとこだな」
「おや? レイカ=氷道は仕事がないので?」
「もしかして留守番かい? かわいそうに」
キリルが疑問を抱き、イヴァンがキザったらしく言う。
「当然、レイカ=氷道にも仕事はあるぞ? ……同時刻に、黒羽瑠維の家族を人質にするって仕事がな」
「家族を……人質……?」
マクシムの言葉に、レイカ=氷道の表情が不快げになる。
「保険だよ。万が一、今日に限ってロザリオを持っていなかった場合に黒羽瑠維の家族をオマエさんの異能で拘束して、何処かに隠してあるなら白状させ、家にあるなら処理をしたあとに家中を探すためにな。あ、事が上手くいっても最後まで異能は解くなよ? 特に口周りはしっかりしとけ」
「………………」
「できるな? レイカ=氷道」
「……了解」
その時のレイカ=氷道の表情は俯いた時に掛かった前髪のせいで見ることが叶わない。唯一分かるのは、その少女らしい小さな拳が強く握りすぎて色が変わったことであった。
レイカ=氷道の様子を気にする者は、ここにはいない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夕刻。
日は沈みかけ、辺りが茜色から夜の色へと変わりつつある時間帯。
レイカ=氷道を除いたマクシムたち幹部4名とその部下十数名は、帽子やマスクなどの顔を隠す物を身につけ、人の波の邪魔にならない絶妙な位置で如何にも観光客ですといった体で“その時”が来るのを待っていた。
一般の行き交う人から見える位置には部下たちを置き、その部下たちは事前に決めてあった設定を元に適当な会話を続けている。事前に買っておいた日本の有名所の土産や、観光パンフレットまで準備する徹底よう。例え警察に職質されようとも身分証も含め、自然な対応で躱せる用意もある。
そんな部下たちのがんばっている後ろでマクシム、キリル、イヴァン、ポリーナの4名は連絡要員の部下と繋がっている通信機に意識を向けつつ、お互いの変装について話込んでいた。
「いやぁ、ポリーナのメガネ姿とか違和感しかないな。髪もまとめてキッチリしてるから『誰だオマエ?』な感じになってる」
「チッ! だから変装は嫌いなのよ!」
「フフ、いくら変装しようと野蛮さは隠せてないね」
「……イヴァン、そういうアンタは帽子にサングラスにマスクって不審者三種の神器をフル装備してるじゃないの。怪しすぎ~」
「こうでもしないと、ボクの美しさは隠せないからね」
「相変わらずナルシストだな」
「マクシムはサングラスを外して、大きめのマスクをしただけじゃないか。それで変装と言えるのかい?」
「オレみたいなのは普段隠してる部分を表に出して、逆に普段隠してない部分が見えねえと別人みたいになれるんだよ」
「ふぅ~む。皆さん、それぞれ変装にこだわりがありますよねぇ。見ていてとてもおもしろい」
「「「誰だオッサン?」」」
幹部の中に1人見知らぬ人が。
「嫌ですねぇキリルですよ。どうです今回のために用意した新作の変装マスク? どこからどう見てもザ・オッサンでしょう?」
「クオリティーが高すぎて、逆に引くわ」
どこぞの怪盗が愛用するようなマスクに体格まで手を加えている気の入れよう、声だけは自分たちの知る男なので変な気持ち悪さがあった。
そうこうしている内に、その時はやって来た。
「……来たぞ」
部下からは黒羽瑠維が下校した時より逐一連絡を受けており、どの時間帯に最寄り駅から出てくるかの予想は立てていた。なので、冷静に自分たちがすべきことを考え、行動に移す。
今日の黒羽瑠維は学園内で用事でもあったのか、通常より遅い帰りではあったために夕日は沈みかけ、辺りは薄暗くなっている。
いつも通りの学生服プラス中二スタイルなので、周りが薄暗かろうと目立つこと目立つこと。ついでに、周囲の黒羽瑠維を知らない人は当然のように避けること避けること。
黒羽瑠維を見ても何も反応を示さないのは地元民だろう。
いつも中二格好なので慣れてしまっている。
「彼女、普段のボクとは違った意味で目立ってるね」
「……前回お会いした時も思いましたが、とても目立ってますねぇ」
「資料には目を通したけど、眼帯にマントに鎖、それに……あれはカラコンかしら? 裏の人間よりずっと不審者じゃ~ん」
「何でも“中二病”という恐ろしい病に掛かっているとの情報だ。日本特有のもので、思春期に当たる時期になると極希に発症するとあった」
当たってるけど違う。
「えぇ、わたくしめも初めて知って驚きましたよ。思考能力が一時的に下がり、場にそぐわない格好や言動をしてしまって周囲から孤立する、と」
当たっているようで微妙に違う。
「“中二病”の恐ろしいところは2つあるって話でな。1つは、大人と認められる時期になると自然に治ってくるんだが、その際、他人には分からない程の精神的な苦痛を受けるんだそうだ。中には自傷行為する者や、今まで大切にしてきた物を破壊しなければならなくなる衝動に襲われることもあるとか」
「そ、そんな恐ろしい病にあの子は……!」
だから違うって。
「いえ、真に恐ろしいのはもう1つの方です。事例こそ少ないそうですが、“中二病”になった者とご家族以外で長く付き合うと……感染するそうなんですよ。“中二病”が。だから、余計に孤立することとなるのです。下手に関われば、自らも“中二病”になってしまう危険があるゆえに」
「日本はバカじゃないのぉ!? すぐに隔離しなきゃいけない子じゃない! 最悪、パンデミックが起こる危険があると何で分からないのよ!!」
「落ち着け。だから日本という国は、一部の連中から恐れられてるんだ。デビルフィッシュ(タコのこと)すら生で喰らい、戦いに身を置く者は失態を晒せば自分で腹斬って詫びねばならず、一般人すら大ウソをつけば針を千本飲まなきゃ許されない。そして“中二病”を患った者を野放しにする、そういう国なんだよここは」
変に間違った日本知識を覚えてしまった外国人の事例がここにいた。
ちなみに擁護しておくと、日本が若干特殊な国であることだけが理由なのではなく、彼らは組織の仕事以外だと普段は必要以上に人と関わらないため、1度間違った知識をそれらしい理由と共に知ってしまうと、その知識を正してくれる人がいないので自分の中で真実だと思い込んでしまうのである。彼らから見て特殊な外国である日本なら尚更。
「……最初から殺すつもりでいたけど~何だか普通にカワイソウになってきちゃったわぁ。態度次第で見逃そうかしらぁ?」
黒羽瑠維、中二病だったがために生存率が上がった瞬間だった。
「はぁ……思うことはあるがこれも仕事だ。ここからは私語を慎み、作戦を完遂させることを一番に考える。――キリル」
「はいはい。任されました――『世界でひとりぼっち』
」
キリルが了承した瞬間、彼を中心に異能が発動する。
対象を黒羽瑠維に、例外をキリルを中心とした半径10メートル以内に。
――『世界でひとりぼっち』
それがキリルの有する異能の正体。
自分が目視できる距離にいる対象を、徐々に孤立させる力。
発動すれば時間経過と共に対象の周囲からどんどん人がいなくなる、または建物から出なくなる。ほんの些細な理由で、特に理由らしい理由もなく。だんだんと対象の存在が意識から離れ、すぐ側にいても忘れてしまう。最終的に対象の周囲に1人もいなくなってしまう。
例外は異能を発動したキリル本人とその周囲の者たちだけ。
この異能の恐ろしいところは、対象と除外された者がどれだけ騒ごうが建物の中にいる人たちは全く気にしないところである。それこそ銃声が響こうが、悲鳴が聞こえようが……
「戦闘向きではないけど、相変わらず恐ろしい異能だね。自分が孤立させられる対象だと思うと震えてきてしまう」
「私語は慎めと言ったぞイヴァン。……行くぞ」
異能の発動と同時、マクシムたちも行動に移す。
怪しまれないように付かず離れずの距離を保ったまま、黒羽瑠維を尾行する。
マクシムはスマホを操作しながらレイカ=氷道にメールで『行動開始』と送り、黒羽瑠維の家族を人質にするよう指示を出した。レイカ=氷道からもメールで『了解』と簡素な一言が送られたのを確認し、スマホを懐にしまった。
(さて、あとは目星を付けたポイントで“交渉”するだけだ)
マクシムは不敵な笑みを浮かべ、黒羽瑠維の後ろ姿を見る。
自分たちが、先程から3羽のカラスに見られていることを知らぬまま……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
キリルが異能を発動してから約10分。ついにその時が来る。
「やあ、黒羽瑠維さんで合っているかな? ちょっとだけ話す時間が欲しいんだが……構わないかい?」
こちらの想定通りの場所で黒羽瑠維は孤立した。
そう判断したマクシムは気さくに、しかしどこか有無を言わせない威圧を出しながら瑠維に話しかける。無論、ターゲットを逃がさないよう他の幹部や部下たちは逃げ道を無くすため、それぞれ動きやすい位置へ自然な動きで移動する。
「………………」
マクシムたちの方を振り向いた黒羽瑠維は、眼帯で隠れていない方の目を向けるが、その眼差しはまるで詐欺師にでも会ったような“面倒臭い奴に絡まれた”とでも言いたげなものであった。
「そんな目で見ないでくれよ。さっきも言ったが、少しキミと……キミの持っているロザリオについて話がしたいだけさ」
「………………」
「?」
ここで、マクシムたちは違和感を抱く。
キリルから報告にあった黒羽瑠維の情報からすれば、どのように接触しようと“中二病”特有のおかしな言い回しをしてまともな話が出来るかどうか怪しいという結論になっていた。だから、殺す確率が高いと踏んでいたのだ。無駄で無意味な時間の浪費になるのだから。
だが、目の前の黒羽瑠維は何だ?
こちらを見る目は友好的ではなく、先程から一言も喋らない。
今までの経験からか嫌な予感を覚えたマクシムは、手の形で周りの仲間に指示する。『急ぎ、殺害を』と。
だが、黒羽瑠維の方が行動は早かった。
懐から、鎖で繋がれた“仮面がズレて素顔が見えた人の顔”のように見えるデザインのアクセサリーを取り出した。
「……『偽りの仮面を剥がせ』(ボソッ)」
小さな、それでいてハッキリした声で起動音声を言えば、手に持つアーティファクト『仮面の正体』が効果を発揮する。
黒羽瑠維を中心に、アーティファクトの力が周囲に広がる。
「「「「――なっ!!?」」」」
力がマクシムたちを襲った瞬間、彼らは驚愕することとなる。
なにせ、自分たちの変装が突然解けたのだから!
(一体、何が……!)
マクシムは混乱する頭をどうにか落ち着かせ、仲間を確認する。
自分は付けていたマスクが何処かへ吹き飛ばされ、少し弄った髪型も崩れて元に戻っている。イヴァンとポリーナも変装道具が何処かへ飛ばされてしまっており、キリルに関しては変装マスクはビリビリに裂けるわ体型を変えていたクッションは服から飛び出すわで1番酷い有様となっていた。部下たちも似たり寄ったりだ。
(まさか、ロザリオとは別のアーティファクト……!?)
そんなことがあり得るのか? だがしかし……
最も現実的な答えを出そうとするも、相手は待ってくれない。
カランコロンと、黒羽瑠維の羽織るマントの下から丸い物体がいくつも転がり落ち――大量の煙と共に爆発した。
「ぐっ! 今度はジャパニーズ煙幕だと!?」
再びの混乱。だが……まだまだ終わらない!
煙が少しだけ晴れた先に見えたのは、こちらに背を向け走り去る黒羽瑠維の姿だった――ただし、7人に増えている。
「「「「何で!?」」」」
部下たちが「すげぇ! 本物の分身の術だ!!」と少し興奮しているのを見なかったことにして、マクシムは指示を出す。
「追うぞ! 誰が本物でもいい! とにかく7人全員とっ捕まえろ!! キリル! 異能の効果を続けろ! オマエが黒羽瑠維を対象にしている限り、奴は逃げ切れない!」
「「「了解!!」」」
全力で黒羽瑠維(×7)を追いかけるマクシムたち。
先に逃げられてしまったがこちらはプロだ。脚の速さには全員自信があるし、体力だって十分にある。すぐに追いついて捕まえてやる。そんな思いを胸にとにかく脚を動かし、黒羽瑠維たちとの距離を詰めていくが、
「――っち! 3手に分かれたか」
5人の黒羽瑠維たちは右側の道に3人、左側あの道に3人、そして前方の少し外れた道に1人、それぞれ分かれる。
「事前に確認した地図によれば、左側の土地は入り組んだ道が多かったはず。わたくしめと部下は左の3人を追い掛けましょう」
「右は……あっちって警察署がある方向じゃない! キリルの異能の力があるって言っても、警察署の中に入られると面倒よぉ!! さっさと始末しなきゃぁ! イヴァン! 付いてきなさい! アンタたちも!」
「ボクに命令しないでくれよ」
「ハァ、こうなったら仕方ねえ。オレは残りの1人を追うか」
マクシムは黒羽瑠維を学生だと、どこか心の中で侮っていたことを後悔する。
先程の行動といい、謎の分身で3手に分かれて自分たちも分散させる事といい、明らかにこちらの計画を知ったうえでの対処だ。十中八九この先に待っているのは罠だろう。
だがマクシムたちもこのような状況になってしまった以上、途中でやめる訳にもいかない。キリルとて、不眠不休で異能を発動させ続けることは出来ないのだから。
「諸君、健闘を祈るぜ」
それを最後にキリルたちは左側へ逃げた3人を、ポリーナとイヴァンたちは右側に逃げた3人を、そしてマクシムは最後の1人を、それぞれ追い続ける。
(なぜ出ない、レイカ=氷道……?)
仲間たちと分かれたあと、マクシムは急ぎレイカ=氷道のスマホに連絡を入れ、黒羽瑠維の家族をすぐに人質にするよう指示を出そうとしたが、マクシムのスマホにレイカ=氷道が出ることはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
3手に分かれた黒羽瑠維たちを追い掛け続けることしばし。
ようやくマクシムたちは、それぞれの黒羽瑠維をほぼ同時に追い詰めていた。
「ハァ、ハァ、よ、ようやく追い詰めましたよ」
キリルは息を切らせながらも、3人の黒羽瑠維を追い詰めることに成功する。周囲の部下たちも武器を取り出し、一触即発の空気となる。
「……映画で見た展開。わくわく」
「私もわくわくして武者震いしだしたよ!」
「胸を躍らせないでください」
「ワンッ!」
「意外と逃げ足は速かったわね~? でも、それも終わりぃ。話次第じゃ命までは取らないでおこうかと珍しく考えてたけどぉ……ブッコロス!!」
「フッ。自分の運命を呪いたまえ」
ポリーナは怒髪天を衝く勢いで追い詰めた3人の黒羽瑠維を殺す体勢を取り、イヴァンは相変わらずキザったらしい。
「うわ~、殺意増し増しだなぁあの人。もう片方は面倒な奴っぽいし、今になって後悔してきた」
「もう遅いっての。覚悟決めてよね兄貴」
「相手にとって不足はないな」
「念のために聞いておくけどよ、オメェさん本物か?」
「うん。ボクだよボク、ボクが本物さ!」
マクシムは追い詰めた――というより、途中で脚を止めた黒羽瑠維にダメもとで確認を取ってみれば、返ってきたのはオレオレ詐欺のような返答。
「こりゃ、偽物を掴まされたか? ならキリルたちか、ポリーナとイヴァンが追い掛けたのが本物か」
「ん~そうでもなかったりするんだよね~」
「……どういう意味だ?」
「それじゃあ、ここでネタばらしタ~~~イム!!」
マクシムの追い詰めた黒羽瑠維がパチンッ!とフィンガースナップすれば、まるでモヤが晴れていくかのように、その姿が変化していく。
ソレは、他の場所でも同時に起こっていた。
キリルと部下たちが追い詰めた黒羽瑠維たちは、胸元に子犬を抱いた見慣れない髪色と服装の少女、
顔半分を髪で隠した幼さの残る少女、ツインテールの少女の3人と一匹に。
ポリーナとイヴァンが追い詰めた黒羽瑠維たちは、黒髪の少年、薄紫の髪をサイドテールにした少女、赤い髪の凜々しい顔つきの少女の3人に。
そして、マクシムの目線の先にいた黒羽瑠維はオレンジの髪色を持ったドヤ顔の少女へと、その姿を変えた。
「「「「「残念! 全員大ハズレだ(です)(よ)!!」」」」」
そう。マクシムたちが追い掛けていた中に……黒羽瑠維は最初からいなかった。
「オマエは……! こりゃあ、どういう……?」
「『第71柱ダンタリオン』! ボクらは最初から7人で行動していたんだよ。1人に見えるよう、ボクを中心に幻術を掛けていただけで。全員が瑠維に見えるよう、アーティファクトも使って1人ずつ丁寧に幻術を掛けて」
ダンッ!と脚でアスファルトを踏み、友理はマクシムを睨む。
「ボクの友達に手を出して……ただで済むと思うなよ……!」
「――っ! 黒羽瑠維は……」
「ああ瑠維? 瑠維なら――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
これは、マクシムたちが複数の黒羽瑠維を追い掛ける少し前に起こったこと。
レイカ=氷道は歩く。
周囲に溶け込むよう自然な動作で、誰にも怪しまれないように、黒羽瑠維の家族が暮らす家へと足を進める。
しかし、その足取りは重かった。
(家族を人質に取る……か)
表情は一切変わらない。
かわりに、その目は暗く、それでいて今にも泣きそうな幼子のように不安定に揺れていた。
「……皮肉ね」
組織に拾われた時からいつかこうなると、ある意味で殺人よりも忌避感のあることをしなければならないのだと、自分は分かっていたはずだ。そして、命令である以上は従わなければならない。今の居場所を守るために。ならば、感情を凍らせろ。何も感じるな。何も感じなければ……自分はまだ大丈夫だ。
レイカ=氷道は、そう自身へ言い聞かせる。
無理矢理にでも足を進める。
無理をしてでも顔を上げる。
そして、
「え?」
違和感に、気付いた。
「ここは、さっき通った道……?」
そこは覚えやすい道。近くに大きめの公園があり、遠くにどこかの工場のものと思われる煙突が見える場所。
そして、自分が先程も通ったはずの場所。
「道を間違えた? いえ、そんなはずは――」
「『迷宮』、という名の異能らしいぞ?」
突然聞こえる第三者の声に警戒を強めるレイカ=氷道。
周囲に目線を送ったその先で……彼女は見てしまう。
「ついに辺りは漆黒の世界《ダークゾーン》へと変化した。昼の時間は終わりを告げ、夜の時間が――我の時間が始まる!!」
公園のオブジェの上で意味も無くターンをし、意味も無く腕を交差させ、意味も無く香ばしいポーズを取る黒羽瑠維を!
「クロバ、ルイ……!? どうして、何でこんなところに。だって、マクシムたちが後を付けて……」
「確か、レイカ=氷道なる名だったか?」
レイカ=氷道の混乱をよそに、瑠維は彼女を見据える。
「さすがの我も、自身の血縁に手を出されるとあっては黙っていない。我は今、今日この日この時まで生きてきた中で、最も……憤怒の感情を抱いているだろう。あぁ、認めよう。我はオマエたちに……耐えがたい屈辱を受けたのだ」
「アナタ……」
レイカ=氷道は突如現れ、自分に怒りを向けてくる瑠維へ何を言えば良いのか分からずにいた。
――だって想像を超えて中二病が意味不明だもん!
とりあえず、再び意味の無いターン!
「キサマは唯一、特殊な事情持ちだと我は永遠たる同胞《エターナルシスターズ》であり、親友でもある友理から聞いた」
「……」
「だがそれは、我が手加減する理由にはならん!」
ここでキレキレの動きで腕を別のポーズに交差!
「命だけは取らん。だが、その心へ刻むがいい! キサマを倒し、奈落の底《アビス》へと落とす者の名を!!」
「えと……」
「そう。我が名は――!」
マントをバサァッ!
「地獄の猟犬《ヘル・ハウンド》、黒羽である!!」
最後に背後で謎の爆発が起きる!
レイカ=氷道はいろんな意味で置いて行かれた!
燃え尽きたよ……区切りとか勢いとか考えたらこんな量に……
【対戦早見表】
・アルカ&マルコ&忍&凛子 vs キリル&部下15名
・拓也&明日奈&めぐみ vs ポリーナ&イヴァン&部下6名
・友理 vs マクシム
・瑠維 vs レイカ=氷道
・【不明】八千代、秋穂、美江、マヤ、小夜
~おまけ~
・ムラヴェイニク
砕いたナッツやクッキー、コンデンスミルク、チョコレートなどを使ったロシアのケーキ。名前の意味は「アリ塚」。材料から分かるとおり、非常に甘いらしい。子供には大人気。